第三十二話 腹に一物
近づいた馬影は私が認識したのと同様に私達の存在を視認したのか徐々に速度を落とし僅かな距離を取った地点で足を止めた。今日も縦ロールが見事なオクタヴィアその人だ。
「あら、貴女は……」
どうやらちゃんと覚えててくれたようでホッとした。忘れられてたら目的まで話を持っていくのがまた面倒になる。
「こんにちはオクタヴィア様。昨日はどうもありがとうございました」
「昨日の迷子ね。どうしたのかしら、今日も迷子?」
……迷子の印象が強過ぎたらしい。いい大人だというのに、そんなに私はやらかしそうな顔をしてるのか。間の抜けた再会に気勢が削がれたけど私は私の目的を果たさなければ。
「いえ! もう一人でも帰れますから!」
とりあえず迷子疑惑だけは真っ先に否定しておいた。
「実は、大事な話があってオクタヴィア様を待っていました」
途端に彼女の瞳が細められて警戒心が露になる。昨日会ったばかりの人間に待ち伏せされてたなんて知ったら当然だし私だったらストーカー扱いして逃げる。なので逃げられてしまわないよう彼女の興味を引く話を用意した。
「フォンターナ家のジュリアーノ様は勝負を辞退されました」
「何ですって!」
即座に食いついた。何せこの話が決まったのは昨日の事だ、隣の領地でもそんなに早く情報が回る訳がない。
彼女は私がフォンターナ領の人間だと思っているから嘘とも断定できずに発言の真意を問うようこちらを見返してきた。
「落ち着いてください。こんな話、道端でなんてできませんよね?」
「貴女、一体どこでそのような話を」
「それも含めて正式にお知らせしようかと思いまして。……ガルデーニアの領主様と会わせて頂けません?」
優雅な笑みを意識して浮かべ余裕たっぷりにお願いする私と、眉間に皺が寄って難しい顔のオクタヴィア。何とも微妙な空気の中互いに無言だった時間はそれほど長くなく、やがてオクタヴィアの口が動き出し言葉を紡いだ。
「……貴女の言葉が真実であるならいずれフォンターナ家からこちらへ知らせがあるでしょう。それをわざわざ領主と直接話したいだなんて、貴女は他に何を知っているというの?」
「ここじゃ言えません」
ペラペラ話して握りつぶされたらたまらない。とにかく私が希望するのは領主様との対面だ。
「私の話がどうでもいいのならここでお別れしましょう、私はそれでも構いません。損をする事になるのはガルデーニア家の方々なんですから」
駄目押しで煽ってみると目に見えて反応があった。このまま私を帰していいのか、しかし得体の知れない人物を領主と引き合わせていいものか迷っているのだろう。一層彼女の眉間に深い皺が刻み込まれた。
その間私は自信ありげに微笑むだけだ。私にしてみたら断られても困らないのでのんびり彼女の結論を待てる。
≪会うだけならば直接乗り込めばよかろうに≫
「物事には順序ってものがあるんです! そうでなきゃ話も聞いてもらえませんから」
ヴェルト様の突っ込みをかわしつついくらか時間が経って、ようやくオクタヴィアは決めたようだ。
「お祖父様は……ガルデーニア領主は馬術勝負を見届ける為領都を発ち、三日後にこの近くの街へ到着する予定です。ですから今すぐ面会の確約を取ることは……」
「分かりました。では三日後の同じくらいの時間に会いましょう」
そうと決まれば私もここにいる理由が無くなった。近くでまだうたた寝していたユーマを揺り起こすと背中に乗り込む。
「お祖父様が貴女をどのように扱うかは分かりません。それでも構わないと?」
向きを変えた私の背にオクタヴィアが問う。振り返らずに一言だけで答えとした。
「私には神がついていますから」
彼女の反応を見ないままユーマを走らせその場を立ち去った。
フォンターナに戻った私を待ち構えていたのはジュリアーノで、今日も私は彼の怒りを一身に受けるのだった。
…………
それから二日間は大人しく特訓をして過ごしていた。当日身に着ける衣装の準備や多数の貴族の前に出るので付け焼刃の礼儀作法、勝負のルールなどなど。それらを一気に叩き込まれるのでジュリアーノ曰くの「余計な行動」をする気力も無いのが現状だ。
