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第三十四話 百聞も一見も叶わず

「まず事実の確認からしましょう。ガルデーニア家とフォンターナ家は、王都に隣接する小領地の後見を巡り馬術勝負で決着をつける事となった……間違いありませんね?」


 領主様に確認するとしっかり頷いたのでこの辺りに誤解はないようだ。ここで間違ってたら根本からやり直しになってしまうから最悪の事態だけは避けられた。


「この勝負の結果でガルデーニア家とフォンターナ家の力関係が大きく変わる、だから両家は我こそがと互いに実力ある者を選出した」

「そのような分かり切った事を今更ですの?」


 痺れを切らしたオクタヴィアが口を挟んでくる。向こうは明らかに苛々してるが会話の主導権は私にあるのであえて遠回しにゆっくり語っていく。内心で緊張しているのを悟られないように。


「私は成り行きでフォンターナ家の方と知り合い協力する事となりました。代表選手として」

「それは既に聞いた。それで当家への宣戦布告か? フォンターナの回し者よ」

「その逆です」


 話す度に増していく場の空気の冷たさと緊張感、首を振って否定すれば一層怪訝な顔つきとなる。冷たく睨まれたのに若干肝を冷やしつつ今回私が最も伝えたかった事を訴えた。


「フォンターナ家と和解、しませんか?」


 たった一言で態度が大きく変わる、ここ数日のことで何度もそれを実感した。そして今日もその例に漏れずたちまちガルデーニア家二人の顔色が変わる。


「……何を言うかと思えば和解だと? 下らぬ冗談を聞かせる為だけにこの地を訪れたか?」

「お話になりませんわ」


 怒鳴られるのも覚悟とはいえ毎回こんなのだと流石に心臓に悪い。こんなことをぼやけばヴェルト様が「身体は頑丈に作ってあるから問題ない」とかとんちんかんな事を言ってくるのが目に見えているので口に出さないけど。


「初めは勝負に敗れてガルデーニア家に押さえつけられる事になるフォンターナ家に同情して協力するつもりでした。けれどそうしたら今度はガルデーニア家が苦しくなる……どちらも善意からの申し出なのに一方が立場を落とすなんておかしな話ですよね」


 何事も無ければ私はフォンターナ家側の言い分でガルデーニア家を悪と断じ、フォンターナ家を勝たせてさっさとこの地を去っていただろう。後の影響なんて一切考えず。

 だけどオクタヴィアに出会い彼女の言い分を聞いていくとどうにも後味の悪い結果になりそうで、ただ勝負をするだけじゃ駄目だと気付かされたのだ。


「オクタヴィアが勝ちさえすればそのような事……」

「無理ですよ」


 領主様の言いかけた言葉をバッサリ打ち切る。ここまで来たらもう無礼の一回も二回も変わらない。


「私は神の力を借りる事でどんな奇跡でも起こせます。オクタヴィア様がどれ程の技術を持とうと私はその全てを上回り勝利するでしょう」

「貴女は……一体……」


 得体の知れないものを見る目でオクタヴィアが呟いた言葉に、そちらを振りむいて微笑んでみせる。


「神の使いです。ですが私の素性なんて些細な事より私の提案について考えた方がいいと思いますよ」


 本当に私が勝利したのなら。ガルデーニア家は一度はまとまった話に横槍を入れて場をかき回した挙句敗北という不名誉がついてくる。その考えに至ったのか領主様もぐっと言葉に詰まって何も言えなくなった。


「ですから和解しろ、と? 貴女の言葉が真実そうであったとしてフォンターナ家に頭を下げろと?」


 それでは同じ事だと領主様に代わってオクタヴィアが吐き捨てるように言う。彼女の言う通りどちらかが下に付くような状況では意味がない。だから両家が等しい立場になれるようこの方法を提案するのだ。


「オクタヴィア様とフォンターナ家のジュリアーノ様が婚約されてはどうでしょう」


 それからしばらく、長い沈黙が辺り一帯を支配した。……もっと反応がありそうなのにと改めて彼らの様子を窺えばオクタヴィアは顔を赤くして口が開いたままになってるし領主様は意外にも考え込む姿勢を見せている。これは脈ありだろうか、更に畳みかけてみた。


