第七十話 撒いた種が芽吹いた
「……今までの私の話聞いてないでしょ」
唐突な彼の誘いの言葉に穿った目で見てしまうのはこれまでの勧誘の経験上仕方ない。誰にそそのかされたのか知らないが冗談で流そうと茶化して言ってみたものの彼の真剣さは変わらない。
「聞いてるさ。だから言ってるんだ」
「だから私はヴェルト様の為にも世界を巡らなきゃいけなくて」
「聞いてる限りだとお前には随分甘い神みたいじゃないか。俺らが強引にお前を引き留めるのは許されなくても、お前が望んでのことなら問題ないんだろ?」
遠慮なしに彼に話してきた愚痴からヴェルト様の考えもある程度察してるっぽい。そしてそれはその通りだ。
「神が信仰を集めて力を振るうってのはその家族に会う為か? それは神の力じゃないと不可能な事か? 家族ならここで作れるじゃないか」
怒鳴るでも茶化すでもなく、諭すような静かな物言いだった。
これがただの里の為の勧誘だったなら即お断りができたけどどうも違うらしい。血縁がある事にこだわらないこの里の人間であるアヒムは、いくらでも増やせる「家族」という存在の為私が苦労して旅をすることに同情している。
常ならば「私は神の使いですから当然です」と煙に巻くけどこんなに心配してくれる彼に対してそれはあまりにも不誠実に感じた。そんな彼を納得させる為に私もちゃんと答えなくてはいけない。
「……実は私、もう死んでるんだ」
「は?」
私の突然の告白に案の定彼は驚き停止した。その隙を突いて冗談だと思われないよう彼が正気を取り戻すまでに畳みかけるように説明する。私が旅に出るようになった理由を。
「私が偶然の事故で死んだ時ヴェルト様に呼び出されたんだ。そこで信仰を広める為地上へ行けと言われて……本来なら死んでる筈の私がこうして生きているのもそのおかげ」
この身体も新しく造ってもらったんだ、と手を差し出す。アヒムは手首を握ったり手の平を揉んだりと確認するような動きをしてしばらくすると気が済んだのか再度私と視線を合わせた。
「生き返る代償に信仰を広めますと約束したからちゃんと果たさないと。そりゃあここまで来るもの大変だったし楽な道中じゃなかったけどさ、神に誓ったからにはね」
ほんの少し前かなり心が揺らいでいたことは言わない。あの時誘われてたら正直危なかったかもしれないが今の私は既にやる気を立て直しているから響かない。
「……そうか」
彼の声に落胆の色が混じる。何だかんだアヒムとはここで一番付き合いもあるし心配してくれたってのは伝わった。純粋な心配というのも久しぶりに味わう感覚でそれだけで彼に感謝したくなる。
「ありがとうアヒム。そうやって誘ってくれてすごく嬉しかった」
素直に嬉しくてその気持ちを伝えたかったのだけどどうしたことだろうか、当の彼は挙動不審に目線が落ち着かずあちこちを彷徨わせている。何かあるのかと視線を落とした時あることに気が付いた。
「……手、もういい?」
私が差し出した手は未だ彼の手の中で。ちゃんと生身だと確認してもらったことだしもう十分だと手を引いたら急にパッと解放された。思いの外しっかり握られていた手は勢いがつきすぎていて、ちょっと後ろにひっくり返りそうになったのなはクレームを言いたい。
「悪い」
「それじゃ戻ろう、付き合ってくれて本当にありがとう」
服の汚れを払い落としながら立ち上がる。だけどアヒムはやはり妙な態度のままで中々そうしようとはしない。
「お前は先に戻れ。俺は用がある」
「あれ? 仕事あったんだ。私が引き留めてたって説明いる?」
「そうじゃなくて……別に何でもいいだろ」
サボリ疑惑のないよう気を回してあげたら素っ気なく返してけて、それはいつも通りのアヒムだった。
「はいはい、じゃあまた後でね」
そんな慣れきった態度の彼に手を振りながらその場を後にした。
……部屋に戻るつもりだったのだけどふと思い直す、そういえば詳しいことをまだユーマに話してなかったなと。ヴェルト様が事前に伝えてくれるだろうとかそんな可能性はまずあり得ないので思い出した今の内に教えておこう。何せドラゴン相手にあれだけ威嚇していたユーマは相当なドラゴン嫌いだ。ドラゴンに協力してもらう事を事前に伝えておかないと何をするか分からない。確かにお世辞にも紳士的とは言えない性格だったけど……そんな事を考えながら歩いているとお世話になっている馬小屋が見えてきた。ここへ来てからちょいちょい顔を出しているけど基本的なお世話はアヒムに任せっぱなしだ。
