第四十一話 神を怒鳴って竜を出す
これからを考えるとほとほと嫌気は差すけどまだ疑問の全てを解消できた訳じゃない。聞きたい事はいくらでもあったので気を取り直して再度問いかけた。
「えーと……今まで他にどんなことをしてきたんですか?」
このドラゴンの言う「各地に残した痕跡」というのは平原の惨状を思うと悪い予感しかしない。封じた事に関してはヴェルト様のせいだけどそれを目覚めさせたのは私がこの世界に降りたからだ。気は進まないけど責任の一端が私にあるような気がしたのでせめて被害状況を確認しておこう。
「大したことはしておらん。少々地面を割り、雷を落とし、風で木々を切り倒し……その程度だ」
十分大したことだった。それを聞いてふと思い出すのは私がウーヴァ村から旅立った日のこと。あの時は街道が塞がってて苦労したけどそれはとても不自然な状況だった。もしや……
「……二週間くらい前ってどの辺にいたか覚えてます?」
「さて。世界を巡るのであれば一日で事足りる故いつ、どこにいたか。そのような問は儂には無意味だ」
疑惑は限りなくグレーだけど黒とも言い切れず、正しい答が欲しくてつい空を見上げる。
≪……≫
「何か言いたいことがあるのならどうぞ」
≪うむ≫
私の頼みをちゃんと聞いてくれて、許可なく口を出さないでいてくれるのは助かる。何故かドラゴンが身じろぎしてたっぽいけど気にしないでおこう。
≪僅かに残った気配の主は今にして思えば彼の者であった。こうして相対した事でそれを正しく認識できた≫
あの現場でドラゴンの気配を感じてたなんて初耳だ。言ってくれれば……というのを期待してはいけない。聞かなかった私が悪いんだと思うしかない。そういえばあの後おじさん達が落石やら地震やらが多いって注意してくれてたっけ、きっとそれもだろう。
……本当に災厄の象徴になっちゃってるよ。
「儂の気配に気付いておったなら何故この娘に伝えなんだ」
ドラゴンが不満気な声でヴェルト様に問いかけてる……というか直接やり取りしてるのが私にも分かる。ユーマと話してる時はそうじゃなかったからヴェルト様は相手に合わせて色々な言葉を操れるんだろう。ドラゴンは人間の言葉を話してるからそのまま私にも伝わると。
感心しながら会話を見守っているとヴェルト様は一言だけでその疑問に答えてあげた。
≪汝の存在を失念していた≫
「天神! 貴様ぁぁぁぁ!!」
その瞬間ドラゴンの咆哮が天に向けて響き渡る。許可を得て考えて話した内容ですら相手の神経を逆撫でするとは流石としか言いようがない。少しだけそんな現実逃避をしていたけど放って置いたら怒れるドラゴンが何をしでかすか分からないしこれを止められるのは私しかいない、そんな使命感に突き動かされ立ち上がった。
「お、落ち着いて下さい! この神様ちょっと長生きしてボケちゃってるんです!」
「これが落ち着いていられるか! 自身が封じておいてよりによって忘れていただと!?」
「気持ちは分かりますからとりあえず足踏みもやめてぇぇぇ!」
咆哮だけで鼓膜が破れそうなダメージを受け頭を殴られたような衝撃が続くところに怒りの地団駄が地面を揺らす。ドラゴンの腹にしがみついて必死に止めようと試みるが何の妨げにもなっていない。むしろそうでもしていないと激しい揺れでとても立っていられない。ジュリアーノ達を避難させておいてよかったと今心底そう思った。
そしてこれだけの怒りを向けられても何のリアクションも返さない、何か理由があってやったことなんだろうし言い訳くらいしてもいいのに徹底して語らないヴェルト様のその姿勢はある意味尊敬すらできる。
「そもそも何で封印とかそういうことしてたんですか! 必要な事ならちゃんと説明して相手に了承してもらわなきゃダメでしょうが!」
さっきのドラゴンの語りから察するに何の前振りも無かったに違いない。そのせいで今こうして私が必死に抑えなきゃいけない現状に少しだけイラッとして八つ当たり気味に声を上げた。
「……言い分があるのなら聞いてやろう」