神製のこの身体は普通より頑丈で力もあるけど記憶力の分野は全然そんなことはなくて、私の能力そのままでしかなかったのがうらめしい。
≪達成できたのだから何の問題も無かったではないか≫
私の八つ当たりをしれっと流すヴェルト様の首を絞めてやりたかったけどいないものはしょうがないので脳内だけに留めておいた。そんなこんなでオクタヴィアとの約束の前日、夕食の席でジュリアーノから告げられたのは旅立ちの日取りだった。
「明日から領境へ向けて出発します」
「え、間に合うんですか?」
確か二日は掛かると前に聞いていた。そうなると結構ギリギリの到着になる、私がそう考えていたのが伝わって彼は私に呆れ混じりの視線を向けてきた。
「貴女の特訓の為にここを発つのが遅れたのですよ」
「あっ、はい。すみません……」
私のせいだった。フォンターナの街を離れると当日まで私の存在を隠しづらいので体裁を整えてからの出発を予定していたそうだ。一日丸々留守にしていたので勝負の前日入りという日程になってしまったのだと。
これには私も文句の付けようがない。だけど大いに問題がある、オクタヴィアとの約束だ。
普通の馬のペースじゃとても間に合わないしかと言って「ガルデーニア家の人と会うので先に行きます」なんて言えない。別行動の言い訳を捻り出さないと。
「私、ジュリアーノ様のお陰で随分上達したと思うんです」
「突然何ですか」
唐突な私の言葉に面食らったようにジュリアーノがこちらを見る。何を企んでいるのか見定めようとしているけどなんて失礼なんだろう! ……実際に企んでるのは確かだけど。
「なので最後の特訓としてどちらが早く目的地に辿り着くか試してみたいんです。ジュリアーノ様だってまだ私が代表になったことに心から納得してないんじゃないですか?」
逆に私が問うとジュリアーノが言葉を詰まらせる。図星だったらしい。
「ここで私が負けたらジュリアーノ様が代表として出るべきだと思いますし、どうですか?」
「今更代表の変更など出来る訳がないでしょう!」
ぴしゃり、ジュリアーノの厳しい声が食堂に響く。言われて見ればそうだった、とうの昔に代表者変更の根回しは済んでいるのに今更無かった事にできないという言い分は至極尤もだ。誘い方を失敗したと内心落ち込む私に更に彼から言葉が続けられる。
「……それに、既に私ではとても敵いませんからね」
「そ、そんなことは」
「一般的に名馬とはいっても所詮は同じ生き物、どれだけ優れていようが劇的な差は生まれません。そう、一般的には……」
溜息が聞こえた。彼の表情には最早怒りは無く呆れの色が強く浮かんでいる。
「貴女のあの馬は何なんですか一体。明らかに普通の馬ではないでしょう……そんな馬に認められて乗りこなす貴女に挑むような真似はしませんよ」
私にもプライドがありますから、と苦笑で締められた。やっぱりユーマが普通じゃないってのもバレてたかぁ……初日のあの暴走っぷりからして当然だったかもしれない。ユーマに認められるといっても女の子なら別に私じゃなくて誰でもよかったって話なんだけどね。
「それとも、一緒に行動する事で何か不都合が?」
「いえ! そういう訳じゃなくて……」
とっさに反論したけどまさにその通りです。しかし困った、これじゃ単独移動が認められない……またこっそり抜け出すしかないかな。怪しまれるけど背に腹は代えられない。いつ抜け出すか脳内で算段をつけていると彼が席を立ち一言を残して退出した。
「前日までには必ずフィオーレの町の別邸まで来て下さい。くれぐれも逃げ出したりなどしないように」
……これは別行動してもいいよってことだろうか。きっとそうだ。ともかくこれで言質は取れたしオクタヴィアのところへ行ける。失敗はあったけど結果的に予定通りなので問題ない。
その翌日早朝、色々な支度を済ませて厩からユーマを引っ張り出す。今度はこそこそする必要がないので正門から堂々と、ついでにラウラにも言付けておいたので彼女がジュリアーノに伝えてくれるだろう。 この数日間のお屋敷生活に名残惜しさを感じながら領境を目指して屋敷を後にした。




