第三十五話 異世界で邪神
半ば追い出されるようにしてガルデーニア邸を後にした私は溜息を吐きながら領境までユーマを走らせていた。空を見上げれば雲一つない秋空なのに私の心はちっとも晴れない。
「やっちゃったなぁ……」
思い出して憂鬱になるのは先程までの話し合いの事。正直彼らの説得に失敗したのはかなりの痛手だ。かといって約束もあるから手抜きで負けてあげる訳にもいかないしとこの状況からどう挽回するかそれだけを考え頭をフル回転させていた。
フォンターナ家からはガルデーニアとの接触を疑われ、ガルデーニアからはフォンターナ家の回し者と認識され、そんな状態で両家が試合当日に出会う……あれ? これもしかして私ものすごくまずい立場?
うまく立ち回ろうとした結果が敵対派閥の間をフラフラするコウモリのようになってしまった現状に頭を抱えたくなった。穴があったら入りたいというか今穴があったらそれがそのまま私の墓穴になりかねない。
「……どうしましょう」
≪何をだ≫
考えすぎて頭の回路が焼き切れてしまいそうになり耐えかねてとうとうこの世界で唯一私が相談でき、かつ最も宛てにならない相手へ相談を持ち掛けた。その返答は相変わらずすぎて頼りにならないと思いつつ呆れ混じりの苦笑が漏れ出てしまった。
「なんか、私が益々事態をひっかき回しただけのような……」
軽い気持ちで同情して関わってしまったのがよくなかったのか。立場が上の人物に売り込めるチャンスだと考えた事も否定しないけど、平和な日本で生きてきて社会にも出ていない私には考えの違いで対立するような関係は無くしたいと考えたのもまた本当の気持ちだ。それが正反対の結果を招いたのだ、やらかした失敗に気持ちが沈むのを止められなかった。
「やっぱり私一人で人の意識を変えるなんて無理なんじゃ……」
一回上手く行ったから次も成功すると考えていた私が甘かった。逃げる気はないけど事態の収拾すらできずにいたらそれも信仰を失いかねない行いだ。ヴェルト様が地上に降りて姿を見せられない以上私の信用が即ち神への信用となるのだから。……自分で言ってて段々自信なくなってきた。
≪諦めるのであればそれは構わんぞ≫
正面から足元へ落ちていた視線が一気に上空へ引き上げられた。見えないけど存在しているはずの問題発言の主を思うと自然と目が細められた。
「ちょっと何言ってるかわからないんですけど?」
この神はいつもそうだ、私が散々悩んでいるのに単純な解決方法を提示してくる。いや、今日に限っては解決ですらなくただ投げ出すようにそそのかしてくる。
「私が諦めたら世界もヴェルト様も終わるでしょうが! 依頼した本人がやる気出さなくてどうするんですか」
私が何もしなければ数十年後にはウーヴァ村の人達だって死に絶えて今度こそ完全に信仰は途絶えるだろう。神に生死ってものがあるか知らないけど自分まで消えてしまうのにそれでいいのか。
≪遥が行動を起こす内は全てを任せると決めたのでな。何も成さぬのであれば我が直々に力を振るうしかない≫
「それって私がいる間はサボる宣言してません?」
精一杯天を睨み付けてやっても反応は見えない。でもヴェルト様は常に私を見ているんだから私がちょっと怒っているのは伝わっていると信じたい。
≪遥が現れる以前の我では何も成せずにいたからこその現状、我が今になって手を下すよりは遥に任せた方が有益であると判断したに過ぎん≫
「……もし私が布教やめたらどうやって神の実在を信じさせるつもりでした?」
以前ならともかく今なら多少の信仰があって力も取り戻せたはずだ。私にやめてもいいと言うくらいだからその時どんな方法を取るのか何か案があるに違いない、何かのヒントになるかと思い尋ねてみることにした。
≪……まずは地割れを各所で起こし恐怖を植え付けるか≫
「ちょっと待った!」
