134 異世界2年生の春
修道院にお世話になって、1つ年が経った。
右も左も解らないこの世界の、この国の、この修道院に迎えられた時に咲き乱れていた紅い花が、再び空を赤く染めようと、春風に誘われて花びらが舞う。
澄んだ青空を背景に、紅い雪が柔らかい日差しでキラキラと輝きながら舞い吹雪く。
桃の花というのは、どうして、そんなに紅く咲くのだろうか。
もしかしたら樹の下には特別な何が埋まっているのからだろうか。
「リト! 埋まっているのは『堆肥』よ『堆肥』! 物騒な事言わないでよね!」
「あれ? もしかして口に出してた…り、する?」
「それはそれは、もう『ドヤッ!』って感じにね。
変な想像をしちゃうから、本当に止めてよね。
赤みを帯びた桃の果実まで連想しちゃうじゃないの。
この~、リトの、バカ馬鹿ばか!!」
お世話になったみんなへのお礼が出来て、心地よい達成感と疲労で何時もの樹の下に座って、ぼんやりと空を眺めていたつもりだったけど、余計な事を口にしてしまったらしい。私の悪い癖だ。
そんな私の前に、クレハが両腕を腰に添えて、前屈みで睨む様に苦情を述べていた。
「ご、ごめん。気をつけるよ」
「ええ、是非ともお願いしたいわ。リトの小言は洒落にならないの多いんだから。せめて『ボケの花』と言い代えてよね」
「なんで『ボケの花』が思いつく訳? 『紅梅』なら分かるけど」
「『ボケの花』は『織田信長の家紋』じゃないの。ナーガの本名、覚えてるでしょ。それにちなんだのよ」
そうだった。ナーガの前の世界の名前は『尾田信永』だった。
みんな『トゥナーガ・オッダ』って呼ぶから、その流れで『ナーガ』って呼ぶ事にしたんだった。
まぁ、魔法を使える様にって願いを込めたのもあるんだけど。
「そういえば、ナーガは何処?」
「今日はハン・セルの2人組と一緒に『お手伝い』に行ってるよ。授業は参加しないからって言ってたじゃないの」
「授業?」
「も~。忘れたの? ほらほら、何時までもボーッとしていないで。もう中休みは終わるんだから。ほら立って」
そう言いながら私の手を引っぱるクレハ。
「ああ、もうそんな時間なんだ」
「そうよ。そんな時間よ!」
「そっか。それでこれから何をするんだったかな?」
「国語よ。この春1番目の授業なんだから、参加しょうって約束したでしょ」
「そうだった、そうだった。それじゃ礼拝堂へ行きますか」
「駄目よ。手持ち黒板を取りに部屋に戻るのが先よ」
『共通言語』持ちのナーガには国語の授業は退屈だから参加しないって言っていたんだった。それで、別行動をしてるのか。
それから、近くに誰も居ないのは、既に礼拝堂に集まっているからだろう。
どうりで、クレハが素の話し方をする訳だ。
急いで礼拝堂へ行かなくちゃ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
まぁ(異世界)2年生になったからと云って、授業の内容が変わる訳では無かった。
授業の風景は、1つの教室で複数の学年へ授業を行う『分校』の様な感じだと伝えたら良いのだろう。
ただ、義務教育じゃなくて自由参加だから、好きか、得意な分野へと偏ってしまうのは、仕方がないのだろうと思う。
殆どの子供達は、話し上手なシスター・レミアの元で学んでいた。日常会話で充分なら楽しく学べる方が良いに決まっている。
クレハが参加しているのはこちらだ。
私はというと、楽しく学べる方が身に付きそうだと思うけど、あえて難易度の高いシスター・テレサの元で学ぶ事にしている。
専門用語と言った方が良いかも知れないが、難い話しを学ぶ必要があるのだ。
もちろん、難しいので同じ年端の子供は殆ど居なかった。
参加しているのはナーガかアリア程の、多分10歳以上の子供達で、きっと家を継ぐ為なのだろうと想像出来た。
そんな諸先輩の中で、6歳な私はちょっと『浮いた』感じになっていた。
