第二十五話 二度ある失敗は三度ある
「は?」
突然何を言い出すのかと気の抜けた声が漏れてしまった。この神が一個人相手に興味を持つような事はこれまで無かったというのに、一体ラウラの何が彼の気を引いたのだろう。
「……ラウラが気になるんですか」
何だか面白くない。私がこんなにヴェルト様の為に頑張ってるのに自身の存在を否定している相手が気になるなんて。声にも少しだけ苛立ちが混じるのを隠せなかったけどそんなもの全く気付かないとばかりに神は好奇心を前面に出して語り出す。
≪あの娘は何者かの加護を得ている≫
「加護?」
≪我が遥に与えたように、力ある者の影響下にあると見える≫
「その力ある者、って?」
≪知らぬ≫
大体予想してたいつもの台詞。ヴェルト様以外に意思を持って人間に関わる超常的な存在がいたのか。世界を創った神ですら気付かなかった謎の存在とは? 私の頭に疑問が浮かぶもその答えは見つからない。
≪先程まではあの娘の纏う気配を娘個人の持つ物として認識していたが、遥が腕飾りの石に触れた時あれこそが力の源であると知覚した≫
「……ヴェルト様ほんとに心当たりないんですか」
≪我の与り知らぬ処で大地より生み出される存在は少なくない。それらの居場所こそ分かるがあの娘がその内の何から加護を得たのかは対峙せねば判断が着かぬ≫
「何かがいるってのは確実なんですね」
≪恐らくは≫
それならラウラがあんなに必死だった理由も頷ける。食堂でのジュリアーノとの会話を思い出すと神の名を堂々と出した私があれだけ怪しまれるのだから、神ではない何かの加護を得ているなんて知られたら果たしてどうなるか簡単に予想が着く。あのブレスレットも加護を受けている証だったりするのかもしれない。失くしたら加護も無くなるのだろうか。
「気にはなりますけど、それより今はどうやって領主様を説得するかってのが問題ですよ」
≪あれ程堂々と言ってのけたのだから説き伏せる自信があるのだと思われたが≫
「そりゃ、あれくらい強く出ないと私なんて相手にされずに終わっちゃいますから」
意外な事実を知ったけどまずは目先の事を考えなくては。ジュリアーノはまだ為人が分かっていたから強気に出られたけどそれより更に上の立場の領主様相手だとどう転ぶか分からない。
ジュリアーノから話を聞いて相手も警戒してくるだろう、何十年も一つの領地を治めてきた海千山千の老人相手に私の話が通用するのかを考えると不安しかない。
「いきなり投獄処刑とかないですよね」
≪案ずる事はない。我が遥についている限り人の子がその身傷付ける事あたわず≫
「いや、ヴェルト様がやり過ぎそうで怖いってのもあるんですけど」
悪気無しでやるならともかく明確な意思を持って人間を傷付けるような事はしてほしくない。ヴェルト様は人間に優しい神として布教中なんだからどんな理由があっても暴力はアウトだ。
「だから短絡的な手段に出ないように、くれぐれも頼みますよ」
≪……仕方あるまい≫
一応納得はしてくれたけどそれでもいまいち不安が残ってしまうのは人間と思考回路が違い過ぎるのでしょうがない。私に出来るのはその都度の軌道修正とヴェルト様が力を振るうような事態を起こさないようにするだけだ。
「ま、昨日の今日で偉い人が時間作って会ってくれるなんて事もないでしょうしその時までにはもうちょっと話を練っておきますよ」
そう話を締めた私はベッドの掛け布をめくって隙間に潜り込み丸くなる。久々の寝心地の良さにすぐに睡魔が襲ってきてそっと目を閉じた。今日は色々あったし旅の疲れもある。考える事は後回しにして今はただ柔らかな感触のベッドに埋もれて眠りたかった。
ラウラから起こされ、領主との面会がその日の昼食に決まったと知ったのは翌朝の事だった。
…………
「どどどどうしよう!? まさかこんなに早く面会の時間が決まるなんて……」
