第三十三話 食前の楽しみ
その日の昼になる前に約束の場所へ辿り着いた。ちなみに今回は途中で休憩も挟んでいるので身体の具合は万全だ。まだオクタヴィアは来ていなかったのでユーマは昼寝、私はヴェルト様との会話で時間を潰した。何の用かと毎回聞いてくるけど用が無くても相手をしてくれるのはありがたい。
「……で、相手が『やるな』って言った場合には『是非やってくれ』という意味が隠されている場合もあるんですよ」
≪ふむ、それはどこで判別すればよい?≫
「それは相手の表情や雰囲気、それまでの会話の流れから何となく察するしかないんですよね。これを『フリ』と言います」
≪何故口にした言葉と正反対の行動を求めるのか≫
「会話をより盛り上げたり意表を突いたり、笑いを生む為だったり。んー……まぁ要は空気! 空気読んでればいいんですよ!」
≪……難しいものだ≫
こんなくだらない会話をしているとお目当ての人物と三度目の再会を果たすことができた。遠目に確認した影はたちまちその輪郭をはっきりさせて、やがて愛馬に跨ったオクタヴィアが目の前で停止すると馬上からこちらを見据えてくる。彼女の固く、緊張した面持ちはそのまま彼女の不安の表れに見えた。
「……本当にお祖父様と会うつもりでしたのね」
「こんにちは。オクタヴィア様こそ迎えに来たからには領主様も面会を許してくれたんですよね? 今更駄目だなんて言わないでくださいよ?」
「ガルデーニアに名を連ねる者が言葉を違えるなど有り得ません!」
緊張をほぐすつもりで茶化してみると益々彼女の顔が強張ってしまった。ジュリアーノもそうだけどピリピリした時の貴族って態度変わり過ぎだ。
≪今の話は遥の言う「フリ」ではなかったのか?≫
違います。ちょっとその話はもういいので黙っててください。直前まで馬鹿みたいな話をしていた私のせいとはいえ相変わらずの空気の読めなさに思わず脱力しかける。
かろうじて緊張感漂う空気を維持しつつオクタヴィアに案内されて共に馬を走らせる。それからおよそ一時間後、フォンターナの領都程ではなくてもそこそこ大きな街に辿り着いた。いや、領都と村とその隣街しか知らないけど。
ちなみに今回も街へ入る時に門番のチェックがあったけどこれも領主家令嬢オクタヴィアの威光により楽々通過で、私はまたしても権力の素晴らしさを知ったのだった。
「この別邸にお祖父様が昨日から滞在していますの」
街の一等地に広がる屋敷の一室に通されて面会の支度が整えられた。……それなりにちゃんとしてきたつもりだけど不十分だったらしい。昼食の席で面会になるとオクタヴィアに聞いていたので不安ではあるけどどんな料理が食べられるか、それを考えると少しだけ期待の笑みがこぼれた。
…………
案内された食堂はフォンターナの屋敷と比べると小ぢんまりとしていた。本邸と別邸の差もあるんだろう。それでもテーブルセッティングの華やかさは負けずとも劣らず、この面会に賭けるガルデーニア側の意気込みが伝わってくるようだった。
「……其方がフォンターナ領から知らせを持ち込んだ者か。ガルデーニア領主、アルフォンソ・アラン・ガルデーニアだ。」
長テーブルの奥から低い、威厳のある声が聞こえる。そこにいたのはその声の持つイメージに相応しい横に大きな貫禄たっぷりの老紳士だった。
フォンターナの領主様と同年代と聞いていたけどそうは見えない……主に頭頂部のせいで。フォンターナの領主様が穏やかなジェントルマンならガルデーニアの領主様は威厳のある雷親父って感じだ。外見だけでも正反対だし家柄の対立が無くても多分仲良くなれないだろうなというのを想像させた。
「初めまして。フィノと申します。急なお約束にも関わらずお時間を作って頂き……」
「何、気にする事はない」
感謝の意を示すと領主様は片手を上げてそれ以上の言葉を制する。礼儀や形式にこだわらない案外大らかな性格なのかな、そう思った私の考えはすぐさま打ち砕かれた。
「ただの旅人の身でありながら領主が面会するだけの価値が自身にある、そう考えたからこそ売り込みに来たのだろう?」
言外に「どうでもいいような話ならただじゃおかない」、と聞こえたような気がした。一瞬怯みそうになるけどここで態度を崩したら相手のペースに飲まれてしまう。
こうなったら目には目を、歯には歯を、貴族には貴族を、だ。ここ数日の特訓で身に着けた貴族的スマイルを顔面に張り付けて一呼吸置き、余裕の態度を演出した。
