第六十九話 身体変われば血も変わる
「その、ごめんね」
「……言っただろ、別に気にしてねぇって」
顔を上げた先の彼の表情をまじまじと見つめる。本当に怒ったりしてないみたいだと分かってやっと安心の息を吐けた。下手したら人のトラウマほじくり返してたかもしれなかったんだ。ちゃんと確認しないとな、うん。
「じゃあ差し支えないところまで聞かせてもらってもいい?」
彼の頷きを了承と取って話を再開した。この際だから遠回しに探るよりはストレートに聞いた方がいいだろう。
「信仰を最初から決められて反発はしなかったの?」
「!?」
「ここでは精霊信仰を受け入れないと生きていけない。子供の頃は深く考えてなくても成長してからは? その事に疑問を感じたことはなかった?」
彼の信仰は本物だ。昨日の名付けの時にそれを感じた。だけどそれが追い詰められた故の思い込みでないと言い切れないとも思った。
アヒムの表情が固まっている。想像もしていないことを突き付けられたそのものでその様子から考えを読み取るのは難しい。かろうじて瞬きだけはしているのでちゃんと意識はあるようだ。ゆらゆらと顔の前で手を動かすとやっと私の存在を思い出してくれた。
「答えにくいこと聞いた?」
「考えたこともない質問だったからな」
「それで、考えてみてどうだった?」
「……ここに住んでる限り他に信仰するべき何かなんてなかったから、反発も何も。第一信仰の無い自分ってのが想像できなかった」
そこから彼がこれまでの自分について語ってくれた。
彼がこの里へ引き取られたのは赤ん坊の頃らしい。そのまま長の元で育ち、日常で火の精霊の恩恵を受けて暮らしたという。
「十歳になった時初めてフレス様に引き合わされ信仰を捧げるか聞かれた。俺はその場で頷いたよ」
「それまでは何か言われてなかった?」
「特に何も。ただ火の精霊様の力でここで暮らしていけるんだとは何度も聞かされたな」
里を一歩出れば人が生きるのに厳しい土地なのはすぐに分かる。里での暮らしが快適であればある程火の精霊へ感謝の念を持つようになるのは当然かも。洗脳に近いなと思ったけど、これは日本でも同じかもしれない、日常に信仰が溶け込んでいる。
「そこで信仰しないって答えたらどうなるか知ってる?」
「ガキの頃から暮らしてた中にそういう奴はいなかったけど、たまに外部からそれなりの年頃の女が来た時は何を言っても信じないことがあったらしい。その場合はまぁ……あれだ、他の迷惑になるから隔離してる」
目で察しろと言ってきたので無言の頷きで応えた。監禁されて子供を産ませられる奴隷みたいな扱い、あったかもしれない私の未来だ。そんなのすぐに逃げてやるけど。
「物心つく頃には自分がここの生まれじゃないと何となく察するけど里の人間はそれで差別する訳じゃなし、里全体が家族みたいなもんだからな。同じ境遇の奴は多いしだから改めて血縁がどうのと気にしなかった」
それは火の精霊による暖かな気候と豊かさがそうさせるのだろうか。長は子供を何人も抱えて実の親か祖父のように慕われている。もちろん私に対しても神の使いへの尊敬と同時に親し気な雰囲気で接してくる。
……そういえばアヒムと最初に会ったのは麓の村だったけど生まれた場所を訪れた時にも何の感慨も無かったのか。彼の年齢からして近しい血縁はほぼ確実に生きているだろうに。
「この前村に来てたのに会ってみたいとは考えなかったんだ」
「会ったぞ」
「いつ!?」
「お前が俺の前に引っ張り出された時」
質問への返答が予想外過ぎてぎょっとした声が出る。彼の言葉に思い返してみると宴の時のことか。あの時は村長に挨拶するようにとアヒムの前に連れ出されて……ってことはもしかして。
思わず目を見開くと彼も言いたい事を察したのか頷き、私の考えが間違っていないと示していた。
「あれが俺の血縁でいうところの祖父、その息子夫婦が両親ってことになるな」
頭を殴られたような衝撃を感じた。村の子供を計画的に売り捌く村長とアヒムが血縁だなんて……血の繋がった孫を売るだけでなく、そうやって手放した孫や息子相手に同じように人間を売るのか。
