第三十六話 据え膳食わせる女の技
「それでガルデーニア家に接触した、と」
夕食の席で笑顔で怒気を振りまくジュリアーノが怖い。口元が引きつったように動くのが彼の堪えきれない感情の動きを示していた。領主様が眉を寄せて苦笑いしていたのは私の話のせいかジュリアーノを見てのことか。今日も表面上は落ち着いた、腹の探り合いが始まった。
「こうして自ら説明した事で我々を罠に掛けるのではという疑惑を晴らそうとしたことは分かります。それでも貴女の話は何故そうなるのかさっぱり分かりません!」
「確かに貴女の言葉には一理あるが……」
領主様の口が重い。こっちでも和解作戦は難航しそうな気配が濃厚だ。
「和解ってそんなに難しいんですか?」
貴族社会でどちらがより影響力を持つか、それなら張り合うより協力し合い全てを掌握できるようにした方が利になると思うのにそれをしない。それとも私の知らないところでドロドロの流血沙汰でも起こっていたのだろうか。
地球の歴史の中でも暗殺謀殺は当たり前、身内の仇を倒したらその身内に狙われてのエンドレス。私はこっちの世界の法律をまともに知らないからどこまでが有りなのか判断が着かない。
「考えた事も無かった、というのが正直なところですな。何せ私の親の親のそのまた親と、代々の確執があったもので」
「そのきっかけは?」
「今となっては何も。当家の歴史にも記されていませんから書き残す程でもない、それだけ些細でつまらないものだったのでしょう」
うーん、仮にどっちかに原因があってもそれが忘れられてるならあとは苦手意識だけか。
……原因があるよりかえって難しいかもしれない。ジュリアーノとオクタヴィアの若い世代で仲良くなれたらなし崩しでいけると思うんだけどな。
「ガルデーニア家との和解など、大地が裂けようが火の雨が降ろうがありえないでしょうな」
領主様がお酒の入った器を持ち上げると軽く笑ってそれを一気に呷った。何の気なしに言ったんだろうけど大地が裂けるとかシャレになってないんで冗談でもやめてください。いやホントに。
ジュリアーノはどんな反応なんだろう。ちらりと目線を向けると怒りは一旦落ち着いたのか憮然とした顔をして領主様と似たような仕草で冷め切ったお茶を飲もうとしていた。
「ジュリアーノ様は? オクタヴィア様と仲良くなれそうにありませんか?」
「はっ!?」
自分に質問が飛んでくると思っていなかったジュリアーノが声と共に虚を突かれた間抜けな表情を露にした。珍しい。ジュリアーノの表情なんて初期の穏やか貴公子仮面と最近のお怒りモードくらいしか見た事なかったから、こういう時は十七歳という歳相応に思える。彼も態度を崩した事が恥ずかしかったみたいで、コホンと一つ咳払いをしてごまかしていた。
「私自身は彼女に対し思う所はありません。ただ、あちらが積極的に私と距離を置こうとしている為敢えて交流する理由もないでしょう。女性への無理強いは好むところではありません」
それは誤解です、と言ってやりたかったけど証拠も無しに数日接しただけの私の弁が通るとは思えないので口を噤んでおいた。直接話した時間でいえば私もジュリアーノも大差ないのにね。
じゃあ問題はオクタヴィアの方か。今は彼女も馬術が劣るということでジュリアーノを見下しているから、ここで何か見直せるような出来事があれば意識改革出来るかもしれない。オクタヴィアが落ちればジュリアーノとの仲も改善、領主交代後の関係は今より良くなる筈だ。
私がそんな思考に耽っている間にも話題は既に明日の事に移り変わっていた。絶対に勝てという無言のプレッシャーと激励が向けられ、私は当然のような顔で微笑むしかできない。こうして夕食という名の腹に一物持った者同士の密談はそれから少しして終わりを告げたのだた。
…………
「あーっ! しんどかったー!」
客室に戻って早々寝台に思い切り飛び込んだのは礼儀作法の訓練なら論外も論外でお叱りを受けそうだけど、今はその程度の事はどうでもいい。客室へ誘導したラウラがまだ室内にいるけど構わない。枕に埋もれた耳が彼女の溜息を捉えたような気がした。
