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11日。

オーストラリアにいた日々はそんなこんなで、仕事でもプライベートでも色々あったせいかあっという間に4年。

日本から連絡があり、支社も安定した動きを見せてきたようだから・・・と、本社の社員と交代で日本に帰ることになった。

「あ~、早く帰りたい」

諒子が両手にそれぞれ持った資料を見比べつつ、英語で独り言を呟く。

「なんだ?そんなに日本が恋しかったのか?」

もう癖になっているのか、壱人も英語で返す。

「醤油に味噌に出汁にやはり日本酒・・・あ、この最後の契約上手くいったら高級料亭忘れないでくださいね~。うふふふふふ」

よほど嬉しいのか、諒子は資料を握って笑い出した。

「気持ち悪い笑いしてんなよ。うまくいったらさらにご褒美つけてやる」

と、壱人は含みのある笑いを浮かべた。




何機ものジェット機がゆっくりと滑走路を移動しているのを大パノラマのウインドウガラス越しに眺め、大きく深呼吸を一つした。

「醤油の匂いがする・・・」

空港のロビーでくんくんと空気の匂いを嗅ぐ諒子。

オーストラリアでも着いた時には国独特の空気感があったが、日本もそうなのか、と一人納得してうんうんと頷く。

「するかそんなもん。ほら会社に寄って行くんだから早くしろよ」

お馴染みの手刀をびしっと彼女の頭にお見舞いしたと思うと、スーツケースを転がして壱人は早足で歩き出した。

会社に戻ってきたことと挨拶をしに立ち寄ったが、まあ群がる女子、女子、女子・・・。

オーストラリアでも帰る際の挨拶で壱人に金髪茶髪美人達が代わる代わる挨拶に来ていたが、日本でも同じ光景を見るとは・・・。

長いフライト時間で疲れただろう、と上司の計らいで挨拶もそこそこに帰してもらえた。

たぶん社員が仕事にならないから追い出されたっていうのが正解だろう。

会社の前の歩道で、諒子はぺこりと壱人にお辞儀をする。

「じゃあお疲れ様でした。壱人さんも今日はゆっくり休ん・・・」

「何言ってるんだ。タクシー来たから早く乗れ」

壱人の言う通りタクシーは既に停車していて大きなスーツケースを乗せるべく、運転手がトランクの横で待っていた状態だった。

「行くってどこに?」

有耶無耶のうちにタクシーに乗せられ、発進してから壱人に行先を訪ねる。

「お前が行ったんだろ?高級料亭」

「行くなら前もって言ってくださいよ。私にも予定ってもんが・・・」

「お前に日本に帰ってすぐ予定があるとは思えんが。

なら一応聞いてやる、なんだ?その予定っていうのは」

腕を胸の前で組み、諒子の答えはわかっていると言わんばかりの顔で諒子を見やる壱人。

「・・・久しぶりなので実家に・・・」

「実家、か。やっぱりな。

いいぞ、実家に向かってやっても。その際は是非お前のご両親に交際の挨拶と結婚の申し込みを・・・」

「料亭行きます!行かせてください!!」

諒子は壱人の口を慌てて塞ぎ捲し立てる。

「全く・・・冗談をそこまでひっぱらないでくださいよ」

「冗談ねぇ・・・」

そんな会話をしていると、タクシーの運転手がおずおずとこちらを振り向いて話しかけてきた。

「すいません、お客さん。さっきから言ってるんだけど・・・着いてますよ。

痴話喧嘩なら降りてからやってもらえませんかねぇ?」

「「あ」」




にやけつつももぐもぐと黙って咀嚼する諒子の頬がリスのようで、壱人は熱燗が入っているお猪口を持った手先と肩ががふるふると震えるのを我慢できずに小さく笑い続けている。

純和風の造りの部屋にテーブルを挟んで向かい合って座っているせいで、諒子の顔がよく見える。

先程から運ばれてくるコースの料理を、どれも美味しい美味しいと呟きながら食べ続ける諒子。

前菜、吸い物、お造り、鍋に香の物、焼き物と女性ならもうここで腹が満たされる頃だろうが、諒子は悉くぺろりと平らげ次をわくわくと待ちながらグラスビールを飲んでいる。

「お前・・・小動物みたいで面白いな」

ゆっくりと箸を進めつつ、飲むことの方が進んでいる壱人は手を付けていない焼き物の皿を諒子の前に差し出してやると、ぱあっと顔を綻ばせて喜んで受け取る。

「小動物みたいなら、かわいい位言ってくれてもいいのに」

諒子は香ばしく焼けた蟹をほじりつつ文句を言うが、蟹の方が魅力的なのかすぐ様目線を下に移してちまちまと食べ始める。

「かわいい」

「ほ?」

大きな蟹の身を口に入れた諒子が壱人を見つめる。

「お前はかわいいよ。結婚だって冗談じゃないからな」

お猪口に酒を注ぎ、それを持って口をつける壱人に諒子はそのまま固まってしまう。

ぶふっ。

「うわっ!おまっ、汚ぇな!」

蟹を壱人に向かって盛大に吹き出したのは、半分は自分のせいじゃない、とおしぼりで拭いた蟹を拭きながら思う諒子だった。


「ごちそうさまでした~。あ~、やっぱり和食はいいなぁ」

料亭を後にし、満たされ過ぎた腹を擦って諒子はしみじみと言った。

「俺はお前のせいで今でも蟹臭い」

「すいませんでしたって・・・しつこいですよ、いつまで言うつもりですか?」

何度も謝ったじゃないですか、と諒子はむくれて彼を睨む。

「一生」

壱人が即座にそう切り返すと、うわぁ・・・と苦虫を噛み潰したような表情で諒子は呟く。

「しつこすぎます・・・」

「何言ってるんだ?一生一緒にいることになるんだから、覚えてる限り一生思い出は語り合うにきまってるだろ?

もう、鈍すぎるお前に世間一般のやり方じゃあ理解わからないっていうのは十二分に味わった。

これからはお前にもわかりやすいように、TPOも度外視することに決めた。

・・・逃げるなよ?」

最後まで言い終えた壱人の微笑んだ顔は、いかにも何かを企んでいます、と諒子に告げていた。

なんでだろう、こういうのって、ゲームや小説や漫画だったらときめくシーンなのに・・・。

感じるのは悪寒なんて・・・。



「紺野さん」

千果は定時を過ぎて少しだけ残業になってしまい、急いで遣り遂げさあ帰ろうという時に声をかけられた。

「ええと~・・・、海外事業部の~・・・?」

「はい、相沢あいざわです。今日代田さんと一緒にいた工藤さん、紺野さんと仲が良さそうに見えたので」

諒子達がオーストラリアに赴任してから異動になった相沢夕菜ゆうな

諒子達が戻った時には、彼らの下で働くことになるのだろう。

しかし、千果には一瞬で仕事のことではなく、代田と一緒にいる諒子が気になって探りに来たことが理解できた。

「付き合ってるんでしょうか?」

面倒臭い、と一蹴したくなる気持ちを無理に笑顔の下に押し込め、

「本人に確認してください~。じゃあ失礼します~」

と彼女の横を通って、帰る千果。

その時、「ちっ」と小さく聞こえたのは、間違いなく夕菜から舌打ちだった。

--・・・先輩って、鈍いのによく恋愛絡みで災難に遭いそうだな~。

--帰国早々、ご愁傷様です先輩。

心の中で、千果は合掌しデートへ向かうべく会社を後にしたのだった。










やっと続き書けました。


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