135 「魔法を使うのは禁止です」
「ウヌ、ドゥー。 ウヌ、ドゥー。 はい、次は左脚を上げて、ウヌ、ドゥー。 ウヌ、ドゥー。 はい、次は右脚を上げて…」
シスター・テレサの柏手に合わせて、私達3人はバレエの練習みたいに脚を上げ下げを繰り返していた。
ここは礼拝堂。そして、私達が自主的に週休に当てている日を魔法の指導に選ばれたのだ。
テーブルを動かして運動できる空間を確保し、姿見の鏡に向かって、踊りの練習をしている。そう、魔法の指導で踊りというよりダンスの特訓をさせられているのだ。
それから、姿見の鏡といっても、ガラス製の鏡ではなかった。
ガラスの存在は自体はあるものの、薄く均等に大きく伸ばす技術は、ココには存在していない。この世界が中世な時代と考えれば当然の事だろう。
元厨房の物置にしまってあった、漆の様な光沢を帯びた黒く大きな板を持ち出して、綺麗に磨き直し物を立て使っていると云う訳なのだ。
寸法は私の背丈程の黒い板。
…そうだなぁ。50インチのテレビを立てかけたと言った方が想像が出来るだろうか。
表情の判別は流石に難しいけれども、体がどういう風に動いているのか良く分かる。
そう、私達のバタバタした恥ずかしい踊りを見事に映していて恥ずかしい気持ちになった。
「はいはい。それでは一休みしましょうか」
パパパンと、テレサは柏手を打った。
「はい」
「はーい、ゼイゼイ…」
「あ~い。ふぅ」
基礎体力が高いのだろう。ナーガの返事は覇気があった。息切れなんて感じさせない体力は羨ましい事だ。
息を切らした私とクレハにとって、やっとの休憩で安堵の声を掃き出す様に口にするのが精一杯だった。脚の上げ下げを繰り返すだけでも、こんなに辛いとは。
「どうかしら、3人共。イメージした通りに体を動かせたかしら。特に脚を上げる動作は結構難しいでしょう」
「あ、は~…。すっごく、たいへん、だよ~」
「ハァハァ。大変なのは分かるけど、これの何処が魔法の練習なんですか?」
クレハと私が息も絶え絶えに答えると、ナーガが「想像していたのと違う」と言いたそうに
「こんな事をするなんて思ってなかった…です。どうしてダンスの練習なのですか」
と訴えた。というかシスター・テレサが恐くて、言い切らない前に、少々丁寧に問い掛け直してたけど。
まぁ、ある意味「想像していた通りにはなっていない」のには間違いないけどな。
「ナーガ、魔法の指導を受ける時は『マスター』と呼びなさい。と言っているでしょう。早く覚えよましょうね」
今のテレサは『シスター』では無くて、僕達の魔法の師匠なんだ。
余計かもしれないけど、『シスター』の仕事ではないので、違う敬称が必要だと提案を上げたのが私だ。
ナーガは「別に今まで通りで良くないか」と言っていたが、教えを請う側としては、それ相当の輝かしい名称で呼びたい。
真剣に魔法を習いたい。その意識を少しでも高めたいのだ。
そんな訳で、色々と考えてみたのだ。
・師匠。
・マスター。
・レーラー。
・マエストロ。
・ドクトル。
・ティーチャー。…まぁこれは授業で呼ぶ子が居るから除外しよう。
列挙してみたのは良いが、どれが良いのか私には思いつかなかった。好みに合わなければ悪口になりかねないからな。
「それじゃ、テレサなら、なんて呼ばれたいの?」
と問い掛けたら、あっさりと
「『マスター』だと嬉しいわ」
即答だった。
ちょっとした疑問というか、どうして『マスター』を選んだ事に興味が沸いた。
「『マスター』って読み方が好きなの? それともテレサは、テレサに魔法を教えた人を『マスター』って呼んでいたの?」
「…そうね。私の好みかしら。『シスター』と『マスター』って韻が似てるでしょ。私も違和感が無く受け止められし、難しい呼び方だと、リト達は緊張しちゃうんじゃないかしら?」
確かに韻が異なると、呼ぶ時に敬称に戸惑い、どもってしまいそうだ。きっと、魔法を教える先々代から、韻が似ている呼び方を選んでいたのかもしれないな。と考えてみた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ただぼんやりと休憩するのもなんなので、先日にシスター・テレサから呼び止められた時の事を思い出しいた。
あの時は…、そうそう、シスター・テレサに呼び止められたんだよな。それで、
「修道院の規則では、魔法はもう少し年を重ねてから教えるのです。でも、これから私が貴方達に魔法を教える事になったのよ」
と、修道師達の話し合いの結果を教えてくれたのだった。
身に覚えの無いナニかで叱られるのかと思っていたので、耳を疑ったけど、「使える様になってしまっては放置できません」という結論に至ったそうだ。
規則よりも早く指導してもらえるなんて、これもまた、飛び級した気分になった。
