133 好奇心旺盛な協力者
コンコンコン。
非番のメイドが礼拝堂の扉を叩いたの。
扉の前で、兵士とメイドに挟まれて並ぶわたし達の姿は、まるで警察に補導された児童の様な格好だったのかも知れないわ。
この恥ずかしい状況がすっと続くと思ってたの。
だって、この修道院は広いんだもん。
ノックの音が聞こえたとして、宿舎から人が来るまでには時間が必要な筈よ。
もしかしたら、1回じゃ届かなくて、何度も叩く事になるかも知れないわ。
そう思うと、情けなさが重くのしかかる気がするの。
は~……。
この居心地が悪い状況で待たなくちゃ駄目なのね。
リトもナーガも立ち上がる事が出来たとはいえ、傷は辛いはずよ。
兵士とメイドが支える様に、一緒に居てくれなかったら、廊下の代わりに寒空で立たされてお仕置きされている気分になるわ。
そんな事を思っていたのも、刹那。
「お待ちしておりました」
との声と同時に扉が開いたの。
戸が開く隙間からは、声の主、先に駆けていったメイドだったわ。
もしかして、扉の前でずっと待っていてくれたのかしら?
「おかえりなさい」
「おかえり! も~!!」
扉が開かれた正面には、シスター・レミアとアリアが立ち並んでいたわ。
シスター・レミアの声は重く静かに、アリアは安堵の声で迎えてくれたの。
椅子が2脚不揃いだった事から、わたし達が帰ってくるまで、ずっと座って待っていたのでしょうね。
「それでは、わたし達は戻ります」
「ええ、ありがとう。巡回中に迷惑をかけてしまい、ごめんなさいね」
「これも私達の役目です。お気になさらないで下さいませ」
「そう言ってくれると嬉しいわ」
先に来たメイドとシスター・レミアが遠慮し合っている様に話しているのが、申し訳ない気持ちを積もらせる。
そんな時、空気を読んでいないのか、それとも今しか機会が無いと考えたのか、リトが送ってくれたメイドへお礼を伝えていたの。
「メイドさん。お休みの所、ご迷惑、おかけしてすみません。兵士さん。僕達を送ってくれてありがとうございました」
「あら、私はお仕事中よ。どうして休みなんて思ったの?」
「え、だって、エプロン掛けてないから、てっきりお休みかと」
「この人は、コレが制服なんだよ。それよりも、オレ達の休みを気にする前に自分達の心配しろよ。怪我しているんだぞ。子供は子供らしく、素直に「ありがとう」で良いんだよ」
「は、はい。ありがとう、ございました」
あえて元気そうな振りをしてるけど、やっぱり怪我が辛いのかな?
少しふらついてるみたい。
ナーガは…、怪我をしてしまったのがそうとうショックだったのね。
声を出せず、リトのお辞儀の真似をして3人を送ったから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ただいま帰りました」
「ただいま…」
リトとナーガが応える様に帰えったの挨拶をしたけど、バツが悪そうな、おそろおそろに口にしたので、わたしもその雰囲気につられて
「…た、ただ、いま…」
申し訳なく思って挨拶をしてしまったの。
この空気はとても居心地が悪いわ。
シスター・レミアの口調から、これから沢山怒られるんだろうな~。
そう思うと、脚が震えてきたの。
『悪い事をしたら怒られる』
それは当然の事だから、恐い事だけど、そのまま受け入れなくてはならないのは判ってる。
もっと恐いのは、相手にされない事。存在を否定される事。
だからと言って判っていても、咎められるのは、恐いわ。
「リトとナーガ、こっちにいらっしゃい」
シスター・レミアの声が静かな分、余計に恐い気がするわ。
怒りを留めている、そんな雰囲気に思えたの。
2人も同じに感じたと思うの。何も口にせず傍に行ったから。
「アリアはどう思うかしら」
「そうね、リトは出血が酷いけど、傷は綺麗に切れてるから、直ぐに治ると思うわ。ナーガはどうなの」
「処置が早かったのか、出血は止まってるけど、火傷が酷いわ。『祈り』が必要ね。リトはアリアに任せるわ。私の後に続いて唱えて」
「はい、分かりました」
「聖霊よ、この子らに御手を添えしめ賜いて、安らぎと温もりを与えた賜え」
「聖霊よ、彼の者に御手を添え賜え。癒やしを与え賜え」
詠唱の後に2人の傷は塞がっていったわ。
『回復の魔法』
いいえ、きっと違うわ。2人の言葉は『唱え』ではなくて『祈り』の様だったわ。
『癒やしの祈り』
そうよ、早く治って欲しい。その想いは『祈り』以外にありえないわ。
「ほら、2人共、傷は塞がった筈よ。痛くはないでしょ」
「…あ、本当だ! 触れても痛くない!!」
「あ、ありがとう、ございました。そしてすみません。……でも、こうなったかぁ~」
ナーガは直に体験した驚きの歓喜をあげたの