「フィノ様はこの三日間で随分養生されたのですね」
ちょっと棘があるのは私の気のせいか。ジュリアーノ達の移動中の世話役としてついてきたと言うけれど今日も相変わらず私を見る目はクールだ。最近はそういう目には慣れたけどね、嬉しくない事に。
明日の起床予定やらを告げたら後は退出するだけの彼女……だけど今日はまだ部屋にいる。私が引き留めたからだ。
「怖い人がいない内にちょっとね」
身体を起こすと静かな部屋の中に寝台の軋む音が響く。もうすぐこの寝心地ともお別れかと思うともう少し堪能しておきたくてここから降りる気は無かった。ラウラは何故自分が引き留められたのかさっぱり分からないような疑問を目で訴えかけつつもその表情は崩さない。
「明日はラウラさんも一緒に来てくれるんでしょう?」
問えばこくりと頷いて肯定する。勝負の場には両家の当主と立ち合い人として小領地と王都から人材が派遣されそういう人達の為に接待役のメイドを何人も連れて来たのだという。彼女もその一人と知った私は歓喜した。ここで力を見せつければ彼女も私を尊敬し信用してくれるようになると期待して。
「私、勝つので」
そう告げると不思議なものを見るように彼女の眉が少しだけ動く。
「そしたら私もラウラさんも、堂々と言えるようになるから」
何を、とは言わない。どうせ今言っても否定するだけだ。それでも明言してなくても私は彼女に信仰を捧げる何かがあるのだと察している。
神への信仰をこの領地で堂々と布教してもいいとなったら彼女が告白する気がなくても「いつか知られて罰せられるかもしれない」という恐怖は感じなくなるはずだ。
事前に教えてくれたらもっとやりようもあるかもだけど……現状はこれが精一杯だ。
「何をおっしゃっているのか私には分かりかねます」
けど彼女の口からは変わらない事務的な言葉。まぁそう簡単には隙を見せないか、そう思っていた。
「ですが、フィノ様のように己の信じるものを誇れるのはとても羨ましく思います」
その言葉を最後に失礼します、と一礼して彼女は部屋を出て行った。残された私は言葉の意味を脳内でじっくり反芻して、僅かでも認めてもらえた嬉しさを噛み締めていた。
……で、その空気をぶち壊すのがアレだ。
≪遥が誇りとするものとは何か?≫
それを今聞くんですかヴェルト様。声が聞こえるのは私だけで、例え他にいても私だけに宛てたメッセージだからって自由過ぎる。目の前にいるんじゃないんだから必要ないけど何となく据わりが悪いので渋々目線を上にやった。
「ヴェルト様です、って事にしてますよ。そう見られるように振る舞ってますからね!」
意識して「神の信徒」「神の使い」に見えるようにそういう態度を取っている。もちろんイメージを下げないようヴェルト様のポンコツさがばれないよう、偉大で慈悲の心に満ちた素晴らしい神……常々そうアピールしている。
≪我は遥の誇りとならんか≫
「信じてますけど信仰はしてませんからね。というかこんなにホイホイ気軽に話しかけてくるんじゃ威厳も何もあったもんじゃないですよ」
どんなものだって遠くにある時は気付かなくても近くで見ると憧れが消えるというのはよくある話だ。近くどころか常に一緒と言っていい状態の私がそうなるのは仕方がない。そういえばユニコーンも昔は神聖で清らかな生き物としてロマンを感じてたけど今は……うん……。
≪やはりここは遥に我の力を見せるしかない≫
「だからそれは駄目だって一体何度目ですか! ほんとにもう!」
いけない、またヴェルト様が危険な発想に傾いてる。本気でやりかねないので毎回私も真剣に止めている。……もしかして信仰がちょっと増えて力が戻って来たから何かやりたくて仕方ないんだろうか。最近大掛かりな事やってないからなぁ……何で私が保護者みたいになってるんだろ。村の子供と同レベルか!
流石にそこまでいうつもりはないので曖昧にしておいた。
≪まだ道程は長い。遥の信仰が我に届く日を心待ちとしておこう≫
言いたいだけ言った神は私の返答も聞かず言葉を終え、私は明日という決戦に向けて枕を抱き込み眠りにつくのだった。




