第四十話 時は過ぎたり
「ぐっ……!」
衝撃は向かい合った平原から襲ってきた。それと同時に地面が大きく揺れて、腕を広げていたせいで全身で受け止めた為勢いに負けないようぐっと足に力を入れて踏ん張る。幸いにも衝撃も揺れも一瞬で治まったのでどうにか堪えられた。後ろを振り返るとオクタヴィアを庇うように覆いかぶさったジュリアーノと目が合う。
「私達を庇ってくれたのですか……?」
何か勘違いされてるけど敢えて訂正する必要もないので訳知り顔で頷いておいた。それよりも問題は謎の衝撃だ。さっきまで何も無かったのにどうなっているのか、それを確かめるべく再び平原へ向き直ろうとした。
「え……」
ぞくりと背筋に悪寒が走る。今まで生きてて感じた事のない感覚に恐ろしくて振り向けない。そんな私の様子に不安に思ったのかジュリアーノがオクタヴィアを庇ったまま尋ねてくる。
「フィノ? 今の衝撃は何だったのでしょうか。ただの突風や地震にしては一瞬過ぎますし……ああっ、地割れが!」
ジュリアーノの話を聞いて確信した。
異変が起こっているなら私と向き合う位置の彼らが何も気づかないのはおかしい。けどあの一瞬からずっと奇妙な感覚は消えなくて状況は何一つ変わってないのに二人とも平然としている。そうなると答えは一つ、彼らの知らない何かがいる。
「ジュリアーノ……オクタヴィアを連れてここから離れて」
「フィノ、一体何を? やはり貴女は何かを知っているのですか」
「フィノが土地を癒してくれるのを見届けませんと」
「いいから早く戻って! 二人にここにいられると邪魔なの!」
言葉遣いが乱れてしまったけどそんなことに構っている余裕はない。一刻も早く彼らを遠ざけないと、その私の気迫が伝わったんだろうジュリアーノもオクタヴィアも息を呑むと私に向って頷き、元の場所へ戻っていった。
立ち去る彼らを見送るのと同時にやって来たのはユーマだった。どうやら彼も私と同じようなものを感じたらしくしきりに落ち着かない様子を見せている。それを見て私の思い違い、勘違いじゃないと確信は強まった。軽く息を吸って吐いてほんの少しだけ落ち着きを取り戻し覚悟を決めて振り返った。
「あれ……は……」
それは子供の頃に憧れた存在の一つ。その鱗は鋼の刃を通さず、牙と爪は全てを裂き、咆哮は大地を揺るがし、灼熱の吐息で焼き尽くす。力と災厄の象徴……ドラゴン!
「ほう、儂に気付くか」
「喋った!?」
大きな口から発せられたのは意外な程流暢な言葉。これだけでこのドラゴンが高い知能を持っているのだと判断できた。私のその反応に非常に満足そうにドラゴンは口元を歪めて牙を見せつける。多分笑ったんだろう。
「永き時を生き続けた儂がその程度、出来ぬと思うたか」
何てことのない会話だけどその間も私は正面からぶつけられる強い威圧感に耐えながらドラゴンの様子を観察していた。私に対して直接的な敵意は無さそうだけど油断できない。何かの気まぐれ一つで私を傷付ける事なんて容易いだろう、それだけの力はあるはずだ。
日の光の下で時々きらめく黒曜石のような鱗を持ち、背中の翼は皮膜で覆われてコウモリのようだ。大きさは比較対象の無い平原だからはっきりしないけど何十メートルかはあるんじゃなかろうか。
私が動けないのは数多くの伝説の主役ともいえる存在を前に感動で打ち震えているのもあるのかもしれない。何せドラゴンだ、一部じゃ神扱いもされてたりするあれだ。ここにはいない残念なあの神とは威厳からして全然違う。しかしいつまでもこうして見惚れている訳にもいかないのでもう少し色々聞かないといけない。緊張で喉がカラカラなのを唾でごまかし、私の方からドラゴンに向かって話し掛けた。
≪眠りより目覚めたか≫
ら、邪魔された。ヴェルト様の方から何かに声を掛けるなんて滅多にないことで思わずぎょっとして空を見上げた。どっちも長生きしてそうだしもしかしたら知り合いだったりするんだろうか、それならまだ話はしやすいかな……そう考えていた私はまだこの神に対する認識が甘いと言わざるを得なかった。
「その声は……天神!」
ヴェルト様の声を認識したドラゴンからの威圧が増した。そして絶叫するように大声で呼ばれたのは私の聞いたことのない呼び名だった。嫌な予感しかしないけど恐る恐る探りを入れてみる。