「小領地の件は両家どちらかが支援するのではなく、両方が支援すれば何の問題もありませんよね。具体的に言えば両家の者が婚姻して小領地を代理で運営し、残された令嬢が成人するまで保たせる。その後はジュリアーノ様がフォンターナの後継になられた所へ嫁入りという形にすればいいんです」

「……ふむ」

「お祖父様!? 貴女も何故そのような話を勝手に!」


 納得しかけた領主様の様子に口が開きっぱなしだったオクタヴィアが正気に戻り声を上げた。しかしこの場で拒絶の意を示しているのは彼女だけなので戸惑ったように私と領主様の顔を何度も見返している。プライドなのか何なのか、どうにもこうにも素直に受け入れられないらしい。……やっぱりここは私が建前を用意してあげないと駄目か。


「オクタヴィア様は以前ジュリアーノ様についてお話して下さいましたね」

「ええ、それが何か。話を覚えているのなら何故わたくしがあの方と婚約しなければならないのですか!」


 憮然とした表情で私を睨み付ける姿は気品ある令嬢というよりは年相応の女の子だ。こっちの人は十五歳で一人前扱いというけれど末っ子の分きっと甘やかされ大事にされていたんだろう。自分の反抗期の頃を思い出してちょっと懐かしくなった。

 おっと、そんなどうでもいいことを考えてる場合じゃなかった。今は彼女を納得させるのが第一だ。


「オクタヴィア様はこうも言っておられました。『そのような方と婚約など一生苦しめられると決まったもの』『他の女性の為にも婚約を阻止する』と。オクタヴィア様が婚約することによって他の女性が守られるのです、素晴らしい話ではありませんか」

「うっ……」

「ジュリアーノ様は女性にだらしないとか? ジュリアーノ様個人を恋い慕う方ならそのような婚約などお辛いものですがオクタヴィア様が好意を抱いていなければ苦しむ事もありませんし、両家の確執も減り小領地の問題も解決。いいこと尽くめですよ」


 問題はジュリアーノの意思だけど彼自身は政略で十歳の女の子と婚約しても何とも思っていなかったようなので大丈夫だろう。フォンターナの領主様も理詰めで話せば納得してくれるくらいには理性的だ。


「其方の言い分は理解した」


 あまり発言しなかった領主様が重々しく口を開く。オクタヴィアも論破したことだし、この流れに私は勝利を確信していた。


「だが易々と其方の提案に乗るなど家名の名折れ。この話は聞かなかったこととしよう」

「えっ」


 だから聞こえてきた言葉に演技状態から思わず素の声が出てしまった。それだけ領主様の言葉が予想外過ぎたのだ。まさか断られるとは思ってなかった。混乱する私を真正面から見据える目には力が込められていて上に立つ者としての風格が感じられた。


「其方は我々が気の迷い程度の事でフォンターナ家に異議を申し立てたと思ったか」

「い、いえ。そんなことは……」


 態度を取り繕う余裕のないまま更に詰め寄られる。私はどうやら貴族の体面を重視する姿勢を勘違いしてたらしい。

 敗北して家名を落とす方が余程傷がつくものかと思ったんだけど……それ以前の問題だった。フォンターナ家での話し合いが上手く行ったからこっちでも素人考えでいけると思ったのが甘かったのか。


「ですが! 回避できるならそうするべきだと思います」

「……客人の為の時間は終わりだ、見送りを出してやれ」

「このような事になって非常に残念ですわ。次は試合の場でお会いしましょう」


 尚も食い下がろうとしても、メイド達が一斉に動き出して私の周囲を取り囲んだ。力技で荒っぽく居座る事も出来ずこの場は引き下がるしかない。

 だけど連行されるように食堂を退出する前にこれだけは言っておきたかった。


「貴族同士の諍いなんてこの世界からしたら些末な事。貴族の意地や体面やそんなものよりもっと考えるべきことはいくらでもありますから!」

「……」

「どうか広い視野を持ってくださ……」


 無情にも扉が目の前で閉じられそこで打ち切られた。そのまま玄関ホールまで案内され荷物まで用意されていたので大人しくこの屋敷を出て行くしかない状況が整えられている。

 ……途中まで上手く行ったと思ったんだけどなぁ。名残惜しく振り返りながら屋敷を後にした。

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