そんな浮かれた気分になれたのは、ほんの刹那。
「だから、これからは私の許可があるまで、魔法の使用を禁止します」
と、シスター・テレサは言葉を続けた。
今度は悪い意味で耳を疑いたくなった。
<< 魔法は教えるけど使ってはならない >>
そんな禅問答みたいな言葉に、私達3人は困惑して黙ってしまった。
本当なら即「何で駄目なんだ!」と訴えたい所だけど、教えて貰えると分かった以上、反抗的な言動をしては駄目なのだと思う。
ナーガもまた、文句は有るけど教えて貰えなくなると困る。と思ったに違いない。だからどうやって質問したら良いのか分からず、口をパクパクしている様に見えた。
こんな時は感情を出さず、そのまま疑問を伝えた方が良いだろう。できるだけ簡単に言葉を選び問いかける。
ただ…なんとなく、私が代表者という風になっている様だが気のせいだろうか。
「どうして、どうして駄目なのですか?」
「駄目なのは駄目なのです。リト、貴方なら心配ないと思っているわ、魔法は大して使えないでしょう。でもね、ナーガの力が問題なの。これが私が選ばれた理由なのよ」
「え? ナーガが問題って、いったい何があるのですか?」
本音、悪いのはナーガで、私とクレハは関係ない。こんな逃げる様な気持ちが浮かんだ。
他人の失敗や問題、責任を押しつけられない様にコソコソとしていよう。そんな卑劣な考えになり、まだまだ社畜な気持ちが残っている事がとても情けなく思った。
ナーガは年齢的には、この世界ではどうだか知らないが、前の世界の事を考えたらまだまだ子供なんだ。
子供に責任を押しつける。 そんな人間には成りたくない。
ただ、ナーガには魔法チートという心当たりがあるので、代弁する様に質疑応答、いや、答え合わせをしていこうと思った。
「ナーガは悪い事してないよ。どうして「問題」なの?」
「あらら。気を悪くさせてしまったらごめんなさいね。もちろん、ナーガは悪くないわよ。だから安心してくださいね」
シスター・テレサの謝りに安堵したのだろう。ナーガの表情が緩んだ気がした。
「それじゃ、ナーガは悪くないなら、何が問題なのですか?」
「ナーガの魔法の力はとても大きいと思うのよ。これは修道師のみんなが思っているの。もちろん私もよ」
「大きいって、どの位大きいの?」
「どの位かしらね。私はナーガの魔法を実際に見てないから分からないし、どの様に表現して良いのかしら? そうねぇ、こう考えてみて。ナーガの中には荷馬車を引くよりも大きな大きな暴れ馬さん入っているの」
「…子供の中に馬さんは入らないから、よく分からないよ?」
「それじゃぁね、ナーガは大きな荷馬車と力強い大きな馬さんに乗っているの」
「そっか~。力強い馬さんに乗っているから、ナーガは力持ちなんだね」
他の子供達よりもナーガは体力がある。
その事をゲームで言う所の、ステータスアップという『神様の加護』的な何かを、子供に教える為の例えを借りて表現してみたつもりだ。
ナーガに理解してもらえただろうか。そう思って眺めてみたけど、反応は薄かったのは残念だ。
私の説明が突飛すぎたのか、それとも既に自覚があったからだろうか。空振りになってしまったけど。目的は体力の事ではないので、話しを戻そう。
「でもさ~。力強いのは良い事だし凄いと思うけど、どうして問題なの?」
「そ、そうだよ。俺の何が問題なのさ」
ココで突然話しに割り込んで来た。驚いたけど、自分から問い掛けて答えを得る方がずっと良い事だと思う。少し安心したよ。
「ナーガは、荷馬車は苦手だったわよね」
「う、うん。揺れると気持ち悪くなるから、俺、全然駄目だよ」
そう言って恥ずかしそうに少しうつむいた。
そう簡単に乗り物酔いが克服できたら苦労はしない。
私の経験だけど、3Dのシューターなゲームでは、グルグル回って射撃の必要があり、その為目が回って気持ち悪くなるから駄目だった。
体の動きと風景のズレとか歪みという不一致感が酔いの理由だと分かって、色々と工夫してみたけど駄目で諦めたのだ。
ナーガの場合、体の動きと揺れが合わないから駄目なのだろう。
「それでね、『魔法を使う』のは『この力強い馬車を操車する』のと同じだと考えてみて。想像できるかしら」
「う、うん。何となくだけど」
「では、『魔法を使う』というのは『馬車よ走れ』って命令するのと同じと考えてみて。どう? ちゃんと走ってくれたかしら?」
「…。普通に走る、と思うけど…」
今一、理解していない様なので、口添えしてみようと思う。
「あのね、僕だったら、馬さんは暴れると思うんだ」
「あら、リトはどうしてそう思うの」
「だって「走れ」だけだと、行く先も分からないし、力強い馬さんだから全力で駆けるかもしれないよ。デコボコな道を速く走ったら、馬車は跳ね上がってドッカンバッタンして大変だと思うんだ」
