第二十七話 強がりに煽り
「覚悟……ですか?」
予想もしていなかった返答にオウム返ししか出来なかった。信仰を広める為の苦労なんてとっくの昔に覚悟は済んでいる。
「ええ、覚悟です。貴女の効いた通りこれは領地の今後を左右する重要な勝負です。そこに介入しようとするのならば貴女にも相応の心構えを持ってほしい」
「……具体的には?」
すっと目が細められ射貫かれるような視線が投げられる。その鋭さに背中に冷たい感覚が通り過ぎた。
「貴女に、勝負の代表者として出て頂きましょう」
その発言に一瞬時の流れが止まったかのように感じて、誰もが固まった。それはすぐに打ち破られて、やったのはやはり彼だった。
「お祖父様! 私が選出されたはずではなかったのですか!」
思わず声が出てしまったのか、発言が許されていないのを指摘されるように睨まれると再び小さくなった。私だってジュリアーノがいなかったら素で叫んでいたかもしれないくらいだ、急にリストラされたも同然の彼の衝撃はどれ程のものだったろう。
この異様な雰囲気の中領主様だけが優雅な動きでお茶を含み、口を開く。
「本来はどちらが勝とうが貴女には関係のないものです。この場で我々に協力すると嘯き、その裏でガルデーニア家あるいは別の誰かと繋がっている可能性すらある」
そんなことはしない! と声を上げたかったけどぐっと我慢して姿勢を改めた。やっぱり貴族社会で生きる人は慎重に疑い深くなるのが常なのだろう。言い返せない事にもどかしさを感じつつ次の言葉を待った。
「私が貴女に選手として出てほしいと望む理由は三つ。ひとつ、表に出る事によって他家との繋がりが無いと証明してほしいということ。ふたつ、本当に神の力が存在するのであれば素人の貴女でも容易く勝てる程のものだと信じさせてほしいこと。みっつ、我々が力を借りるのではなく力を行使する貴女の協力を得る事で家の者が不安を感じないようにしてほしいということ」
一本ずつ指を立てながら知らされた理由は、聞けばどれも納得のいくものだった。特に三つめはジュリアーノの反対する理由を潰す意味もある。だけどどういう形で協力するか明言していなかったからといってこういう方法を取られるなんて思ってもみなかった。
「急に選手が変わってもいいんでしょうか」
「そのようなものどうとでもなります」
疑問を口にすれば小さな笑いと共に答えが返ってきた。
「あちらの代表がが若い女性である為こちらもそれに合わせたとでも。外部の助力が認められないのであれば当家のメイドということにでもしておきましょう。何の問題もありません」
「それって不正じゃ……」
「何の問題もありません」
恐る恐る聞いてみてもきっぱり断言されて私からはそれ以上言いようがなかった。
なのでもう一つの疑問を尋ねてみた。負けてしまった時の事を。
「もし私が負けてしまったらどうなりますか?」
「おや、神の力であっても人間相手に勝てる自信がないと?」
「念の為、です。領主様だって負けた後の事を何も考えていない訳がないでしょう?」
からかうように問い返されたので私だって余裕の笑みで返してやる。多分ハッタリだって見破られているだろう、それでも相手に弱みを敢えて見せつける理由もない。表情こそ笑顔であったが実態は寒々しい会話が続けられた。
「そうですな、負けてしまったとなれば……まず突然選手の変更を強行した私と、出場を辞退したジュリアーノは一族から非難を受けるでしょう。今の地位から追われる可能性もありますね」
一族と言ってもそれぞれの思惑がありますから、と結構ドロドロしてそうなものを匂わせながら何てことの無いように平然と語る。
「そしてその矢面に立つのはフィノ嬢、貴女です。敗北の直接的な原因として目をつけられた貴女が今後平穏に生きるのは難しいと言わざるを得ない」
「それはどういう意味で言っているんですか」
「さて……体面に傷を付けられた貴族が、一介の旅人である貴女をどう扱うかまではその時にならなければ何とも」
察しろ、と。ジュリアーノのように穏やかで親切だったのが特殊で、地位ある人達は隣人教の教えを信じていてもこれはこれそれはそれ、と。