……そうだよ、そういうことだってあり得るんだ。人間を商材にする、ということを本当に分かってなかった。こんな非人道的な事を平気な顔で何年も続けてきた麓の村が怖い。……注意だけで済ませた自分の考えの甘さを後悔した。
改めてアヒムの様子を窺っても平然としていて、異常を異常と感じずに育った彼の環境にうすら寒さを覚えてしまった。
「それ、おかしいよ……」
絞り出した言葉はそれが精一杯だ。真意が伝わらないのか不思議そうにこちらを見るばかり、硬い表情の私に自分がされた時のように眼前で手を動かしている。
「だって」
何かを言おうとして言葉が止まった。人権とか信仰の自由とか、そういうのは現代日本で生きていた私だから考えられる。世界の成り立ちからして違う異世界でそれを叫んだとして通じるものか。
……売られても奴隷のように扱われる事も無く信仰を得て心身共に豊かで平穏な環境で暮らしているのに何故いけないのか、そう聞かれたら私はそれを論破できる根拠を持たない。
「お前が何を疑問に思ってるかさっぱりわからねぇな」
私がいつまでも何も言わないのに不審に思ったのか、アヒムが問いかける。顔を上げると目線が重なった。
「お前がいつも語ってる話だと人間も元々天の神が作ったものなんだろ? 誰が親でも結局はそう大して変わりないんじゃないか」
違うと言いたかったけどよくよく考えれば彼の言葉も一理あるような気がしてきた。
猿から進化したんじゃなくて人間の形を造ったと聞いたら益々血の繋がりが大したことじゃないように思えてくるのでは? ……実の家族に会いたい、帰りたいと思う私の方がおかしい?
私の行動の根本とも言えるものが揺るがされる。私のこの身体も死んだ後に造られたものだから日本の家族とは血が繋がっていない。生き返らせてくれるとは聞いてるけどどういう形になるかは知らない。
今この身体で帰ればお父さんやお母さん達は「血縁は無いけど長く家族として過ごしてきた人達」になる。
それはこの里で家族として暮らす彼らと違いは無いんじゃないか。じゃあ私も無理に帰ろうとしなくてもこの世界で暮らしていけば元の家族はどうでもよくなってくる? そこまで考えて内心で激しく首を振った。
いやいやいや、惑わされちゃ駄目だ! 常識が違い過ぎて自分がおかしいような気がしたけど今は私のことは問題じゃない。衝撃的な話を聞いて動揺したのはしょうがない、この世界のそれも特殊な信仰を持ってる人の意識の違いが分かっただけでももうけものだ。新たな常識を与えることはできても根本的な常識を一朝一夕で変えられるものじゃないからやり方もそれに沿って考え直さないと。
「はー……」
ぐるぐる回る頭を溜息で無理矢理止めてふと気が付くとアヒムの目が「何だコイツ」と言っている。思えばわざわざ話に付き合ってくれたというのに質問した答えにまともに返事せず自分の世界に浸っていた訳だ、あえて黙って見守ってくれたのはありがたい。
「何でもない。質問に答えてくれてありがと」
軽く首を振って感謝の言葉で話を締める。彼としては何かよく分からない内に話が終わって若干戸惑っているように見えるのが何だか申し訳ない気分になる。
「何を思ってあんなこと聞いてきたか知らねぇけど、お前は血の繋がった家族が大事なのか」
言外に自分はそうではないという彼の言葉に力なく頷いた。
私がここで出来ることはヴェルト様への信仰を広めるだけでそれはもう十分果たした。そこから更に考え方を変えるのは以後のヴェルト様がどんな教えを広めるか次第になりそうだ。
「布教の旅が終わらないと家に帰れないし家族にも会えないからね、その分会いたいって気持ちが強いのかも」
「……その口振りだと望んで旅をしてるって訳じゃなさそうだな」
ふと気が付くとアヒムが私の顔を覗き込んでいた。気遣いや思い遣りの感じられる眼差しは彼にしては珍しく、軽く驚いて肩が跳ねた。
「別に旅なんてしなくても、ここに残れよ」