「そうよね。もしかしたら荷車が壊れちゃうかもしれないわね。ナーガはどう思ったかな」
「う、うん。きっと目を回すと思う」
「そうだね。馬車が苦手なナーガだと気持ち悪くなっちゃうわね。そうならない様にするにはどうしたらいいかしら」
「…ゆっくり走って貰う。俺なら「ゆっくり走れ」って言うと思う」
「そうね。でも馬さんには「ゆっくり」って言って分かるかしら? 馬さんには『ゆっくり』でも、それでも速いかも知れないわよ」
「ごめんなさい。もう分かりません」
少しイライラした口調で言い返した。流石に遠回し過ぎてると思わなくも無い。
ただ、伝えたい事は分かった。
私の考えと同じだからだろう。
魔法を暴走させて「俺、なんかやっちゃいました?」という状況にならない様に、子供向けの例え話しにした所は上手だと思った。私だったら「暴走したら大怪我しちゃうんだぞ!」て、半ば脅しをしただろうからな。
「あのね、僕は思うんだけど、馬車を操車する為には馬さんの事を知って仲良くしないと駄目なのかな。 それとね、その『力強い馬さん』は『魔法の力』だよ。って伝えたいんだよね?」
「まぁ。旅をしていたリトは分かってくれたのね…って、ごめんなさい。その旅で不幸があったのよね。気をつけるわね」
「ううん。僕もクレハも、もう大丈夫だから気にしないで」
「うん。あたしも、だいじょうぶ、だよ」
そういえば、旅路に魔物に襲われた。と云うメフィスト設定があったっけ。この国に入国する為のでっち上げだったら実感が無くて忘れてた。
でも、シスター・テレサは覚えてくれていたんだな。悩まない様に気にしてくれていたんだろうか。
そう思うと、チクチクと罪悪感が心に刺さる。
「リトの言う通り、『力強い馬さん』は『魔法の力』と考えてみて。先ずは馬さんの事を知る事が一番大切だけど、知る為には『馬さん』という『魔法』をどのように操作するのか、イメージが出来る様にならないといけないわ」
「俺、イメージは出来てると思うんだけど」
「もちろん出来てると思うわ。でも私はどの位出来ているのか知らないのよ。だから、暫くはイメージする特訓をするのよ。大丈夫。ちゃんと出来てたら直ぐに終わるから。ね」
「イメージって、どうやって分かるんだい。瞑想してたら何も見えないじゃ無いかな」
「瞑想とか、呪文を覚える事じゃないわ。みんなでダンスをしましょう。社交ダンスが良いわね!」
「はい~??! ダンスだって~!!!」
珍しく3人息を合わせて驚いた。
ダンスと魔法にどんな関連性があるのだ?
そんな疑問を私はもちろん、ナーガも抱いていた。
ただ、クレハはダンスと聞いて目が輝いた様に思えた。
後で聞いたら「社交ダンスが出来たらとっても素晴らしいと思うの。わたしは習いたいわ」だってさ。
社交ダンス=お城の舞踏会。
という好奇心があるのだろう。乙女チックだな~と思いついたけど、黙っておこう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
話しを今に戻して…と。
本当に、体というのはイメージした通りに動かすのは難しいと、改めて実感した。
特に脚を上げる動作は、思った以上に上がらないし、上げようとすれば反動で後ろに倒れてしまう。
「魔法禁止」の鬱憤やフラストレーションは、いつの間にか、このダンス(もどき)の運動で発散出来ていた。
少しずつイメージ通りに体が動く様になってくると、コレはコレで楽しく思えてきたのは良いけれど、根性論というか、結構スパルタっぽいけどね。
そういえば、どうしてマスター・テレサが師匠になったのだろうか?
それとなく聞いてみた事があった。
理由は単純だった。
この時期はモンクのサジェスやビリージェルは分院を巡回する事が多い。トキザミ様は論外として、テレサにレミアのどちらかが、という事になったのだけど、ナーガの武器術(武術じゃないよ)が激しいので、文武両道なテレサへと役目が回ってきたという、ただの消去法。
スパルタ指導は嫌なので、アリアみたいに優しいレミアに主従したかったけど、社交ダンスが習えるという特典はありがたいと思えば、流す汗が気持ちよかったりする。
それから、余談だけど。
マスター・テレサが離れている時に、深夜に足音を立てずに見よう見まねで練習している、姫様の舞、みたいなのを試したんだけど、鋭さは無いし、全く以てイメージ通りになっていないお粗末な姿が姿見の鏡に映っていて、気持ちがしょげてしまった。
でも、落ち込んでは駄目だ。折角練習できる場を頂いたのだ。ダンス以外にも、舞も覚えたい!
魔法の特訓をする意気込みが、いつの間にか、ダンスや舞を綺麗に踊れる方へと移り変わっていた。