「あのぅ……天神ってどういうことなんでしょう」
神の名前は人が付ける。昔の呼び名は信仰と共に忘れられたというから今の名前は私が付けたもの。明らかに敵意を向けているこのドラゴンが呼んだのがその忘れられた名前だったのか。
≪天を統べる神、故にそう呼ばれただけの事。正しき名ではない≫
「信仰無き神が正しき名を得たとでも言うか。……よくも儂を封じてくれたな!」
相変わらずヴェルト様はしれっと言葉少なにしか語らないし、ドラゴンの方は思う所があるらしく冷静ではない。取り残された私が事情を把握するのに相当の難易度が予想されてうんざりするけど第三者である私が間に入らなきゃやばい。絶対相手を怒らせるとある意味ヴェルト様に対する絶大なる信頼がそこに存在していた。
「えーと、とりあえずその威圧をどうにかしてください……ちょっと声出し続けるの辛いんです!」
さっきから全然近づけないので未だ距離は空いたまま。原因のそれを消してもらってようやく数メートル程の距離まで歩み寄れた。尚ドラゴンが一歩進むごとに地面が揺れたのでさっきの地震の原因が分かると同時にその場から動かないよう頼み込む羽目になった。
…………
「それで、儂に何の用だというのだ人間の娘よ」
ドラゴンの剣呑な声が頭上に降りかかる。向かい合った私は何となく正座だけど灰だらけの地べたで正座は結構辛いものがある。けど今更座り方を変え辛い空気なので脛に刺さる小石の痛みや灰の汚れにひたすら耐えている。ともあれ色々聞きたい事は多いのでまずは一番気になっていた事から尋ねた、
ちなみにこの話し合いの間、ヴェルト様は私が話し掛けた時にしか口を開かないように頼んでいる。
「この平原に雷落としてません?」
「落としたが、それがどうかしたか」
あっさりと肯定されてしまった。自然現象でもヴェルト様でもないとしたら心当たりはここしかなかったので聞いてみたら見事的中である。
「……何でそんな事したか聞かせてもらっていいですか」
幸いにも死傷者はゼロとはいえ平原の火事も私やラウラがいなければどこまで続いたか分からないのだ。相応の理由があるならともかくそうでなかったら一体どうしてくれようか、内心の腹立ちを隠しながら問いかけるとそこから長い長い話が始まった。
…………
今からおよそ数千年か数万年か……それすら定かではない昔の事、儂を含む多くの幻獣は天地の神の統べる世界を自由に生きておった。幻獣は大地より生まれ大地へ還るもの、そしてそれを支えるのは人間の信仰。人間が儂を崇め奉る事で儂は空の覇者として名を馳せておった。
しかしいつしかその信仰は途絶え、急速に力を失い生存すら危うくなり……儂は大地の力を無為に奪う者として天神により封じられ意図せぬ永き眠りにつく事となった。儂を信仰する者が現れれば眠りは解けるとな!
あれからどれ程の時が経ったのかは知らぬ、だがこうして目覚めたという事は儂を信ずる者が現れたという事。儂の目覚めの助けとなった者を探そうと世界の各所を巡っておったがそのような者は見つからん。人間の前に降り立とうがどれもこれも気配すら感じられぬ愚昧な者ばかり。
なれば儂の力を感じられるよう痕跡を残していったのだが……それに気づいたのが人間の娘よ、お主だ。
…………
長々と続いた今の話を総合すると要するに「自分に気付いて欲しくてアピールしてたらやりすぎた」とでも言うのだろうか。……本当にどうしてくれよう、そんな理由で危うく私は死に掛けオクタヴィアも負傷、勝負はめちゃくちゃで大火事発生。そして挙句に地割れまで起こってる。怒りを通り過ぎて力が抜けた。
「もうちょっと穏便な方法とれなかったんですか……」
辛うじて絞り出した言葉は溜息と共に。
「何故儂が信仰無き人間共に気を配らなければならぬ」
自分を崇めない人間には価値は無いとばかりの言い分に頭が痛くなった。そんなんだから信仰が残らなかったんじゃないだろうか。だけど今の話だけじゃまだ私の疑問の全ては解消しない、しばらくこの尊大なドラゴンの話に付き合わざるを得ないという事実により一層頭痛が激しくなるのを予感していた。