そこでようやくドラゴンの動きが止まった。どんなに腹が立ってもその怒りをぶつける相手が目の前にいないと継続しづらいらしいけどその気持ちは大いに共感できた。ヴェルト様がこんなにも人の怒りを誘うのは多分それもあるだろう、怒りが不完全燃焼になってそれが後々ちょっとした事ですぐに燃え上がるのだ。
≪言い分か≫
「最低でもこういう問題があってそれを解決するためにこうした、くらいの説明はしてくださいよ」
くどいくらいの念押し。そうでもしないと独自解釈による短文で会話が終わるのは目に見えている。それを聞いてふむ、と小さな声が聞こえて間が空いてから言い訳タイムが始まった。
≪幻獣の類も神も、信仰無くてはその存在が危うくなるのは理解しているな?≫
その辺りは死んだ直後にしっかり聞いてるし今更な話だった。ドラゴンも自分の事だから当然知っているとばかりにフンと鼻息が聞こえてくる。
≪特に幻獣は大地の精気によって形作られそれを糧にして生きる存在、云わば我の作り出す世界によって存在が成り立つもの。その我の力が乏しくなれば世界の維持も困難となる……少しでも永らえさせる為、多くの力を必要とする者には眠りについてもらうしかなかった≫
「もしそれをしなかった場合は……」
≪既に世界は失われていた≫
新たに聞いた内容で、この世界が本当にギリギリのところだったと思い知った。人間が一人、私がいるだけで生きている間は安泰というのも驚くけどそれだけ信仰されている、というのは大きいのだろう。
ドラゴンの方に目を向ければグルルと唸り声のようなものが聞こえて怒っているのかそれとも何も言えないだけか判断が着かない。
「して、儂が眠りについた分が浮いてそれで少しでも状況は良くなったのか」
尤もな疑問が投げ掛けられる。仕方のない理由があったことは分かるが突然過ぎるし、無理矢理封じられてそれが何の意味もありませんでしたなんてことになったら怒りが収まる訳が無い。どう答えるのか、答次第じゃまた私が宥めなくちゃいけないと固唾を呑んで見守っていた。
≪遥を見い出せた≫
その一言で私もドラゴンもきょとんとした顔をしていたに違いない。
≪これまでの時間があったからこそ遥を見出しこの地に招く事が出来た。今この時点においても布教により既に多少の信仰が芽生えつつある、汝の封印が解けたのも遥が幻獣の実在を信じていたからであろう≫
「ほう……」
ドラゴンの視線が空から私の方へ向けられる。間近で見ると牙が目立つ大きな口や爬虫類特有の感情の無さそうな目が恐ろしくて硬直してしまう。動けない私にドラゴンの鼻先が顔のすぐ側に届いて首や頭、肩の匂いを嗅ぎ始め……頬を舐められた。
「ひ、ひゃっ」
驚きのあまり腰を抜かして座り込んだ私をドラゴンは牙を見せつけて笑っている。多分馬鹿にされてる。悔しい。
「この娘に世界と儂らの今後が掛かっているという訳か」
面白い、と呟くドラゴンの機嫌が急に良くなった気がした。
「……儂を封じた件については許そう、人間に実在を忘れ去られたまま世界と共に滅ぶよりは目覚める事の出来た今の方が儂にとっては望ましいからな」
「あ、ありがとうございます!」
よかった、これで少なくともこれから世界中で災害を起こすような事はないだろう。人間と敵対するような意識もないみたいなので後は山奥辺りでひっそり過ごしてもらえたら安心だ。
私が笑顔で頭を下げたけど、おかしい。用は済んだ筈なのに帰ってくれない。
「……あの、まだ何か?」
困惑のまま見上げて問えば凶暴な顔でニヤリと笑って見せる。その意図が読めなくてこっちとしては不安で仕方ない。
「問われてばかりなのでな。久方振りに人間と会話が出来る滅多にない機会だ、儂からの問いにも答えてもらおうか」
確かに一方的なのはフェアじゃないしずっと眠ってて他に話す相手がいないのなら知りたい事も多いだろう、私も誠実に応えてあげよう。……嘘ついたらどうなるか分からないし。
「私にできることなら」
真剣な顔で頷き、彼?の問いを待った。笑みの中に邪悪さが垣間見えたのは私の気のせいだったのだろうか。
「儂の子を産む気はないか?」