リトは傷口の跡をなぞって、傷が塞がってるのを触診してから、余計の一言を漏らしちゃった。
「ご、ごめんなさい。わたし、まだ上手く出来なくてごめんなさい。傷口、残っちゃったね」
「と、とんでもないよ。アリアのおかげで血が止まったんだ。ありがとう。アリアな何でも出来るんだね」
「でも、本当にごめんなさい。傷跡、残っちゃった…」
傷は塞がったけど、傷口は見事に残っちゃったわ。
ナーガは右目の上のおでこに痣が、リトは左のおでこの剃り込みの様な跡が残ってしまっていたの。
髪が伸びれば目立たなくなると思うけど、今はちょっと目立つかな?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「言づてを預かったメイドから事情は聞いてた時は驚いたわよ。無事に済んで良かったけど驚いたのよ!」
テーブルに向かい合ってから、叱る前に、凄く心配したのだとシスター・レミアは言ったの。
「ごめんなさい」
「済みません」
「ごめん、なさい」
悪い事をしてしまった。という罪悪よりも、心配を掛けてしまった事を思い知って心が締め付けられる様に苦しいの。
これはナーガも、リトも同じだったわ。
「事情は聞いたわ。お世話になったお礼に、贈り物をしたかったのよね。ありがとう。気持ちは嬉しいわ。でもね、怪我をしてしまったら、みんなが心配するのよ。その事は考えなかったの?!」
「ごめん、なさい。 あたしが…。あたしが、おどろかそうって、いったからなの。わたしが、わるいの。ごめんなさい」
わたしは、大粒の涙を流しながら謝った。
もちろん、演技ではないわ。
ナーガの魔法が安定してきたと思ったから。
リトがKY(危険予知)をしながら、方法を考えてくれると思ったから。
でも、不測の事態は起きてしまったわ。
KY(空気読めない)だったのは、わたしの方。
今頃になって、事の重大さを思い知って、みんなに迷惑をかけてしまった思いで、涙があふれてしまったの。
全て、全ては、わたしの責任だわ。
申し訳なさで湧き上がる感情が止まらない。
「クレハ。良い子だから泣き止んでね。3人共、反省しているみたいだから、怒らないわよ」
「グスグス。…え、ほんとう。ズズー。あ、ありがとう。ありがとう~」
「本当よ。言づてを聞いた時はどうやって叱ろうか考えてたけど、クレハの姿を見たら、3人共無事で怒る気が無くなったわ」
「あ、ありがとう。…そして、ごめん、なさい」
「みんな、安心していいからね。ああ言ってるけど、レミアが一番不安でそわそわしていたんだから」
アリアがテーブルに乗り出して、こっそりと教えてくれたの。
「アリアは心配じゃ無かったの?」
リトが、余計な一言を口にしちゃったのよ。このバカ!
「わたしも凄く心配で、どうしていいのか分からなかったの。でもね、レミアがわたしの気持ちも言ってくれたし、みんな、怪我はしてたけど、無事で安心したの。それにね…」
「アリア! テーブルに乗りかかるなんてマナー悪いわよ」
「は、はい。申し訳ありません」
椅子に座り直したアリアは、首を軽くシスター・レミアの方へ傾けていたの。
そこには、頬を赤らめたシスター・レミアが居心地悪そうに座っていたわ。
なんか、可愛いって思ったわ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「まさか『魔法が使える』とは思わなかったわ。誰からも教わってはいないのでしょうに」
少しの間、隙間風の笛の音が鳴り響く程の静けさがあったの。
もちろん、魔法は教わっていないわ。
でも、魔法を使う所は、アリアに見せて貰ったの。
コレを「教わった」というのであれば、アリアに迷惑を掛けてしまうの。
わたし達3人はそれが分かって、言い訳する事も出来ず、沈黙するしかなかったのよ。
次にシスター・レミアが口を開くまで、長く、とても永く感じたわ。
「流石は『迷子』のナーガね。使っている所を見ただけで覚えちゃうなんて、凄いね。『魔法の加護』でもあるのかしら。
トキザミ様からは、自ら危険を気付ける様にって、ブリーイッドへの『お手伝い』を手配したのにねぇ。駄目だったのかしら。
でも、危険だよって、実感は得たでしょう。何より大きな事故にならなくて良かったわ。
これから、『師匠』が付くまで魔法の使用は駄目よ。
分かった?!」
「は、はい。わかりました」
「すみません。気をつけます」
「は~い。いうとおり、するよ~」
ナーガ続いて、めいめいに返事を返したけど、ちょっとまってよ。
ブリーイッドへの『お手伝い』は、わたし達が始めて魔法を使った直ぐよ。
今日の事故までは誰にも、少なくとも修道院のみんなには、魔法が使える事は知らない筈じゃ無かったの?