男が嫌いなユーマにしては不思議なくらい彼だけを受け入れているので仕方のないことではある。
久々に私手ずからのブラッシングでもしてあげよう、そのつもりで馬小屋に足を踏み入れようとしたその時だった。
「……ん?」
ぼそぼそと話し声が聞こえる。声の主を探るとついさっきまで一緒にいたあいつ、アヒムだった。どうやらユーマ相手に話してるっぽい。私のいないところでどんな話をしているのか気になっていけない事とは知りつつも壁際に隠れ聞き耳を立てた。
「もうすぐお前の主人、ここを出るんだってよ。ここにもう少しいたって構わないのにな」
ヒン、とユーマが返事するように鳴いた。
「お前ほんと妙な馬だよな、俺の言葉が分かってんのかよ」
コクコクと頷く仕草を見せる様子は明らかに会話が通じているように見える。それを見てアヒムも軽く笑っていた。普段の不愛想な顔とはまた違う年相応の笑顔だ。
「なんだ、笑ってる方がかっこいいじゃん」
思わず内心が声になって出てしまい、気づかれていないか慌てて彼らの様子を窺う。どうやら向こうまで声は届かなかったらしい。
「にしてもお前の主人、何なんだよ……」
気付かれていないことに安堵の息を吐いていると何やら雲行きが怪しくなってきた。笑顔は消え失せしみじみ溜息を吐き出している。
いつも私に対して遠慮なく切り出してくるアヒムがまさか動物相手に愚痴をこぼすなんて想像もしてなかった。ますます中へ入れず盗み聞きを続行する羽目になったのである。
「人を散々振り回しやがって。変な質問を繰り返しては勝手に納得しやがる」
うん、それは心当たりがあり過ぎて反論のしようがない。あ、ユーマまで頷いてる。
≪非常に正しい評価が下されているようであるな≫
急に出てこないで黙っててください! 突然脳内に声をもたらした存在については言葉にせず心で念じておいた。
「折角村に誘ってもあっさり断るし……人の気も知らねぇで」
確かに彼の厚意を断るのは若干心苦しくはあったけどそこまで怒ることだろうか。
「おとなしく俺の嫁になっときゃいいものを……って、うわっ! 何すんだお前!」
ユーマが突然暴れ出してアヒムを蹴り上げようとし、彼は寸でのところでそれを躱す。そこへ追い打ちの様に前足を高く上げ踏みつけようとまでする。避けるアヒムと暴れるユーマ、それにつられて他の馬も興奮し出して一気に小屋全体が騒がしくなる。
けどそんな騒乱より私の内心の方が余程パニックで騒々しくなっていた。
アヒムが呟いた言葉、あれが私の聞き間違いじゃなかったら、もしかして。
未だ騒ぎの只中である馬小屋をこっそり抜け出し何とか誰にも会わないまま自室へと戻ることができた。
扉を閉めて部屋に一人であることを確認するとそのままずるずると腰を下ろし扉を背にして座り込む。それと同時に私の心境を表わす言葉が声になってこぼれ出た。
「ちょっとぉ……勘弁してよ……」
これまで結構色々トラブった。身の危険を感じるような事もあった。それらをどうにかこうにか切り抜けてきたと自負する経験豊富な私でもこういうケースは初めてのことだった。それも前の人生まで含めて。
思えば小中高とあんまり周りの男子に興味を持った事は無かった。休み時間の度に画集やら生き物図鑑を開いてうっとりしていた女子に対して彼らも遠巻きにするだけで関わってこなかったし。
友達との会話でもあまり話題に出なかった。「こいつに話してもなぁ」と若干呆れられてた可能性は否定しない。
そんな男女関係に疎い私をよ、よよよ嫁にしたいとか……!
立ち聞きしていたことは本人に気付かれていないけど彼の本音を知ってしまった今どんな顔をしてアヒムの前に出ればいいか分からない。
「……誰かに相談ってもなぁ」
里の人達、元々残留希望なのだからそれこそ次の日には嫁入り支度がされそうだ。
フレス、人間の色恋なんて理解できるとは思わない。
ヴェルト様、論外。
困った。頼れそうな存在が皆無だ。他の事ならアヒムが一番頼りになったんだけどまさか当人に「アヒムが私のこと好きみたいなんだけどどう接したらいい?」なんて聞ける訳がない。いっそこのまま旅立ちまで顔を合わせずにいようか。あと一週間とちょっとだから不可能ではない。
ただ立ち聞きしておいてそれを理由に突然避けるのは勝手すぎる。
「あーもう! 直接告白してきたんだったらまだその場できっぱり断れたのに!!」
思わず叫んだが元はといえば自分の立ち聞きが原因なので理不尽な言い分である。結局その日は結論を出せないまま悶々と夜を過ごしてしまった。




