第二十六話 一人口説いてまた一人
ラウラを探す私が最初に目指したのは厩舎だ。私の世話以外にどんな仕事をしてるかすら分からないので前回会った場所から探してみようという考えだ。そしてその予感は的中した。微かな笑みを浮かべユーマのたてがみを櫛で丁寧に梳かしている姿は幸せそうで声を掛けるのが躊躇われるようだった。
「大旦那様との面会時刻にはまだ早いと思いますが?」
声を掛けようと数歩の距離を詰めると気配を察知したのかすぐに振り返り表情を取り繕ってメイドの顔になる。その態度からやはり警戒されているのだと理解した。
「ラウラさん、今暇なんですよね? だったら部屋でお話しませんか」
「私には仕事が……」
「ユーマの世話はしなくていいって言ってたんですけど。頼まれてないような仕事をするくらい暇なんじゃないですか?」
「それは……」
断られるのは予想済みだったので逃げ道を塞いでやる。案の定痛いところを突かれたのか彼女の顔が一瞬歪んで言葉に詰まる。
「別にサボってるなんて言うつもりはないですよ。ちょっと私の話し相手になってくれたらそれで」
客人の相手も仕事の内ですよね、と畳みかけると彼女の肩が震え力なく微かに頷いた。……何だろう、この罪悪感は。立場の弱いメイド少女を脅して部屋に連れ込むとかどこの悪役だ。
「あの、そんなに怯えなくてもいいんで……」
「私に責め苦を与えて脅し、神の実在を大旦那様に証言させるつもりではないのですか?」
「そんなことしませんから!」
彼女の中で私はとんでもない邪悪な神の使徒のような扱いになっていた。あんなに神秘的に振る舞ったのにあんまりだ。さてと、不満そうに鳴くユーマには悪いけどこんないつ誰が来るか分からないような場所で込み入った話はしたくない。それでも逃げ出したりはしなかったので疑惑の目を向けられながら共に客室へ戻った。
机を挟んで向かい合い互いにじっと見ているだけの私達。先に口を開いたのはラウラの方だった。
「それでお話とは? 私からは何もありませんが」
彼女も覚悟を決めたのか、何を聞かれるか分かっているだろうに態度が全く変わらない。クールだ。ならば別方向から切り込んでみよう。
「そういえば昨日のブレスレット見つかってよかったですね」
ちらりとラウラの手首に目を向ける。長袖の為隠れてしまっているが今身に着けている事は間違いないようだ。彼女の肩が僅かに揺れた。
「すごく大切にしているみたいだけどどうして?」
「これは……両親の形見ですから」
「え! あ、そ、そうなの……」
まずい。失敗した。信仰的だけじゃなく親の形見ともなればそりゃ必死になって探すよね……そんなつもりなんて無かったのに彼女にとって辛い記憶を思い出させてしまったかもしれない。突っ込みづらい重い話に私は何を言えばいいか頭をフル回転させて、それでも気の利いた言葉は出なかった。
「別に、今更両親を懐かしんで悲しむような事もありませんからお気遣いなく」
言葉を選んで何かを発しようとする私より当のラウラ本人からフォローされてしまった。どれくらい昔の話か分からないけどそれでもやっぱり今のは私が悪い。そういえばこの世界では十五歳から一人前として働き始めるのが普通なのにそれより若いラウラが仕事に慣れたメイドであることに疑問を持つべきだった。
「いや、それでも無神経な事言っちゃって……」
「私は八年前に旅人であった両親に連れられフォンターナの街へやって来ました」
謝罪しようとした私の話を遮って彼女が語りだした。
「両親はこの街に滞在している間不慮の事故で亡くなり、残された私は大旦那様の厚意でこちらに引き取られたのです。どこの誰とも知れぬ子供を保護しここまで育てて下さった大旦那様をはじめとしたフォンターナ家の方々には感謝しかございません」
言いたい事は察した。だから私の味方はしないぞ、とそういうことか。でもそれで果たしていいのだろうか。
「そのフォンターナ家を助けようとしてるのが私なんですけど」
「あなたは何を」
「放って置いたらガルデーニアにいいようにされちゃうんでしょ?」
「敗北するとは決まっていません」
「でもその可能性が高い」
昨夜の食堂には彼女も控えていたのだから当然ジュリアーノの様子も知っている。反論も出来ず言葉に詰まる彼女の手を握り、全力で優雅に上品に微笑みを浮かべて囁き掛けた。