『浮いた』と言ったけど、別にみんなから『出しゃばっている』風に見られている訳では無い。単に私が『飛び級』をしている気分になって浮かれているからなんだ。
文字通り『浮いた』感じになっているので、クレハからは呆れられてしまっているが、気にしない。
図書館の本を読む為にはシスター・テレサから学ぶ必要があると思っての事なのだから。
そういえば、前の世界の今際の頃は『分校』なんて殆ど無くなっていた様な気がする。
学校から離れた所に住んでいても、道路整備の充実やスクールバスの運用のお陰で、普通に通える環境になったから恩恵なのだろう。
ニュースで閉校の話しを耳にする度に、「これも時代の流れなのかも知れないな」と思ったものだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ただいま」
授業が終わって間もなく、ハン・セルと一緒にナーガが帰ってきた。
「おかえり。今日の『お手伝い』は何してきたの?」
「鍛冶屋で磨いてた」
「剣とか、研いでいたの? 凄いね!」
「研ぐ、じゃなくて、何て言ったかな? 冷めたのを磨いてた」
はて? ナーガが何をしていたのか、ちょっと分からない。
首を傾げて聞いていると、ハンスが説明を始めてくれた。
「リトは鋳造って知ってるかい?」
「うん、僕、知ってる~。鋳型使うんでしょ」
自称、物知りな子供風に、ドヤって答えてみた。
「鋳型を知ってるのか。流石はテレサの授業を受けてるだけあるな。それで、出来たては粘土が残ってデコボコしてるから、それを取り除くんだ」
「出来たて? 熱くなかったの。 大丈夫だった?」
「鋳型から取り出してあったからから、熱くなかったさ」
「そうなんだ。それで、何を磨いてたの? 盾? 鎧?」
「盾? いいや、そう云うのじゃなくって、親方は部品と言っていたかな。どんな部品かは分からなかったけど」
RPGじゃ『鍛冶屋』=『武器屋』という先入観があって、流石に恥ずかしい気持ちになってしまった。
「そ…そうなんだ。大変だったね。教えてくれてありがとう」
「いやいや、気にすんなよ」
「あら、3人共おかえりなさい」
礼拝堂の片付けが終わったのだろう。シスター・テレサが歩み寄ってきた。
「テレサ。ただいま。これ、今日の分だ…です」
ガッセルがそう言いながら、金袋をシスター・テレサへ手渡した。
「ありがとう、ガッセル。でもね、『シスター』を言い忘れてるわよ。言葉は正しく丁寧にしなさいね」
ここで言う『シスター』は役職というか、『~さん』という敬称みたいな感じだ。
つまり、ガッセルは年配者を呼び捨てをした事になる。失礼と言えば失礼なんだが…
「ご、ごめんなさい。シスター・テレサ」
「はい。ガッセルは素直で良い子ですね。それでは、これは今日の『お小遣い』ですよ」
シスター・テレサは金袋の半分を3人へ手渡した。
「ありがとう、テレサ。なぁハンス。今度、共同釜で焼きたてのお菓子食べよう」
「そうだな、ガッセル。ナーガ達の焼きたてクッキーは良かったもんな。シスター・テレサとみんな、部屋に戻るのでさよなら」
「さよなら、ハンス」
シスター・テレサに合わせて、私達も手を振って2人を見送った。
「…まったく、ガッセルは相変わらずね」
そう、つぶやいたのを耳にしながら。
…ガッセルって、謝っても全然反省していないんだな。
まぁ、あのフレンドリーな感じは持ち味なんだろうけど、
「あの~、シスター・テレサ。僕達も部屋に戻ります。さようなら」
「さよ~なら~」
「お、『お小遣い』ありがとう。俺も戻ります」
クレハの挨拶から少し間があったが、ナーガも別れを告げて、3人で部屋に戻ろうとして爪先を宿舎へ向けた矢先に、シスター・テレサから、
「お待ちなさい。大切なお話しがあります」
と、留められてしまった。
何か、悪い事を言ってしまったのだろうか?
「は、はい。なんでしょうか?」
身に覚えの無い不安を抱きながら、私はゆっくりと振り向いた。