部屋に運ばれた朝食にも手を付けず私は部屋の中を右往左往していた。いい匂いがするしものすごくおいしそうだけど今は正直それどころじゃない。
≪何が問題だと? どの道面会する必要があるのだから早い方が良いではないか≫
「心の準備とか根回しとか話したい内容のまとめとか色々あるんですよぅ」
こんな事なら昨夜は睡魔に負けずに考えてから眠ればよかった! 今更な後悔に頭を抱えつつ歩き回るのにもそろそろ疲れたので椅子にその身を深く沈めて溜息を吐いた。
うう、勢いに任せてフォンターナに協力しようと名乗り出ただけなのに善意のつもりがどうしてこうなった。私より年下なのに責任に押しつぶされそうなジュリアーノを助けてあげたいと思っての事だったけど、ちょっと簡単な仕掛けだけして勝たせるつもりだったのに……どんどん話の規模が大きくなってきた。あそこで同情したのが間違いだったんだろうか、素知らぬ振りでとっととここを出て行けばこんなに頭を悩ませることもなかったのに。
≪遥、一ついいか≫
「はい?」
考えがどんどんマイナス方向へ進んで行くのをかろうじてヴェルト様の声が引き留めた。不安な気持ちの私を慰めてくれるなんてことはこの神に期待してない、それでも気を紛らわせてくれるのを期待して言葉を待った。
≪そも、遥の考えた計画とやらがこれまで成功した試しはあったのか?≫
「あ」
直球だ。
思えば最初の村の降臨計画からして失敗したし司祭様を言い負かした時もエリクを助けた時もその場の勢いで口から出てきた言葉だ。今回だってことごとく予定の変更を余儀なくされて最終的には領主と対面する羽目にまでなってしまった。
≪遥は小賢しい計画など立てる必要はないのではないか≫
「それって考えるだけ無駄だって言ってます?」
無駄とは知っていても目線はじとりと虚空を睨む。あんまりな言いようではないか。私だって素人なりにあれこれ一生懸命考えているのに。少し腹が立ってきたけどそんなことはお構いなしと言葉が続く。
≪遥の心からの言葉が人の子を揺り動かしたのだ、創り上げた言葉よりあるがままの言葉で語ればよいのではないか? 現に、それで成功しているのだから≫
「あ……」
これは、励ましてくれたのか褒めてくれたのか。ヴェルト様の言葉が胸の内にスッと染み込んでいく。
地上での布教活動は全部私任せで口出ししてくることが無いからヴェルト様がどう思っているかは知らなかった。布教が上手くいった時によくやった、と褒めてくれたけどそういうのとはまた違う感覚に背中がむずむずと落ち着かない感覚に見舞われた。
「……行き当たりばったりでいいんですかね」
≪上手く行かなかったとてこの場から立ち去れば何の問題も無いのだから気負う必要も無い≫
「それでも! ちゃんと説得して平和的に解決しますから逃げるのは最終手段です」
≪相分かった。遥の望むようにすれば良い≫
何だか悩んでたのが馬鹿らしくなってきた。相手はそれこそ貴族社会で何十年も生きてきたんだから素人の口先だけの言葉は通用しないだろう。ならその時はその時だ、勢いのまま好きに言ってしまえばいい。
「ふー! 考えすぎて朝から頭疲れちゃった」
心配事が無くなった私の目についたのはすっかり冷めてしまった朝食のプレート。せっかく用意してくれたものだし即座にそれに手を伸ばす。
頭を使い過ぎたので糖分補給と銘打ってパンにジャムをたっぷり乗せて贅沢気分だ。口中の甘味を渋みのあるストレートの紅茶でさっぱりさせて他の品へ移る。結局全部平らげた私は気合も十分。領主だろうが王様だろうがかかってこい、な気分だ。
「まだ時間あるしラウラから話聞けないかな」
一つの憂いが消えたので考えるのはもう一つ。部屋から出るなとは言われていないし何もないこの部屋で昼まで待っているのもつまらない。朝食を食べて気合が入り過ぎたせいでそんな余計な事まで考えてしまい、そして誰も止める者もないので昨日に続き今日もこっそりと部屋を抜け出すのであった。