「フォンターナ家を守る為に私に協力してくれますか?」
一瞬の間を置いて彼女の頭が下がったのを了承の合図として受け取った。
…………
私は再びドレスに身を包み食堂へ足を踏み入れる。昨日と違うのは周囲の空気とテーブルの奥に初めて見る人物が席に着いていること。
色の抜けた淡い色の金髪の柔和な顔をした老紳士。斜め向かいに座るジュリアーノと似通った顔立ちに同じ色の瞳、それを誰かと問うまでもないけれど紳士は穏やかな表情に似合わぬ重厚な声で自らの名を口にした。
「貴女がフィノ嬢ですな。私はフォンターナ家当主、ローランド・ルイス・フォンターナ。この地を治める領主です」
「初めまして。この度は急なお願いにも関わらず領主様とお目通りが叶いました事誠にありがとうございます」
「いや、私こそ時間があまり取れず食事のついでのような形になり申し訳ない。孫から客人が面会を希望していると聞いた時は何かと思いましたが、こんな可憐な女性と過ごせるのならば仕事を片付けてきた甲斐がありました」
「あ、い、いえ、こちらこそ……」
まずは軽い挨拶のつもりだったのに先制攻撃を喰らった気分だ。私だって「可愛い」くらいならお父さんや近所のおばさんに言われたことだってある。だけど「可憐」だなんてめったに聞かない言葉だし嬉しいより先に恥ずかしくて挙動不審になってしまった。
もしかしてこれも動揺を誘う向こうのやり口なんだろうか。貴族って怖い!
「さて、それでは昼食としましょうか。大したものではありませんが喜んで頂ければ」
話の流れをあちらに握られてしまったようで領主様がメイドに指示を出して食事が進んで行く。今日も昼食とは思えない贅沢さだけどこの緊張感の中で昨夜のように夢中になって食べられる程私は図太くなかった。
デザートまで食べ終えフォークを更に置く音が聞こえたところで領主様の雰囲気が変わり、視線が私へ注がれる。これからが本当の勝負になるのだと私に予感させた。
「孫からある程度は聞いていますが、フィノ嬢、私と面会してどうするつもりなのか詳しく聞かせて欲しいものですな」
きた。いよいよ本題に入った事を確信し飲みかけのカップを降ろして自称・神の使いに相応しい微笑みを浮かべて私は口を開いた。
「神が実在すると信じて頂きたい、それだけです」
「ああ、貴女は神の使いを名乗っているそうで……話だけではにわかには信じられませんな」
「はい、なので信じて貰う為神の力を借りてガルデーニア家との勝負に勝てるよう協力し、それを証明としようと思ったのですが」
ちら、とジュリアーノに目線を向けて再度領主様へ向き直る。
「得体の知れないものの力を借りたくないとジュリアーノ様に断られてしまいました」
「当たり前ではないですか! その甘言に惑わされた結果代償に何を要求されるか」
大きな音を立ててジュリアーノが勢いよく立ち上がる。その目は私への反発心に燃えているのが雰囲気から伝わってくる。
「貴女が何を要求するつもりか知りませんがフォンターナ家は決してそのような」
「ジュリアーノ、発言を許した覚えはないが?」
そのまま追求しようとしたジュリアーノは領主様の叱責で遮られ、立ち上がった時の勢いはどこへやら無言で着席していた。……やっぱり見た目程には優しくなさそうだ。
「孫が失礼を。では続きをどうぞ」
「あ、はい」
なのにこっちに向けられる顔は笑顔のままなのが尚更怖い。でも負けない!
「確かに突然無償で助けてあげます、なんて話が信用できないのは当然ですよね。そもそもそれこそがフォンターナとガルデーニアが争う理由の一つですし」
うまい話には裏がある、と考えてしまうのは否定できない。小領地の令嬢側もそう考えたからこそこの騒動に至ったのだから。
「ですが隣人教の栄える今の時代、大っぴらに信仰してほしいとも頼めませんし神がいると理解してもらえたらそれだけで十分なんです。その為に私は各地を廻っているのですから」
言い切った。誠意をもって真剣に話した私の気持ちは伝わっている筈だと信じたい。
領主様はといえば難しい表情でうつむき、そこから少しの間考え込んでいたところから私に告げた。
「貴女の覚悟を見せて頂きたい」