「して、どうされますかな。勿論辞退されても構いません。貴女の現れる以前の状況に戻るだけですから」
「……負けて追手が掛かってもその全てを倒せばいいと私が考えるとは思わないんですか」
領主様はまだ神の起こす現象を見ていないから落ち着いていられるのだろうか。念の為聞いてみるとゆっくり首を振って私の言葉を否定した。
「有り得ませんな」
「どうしてですか?」
「それだけの力を持つ者であればたかが馬術勝負など簡単に勝てるでしょうからその前提足り得ません。あるいは他者を罰する事にしか力を振るえないのであればやはりそれは神ではない良くないものとしか。そのようなものに頼らなくて正解であったと知るだけです」
……困った。領主様の話す内容は理路整然としていて私にも相応のリスクを負えと言っている。ひっかき回すだけひっかき回してとんずらなんて許されなかった。私がこうやって話し合いの場に臨めるのもいざとなったら逃げられる安心感があったからこそなのでこれはこちらの旗色が悪い。それを跳ね除けてまで納得させる理由が思いつかない。
領主様は試すような目で、ジュリアーノは不安そうな目で私を見ている。こんな条件に怖気づくようであれば神の使いというのも嘘なのだと切り捨てる、彼らの目からはそれが窺えた。
それならもう答えは一つしかない。
「やりましょう。私がフォンターナ家代表として、皆様に勝利を授けます」
難しい事は置いといて、要は勝てばいいんだ! 私が出るならユーマに乗れるしユニコーンの脚の速さならどんな馬相手でも楽勝だ。問題は私がユーマの速さについていけるかというだけで……。
「それでは改めて当家の客人としてお迎えいたしましょう。フィノ嬢、頼みますよ」
「その代り私が宣言通り勝てたら神の力を信じ、今後は皆様に神に祈りを捧げてもらいます! そして神と隣人教以外の信仰も邪教と切り捨てずに理解してください」
こっちが出す条件はこれだけだ。そこを確約しないことにはこんな事に巻き込まれる理由はない。
「ええ、フォンターナの名に懸けて。貴女が当家に取って幸運の使者である事を願います」
言質は取ったけどこっちも取られた。終始会話の主導権を相手に持っていかれたけど何とか引き分けに持ち込めたと思いたい。
「本当ならもう少し勝負の形式などについて詳しくお話したかったのですが生憎予定が詰まっておりまして」
メイドの一人が領主様に耳打ちすると困ったような顔で立ち上がり、話し合いの終わりを告げられた。
「また近々時間を作りたいと思いますので、それまでは孫を頼るといいでしょう。ジュリアーノ、フィノ嬢の事はお前に任せた」
「はい。その役目、確かに」
「では失礼」
領主様が去り、私とジュリアーノだけが残された。メイド達はいるけど数には入れていない。
さっきの話し合いではほとんど発言できていなかったから彼と話すのは久しぶりだ。
「あの、ジュリアーノ様。何だかおかしなことになっちゃってすみません」
彼だって領地の為にプライドを持って努力していたはず。それがぽっと出の若い女性に役目を奪われるなんて愉快な訳がない。領主様が言い出した事だけど私からも謝っておきたかった。
「……私の代わりとなるからには、無様な姿を見せないように頼みますよ」
そっけない言い方だけどこれは激励になるのだろうか。少なくとも私への悪感情は感じ取れない。
「れ、練習します……」
走り出した瞬間転げ落ちたら力を借りるまでもなくその瞬間に敗北が決まってしまう。さすがにそんな負け方だとブーイングの嵐が巻き起こるだろう。
「勝負は一週間後、領地の境界に当たる平原で行われます。……見たところ、馬に関しては素人でしたね。せめて形だけでも整えましょう」
「一週間……!」
思ったより余裕のない日取りに一瞬焦ったけど、一月前には顔合わせがあったんだからそこまで日がある訳ないと思い直した。明日と言われなかっただけまだましだ。
「……お祖父様から任されましたし仕方がない、私が基本くらいなら教えますよ」
笑顔で親切な申し出をしてくれたジュリアーノ、だけど初対面の頃のものとは違ってほんの少し黒さが垣間見えたのは私の気のせいだと思いたい。