「私は情報をお知らせするだけで、それを活用するか否かは領主様の判断ですから」
「ほう、それは誰にでも扱えるものではないと」
「何に価値を置くかは人それぞれですから……そうなれば領主様と私で価値感が違うというだけのことです」
ぴくりと領主様の片眉が上がる。無礼は駄目だけど下手過ぎてもいけない、最近学習したことだ。私の言いたい事は相手にも伝わったみたいで互いに張り付いた笑顔のまま動かずにいた。
無駄に見つめ合うその空気を打ち破ったのはオクタヴィアだ。
「まずは、昼食を頂いてからにしません? 折角料理人が腕を振るってくれたものが無駄になってしまいますわ」
彼女の一言で空気が緩んだ気配を感じ、そこでようやく私も席に着くことができて会食が始まった。
…………
領地が違えば食文化も結構変わるものだ、食べながら実感した。フォンターナでは野菜を使った料理が多く肉料理も鶏や鴨がほとんどで味付けもあっさり気味だった。
ガルデーニア家の昼食は前菜からして肉また肉だ。メイン料理は厚みのあるステーキで生クリームを使った濃厚なソースが掛けられている。更にはチーズとパイ生地で焼き上げたスープと、最近久しく食べられなかったこってりガッツリ味だ。
来てよかった、この昼食だけでそう思えるくらいだ。我ながら食い意地が張っているなとちょっと恥ずかしくなったので付け焼刃の貴族的優雅な所作でお代わりは我慢しておいた。
「では本題に入ろうか」
しばらくは無言で食事をしていた領主様だったが、フォークを置いた途端に切り出された。自分が食べ終えたからってまだ私もオクタヴィアも最後のデザートまで食べ切ってないのにあんまりだ。遠ざけられるデザートの皿を名残惜しい目で見送りながら対領主へと渋々頭を切り替えた。
「先日フォンターナ家から勝負の代表者変更の申し入れがあった」
オクタヴィアと領主様が揃って視線をこちらへ向けてくる。これで私がでたらめを言ったんじゃないと信じてもらえただろうか? だけどこれだけじゃまだ有益な情報とは言えないので二人の私を見る目は決して優しくなかった。
「しかしオクタヴィアは三日前には其方から既にその話を聞いていたという。向こうからの知らせによって其方の妄言ではないと理解したが、まず一体どのようにして得た情報か話してもらおうか」
ソース出せってことか。適当言ってたら的中しましたなんてことも無くはないだろうしそれを聞かれるのは私だって想定済みだ。だから最初からこう言うつもりだった。
「簡単なことですよ」
オクタヴィアと領主様が同時に眉を寄せて首を傾げる。親子は似るっていうけど祖父と孫でもこういうところに血縁だというのが感じられた。
「私がフォンターナの新しい代表者ですから」
その一言で空気が張り詰めたものに変わった。まぁここはフォンターナ家と関わりのある者にとっていわば敵地。そんな中で堂々とフォンターナ家の者ですなんて言ってしまう私が彼らからしてみたら理解不能なんだろう。
それでも流石は領主というべきか、固まっていたのはほんの一瞬。きゅっと口元を引き結ぶと私の真意を探るように青い瞳で見つめていた。
「……フォンターナ家からは、わたくしに合わせて女性へ変えたと聞いております」
「それは私を出す為の建前ですね。私ならオクタヴィア様にだって確実に勝つことができますし」
「何をっ!」
小さな呟きに応じるように私が言葉を重ねると椅子が倒れる音が響いた。オクタヴィアがテーブルに前のめりになって今にも噛みつかんばかりに私を睨んでいる。
「落ち着け、オクタヴィア」
「……失礼致しました」
領主様の叱責で冷静さを取り戻したものの侮辱されたと感じた怒りは治まっていないらしい。まだ顔は赤みを帯びているし口元が強く引き結ばれ我慢しているのが目に見えて分かる。……私も貴族を怒らせるのが上手になったものだ。全然嬉しくないけど。
「我が孫を下に見るか。この場で首を切り落としてもいいのだが本当にフォンターナ家の関係者というのなら厄介だな」
その言葉を聞いて背中に冷たい汗が落ちる。フォンターナの領主様は遠回しに脅してきたけどこっちの領主様は直接的過ぎる。これも料理と同じように領地の個性なのかとちょっとだけ逃避しかけた。
……さてと、ここまで怒らせといて失敗だけは許されない。作り笑顔を張り付けて、ここからが交渉の本番だ。