トキザミ様って何者なのよ?!
リトと何度も顔を見合わせながら考えていたの。
もちろん、リトも同じ考えをしていた筈なのよ。
「クレハとリトはそんなに体を揺らして、もしかして気分悪いの? もしかして、他に怪我をしていたりしてないの?」
思いのほか、そうとう不審な行動だったのかしら。
シスター・レミアは心配して他の怪我を隠していないか問い掛けてきたわ。違うのよ。怪我はしていないわ。
「いえ。大丈夫です。心配掛けてすみません」
「だいじょうぶ~です。ありがと~」
「それでは、提案なんだけど、そのお礼の『サプライズ』を、私とアリアに手伝わせてくださいな」
「そ~、それはちょっと~」
「そうだよ。『お礼』を送る相手に、お礼品を造って貰うみたいで、なんか変だし」
シスター・レミアの提案に違和感を感じて、わたしとリトは断ったつもりだったの。
「ねぇリト。ナーガも一緒に、迷惑かけさせたいの?」
アリアがナーガの傷跡を指差したの。
ナーガはアリアの意図は分からなかったけど、指を差されて咄嗟に傷口を手で覆い隠したみたいなの。
たしかに、今度は院のみんなに怪我を負わしてしまうかもしれないわ。
「ありがとう~、です」
「わかりました。ご協力、是非ともお願いします」
今更隠しても意味が無いわ。
それよりも、信頼できる助っ人が現れたと考える方が良策ね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ナーガ、ごめんな。最初から協力を求めれば、怪我をさせなくて良かったんだ。僕の考えがあまくてごめんなさい。したい思いさせてしまって、ごめんなさい」
シスター・レミアとアリアが去った後に、リトが申し訳なく謝ったの。
急に謝られてビックリしたみたいだったけど、直ぐに落ち着きを取り戻して、ナーガは応えたわ。
「俺の事は気にしなくて良いよ。一緒にお礼をしようって決めたんだからさ」
「でも、いたいおもい、させちゃったし…ごめんなさい」
続けてわたしも謝ったの。でもね、
「痛いのは辛いさ。
でも、結果としては無事だったんだから、良いんだよ。
それに魔法は、色々な工夫が有るんだなって分かったから楽しかったよ。
あとは『師匠』を探してくれるっていうのなら、魔法をしっかりと教えて貰えるって事だろ。
結果的に良かったと思ってるさ。だから気にしなくて良いんだよ」
って許してくれたの。
この言葉でリトもわたしも救われたのかな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして本当なら、わたし達3人で行いたかった『お礼のサプライズ』は、シスター・レミアとアリアの機転と段取りで、事も無く無事に済んだわ。
結局の所『サプライズ』は、アリアを除く孤児のみんなに対してになっちゃた。
竈は2基ある片方を使わせてもらったけど、これはわたし達からの贈り物。
食材は『お手伝い』先の人脈も駆使して、できる限り品の良いのをわたし達で用意したわ。
喜んで貰えるだろうか。
美味しくなくて、場を悪くしてしてしまわないだろうか。
とても不安はあったの。
でも、リトったら何時もと同じ事を言うのよ。「今できる精一杯を成せた事を喜ぼう」ですって。
そうよね。わたし達は全力を出し切ったと思うの。
だから、「よく頑張ったよ、わたし」って自分を褒めるの。ちょっと変かしら?
そんな不安を危惧するのが馬鹿馬鹿しくなる位、モンク・ビリージェルが雰囲気を上手く盛り上げてくれたわ。
そういえば、ビリーってこういう『お祭り』は得意だったわね。
やっぱり、喜んでくれる顔を見れて、とても嬉しかったわ。
ただ、ちょっと気掛かりだったのは、
パン工房へ『お手伝い』しているアルが「オレの方がもっと美味しく焼けるんだ」って呟いて、
姉のマリーから「ほらほら、そういう事言わないの。コレはお祝いなんだよ」って注意されていたわ。
アルも男の子だね。競争心が浮かんだのかな。
今回はレミアとアリアに協力してもらったから、上手に焼きたてを配る事ができたけど、技量ならきっとアルの方が上なんだよ。
だから、気にしなくて良いの。自信を持っていてね。
今日は院のみんなへのお礼だけど、できるならお世話になっている人達へ何かお礼がしたいわ。
みんな、みんな…、
わたしが言うのも難だけど
得体の知れないわたし達を優しく受け入れてくれたのだから。
だから、国のみんな、と云う訳にはいかないけど、せめて関わりを持った人達が幸せになりますように。
そう。みんなが幸せになって欲しい。
これが、この1年過ごして想った、わたしの願いなのだから。