聞いて後悔した。敬語も忘れて速攻で突っ込みを入れてしまったのはしょうがない。
≪如何した。人に抗う術の無い災厄が立て続けに起これば神の実在を信じざるを得ないであろう?≫
「それでどんだけ人が死ぬと思ってるんですか! 絶対駄目です!!」
というかそんなに力を振るえるものなんだろうか? まだほんの数十人程度の信仰しか集まってないというのに私の疑問を察したように平然と答えるヴェルト様はこんな時ばかり空気を読む。肝心な時には全然なくせに。
≪極限られた範囲など細かな指定のある場合はそれなりに力を必要とするが適当な使い方であればさしたる力量はいらぬ。この地の平原を焼け野原にする事も造作もない≫
「や・め・て・く・だ・さ・い!」
証明してやろうと言い出しそうだったので全力で止めておいた……危ないところだった。
そういえば旅の初日、街道を塞いでいた倒木を始末するのも周辺を焼き払おうとしてたのを思い出した……この神に力を持たせて放置しておくと色々やばい。私がいなきゃこの世界マジで終わってる。
「……私が頑張るので、ヴェルト様はお手伝いでお願いします」
私でいいのか、布教の旅を続けていいのかか悩んでる場合じゃなかった。私がやらなきゃいけなかった。どんな目に遭おうともわたしが挫ける訳にはいかない。諦めたらそこで試合じゃなくて世界そのものが終わりかねないから、神自身の手によって。
≪気力が甦ったのであればよし、ままならぬ時は我が引き継ごう≫
恐らく善意から来ている言葉に曖昧に返しておいた。ヴェルト様のお陰で悩みが解消されたのは間違いないんだけど……絶対お礼は言わない!
どうせならもっとまともな方法で励まして欲しかった私の細やかな抵抗だ。
「……多分その日は来ないと思いますけどね」
さてそろそろ暗い気持ちになるのはやめて切り替えよう。フォンターナ家の人達と合流するのは三日は掛かるしその間にまた何か考えが浮かぶかもしれない。
再度正面を見据え一路別邸があるというフィオーレの街を目指していった。
…………
街へ入るのは簡単だった。ジュリアーノがフォンターナ家の紋章入りのメダルを持たせてくれたのでそれを見せただけで兵士がさっと横に退いて道を開けてくれた。領地の隅まで名前が行き届いているなんて
本当に名家なんだなぁ、ものすごく丁寧に対応された気がする。
屋敷に辿り着いたらここでもメダルの威力は絶大ですぐさま客室に通された。屋敷自体は領都のものと比べると小さいけど迎えてくれたメイドの手際も料理の味も本邸と変わらず快適で、実に優雅に時間を過ごすことができた。それはもう贅沢にのんびりと。
「ああああああ! もう明日だあああああ!」
≪それで、何かしらの手立ては見つけられたか≫
「見つかってたら今こんなに頭を抱えてません!」
寝台でうつぶせのまま八つ当たり気味に私は叫んだ。しばらく気を張ってたし今は屋敷に使用人しかいないということで厳しい目も無くのびのびと過ごしていたので気が付いたら今日である。
そう、気が緩みすぎてろくに考えがまとまらずに時間を無為に過ごしていた。
夕方にはジュリアーノと領主様が到着するし明日はいよいよ試合の当日だ。今夜の内に少なくともジュリアーノ達に話を通しておかないといけない。
仕方ない、何とか寝台から身を起こすとメイドを呼んで身支度を整えてもらう。以前だったらまだ引きずってくよくよしてたけどもうそんなことはしない。行き当たりばったりでも私が交渉するしかない、例え両家の関係が更に悪化したとしても天変地異が起こるよりましだというのが今の私を支えている。ある意味じゃヴェルト様の励ましは絶大な効果を発揮していた。
尚、三日ぶりの再会だというのに開口一番「何かおかしなことをしていないでしょうね?」とジュリアーノに問い詰められた。失礼な話である。




