第2話:誤送信は戦術なり? SNSに轟く第六天魔王の名
第一章 敵陣(OLINEグループ)への出陣
「いい、信也くん? これが2年B組のOLINEグループだよ。ここに『よろしくおねがいします』って一言入れるだけでいいからね?」
放課後の教室。夕日が赤々と差し込む窓際で、森蘭は自らのスマホ画面を差し示しながら、噛み砕くように説明した。
織田信長――現代名・織田信也は、まるで爆弾の解線作業でも行うかのように、極度の緊張感をもって液晶画面を凝視していた。額にはじんわりと汗が滲んでいる。
「むぅ……これが現代の『文集』か。クラス全員の端末へ、同時に言葉を届けられる仕組み……まさに全軍への一斉伝令だな」
「うん、まあ、そうだけど……別に堅苦しく考えなくていいから。みんなスタンプとかで『よろしくー』って返してくれると思うよ」
「スタンプ! あの絵で気持ちを伝えるという、絵の具の無駄遣いのような奴か!」
「無駄遣いって言わないで! とにかく、まずは慌てず、ゆっくり『よ・ろ・し・く』って打ってみて?」
信也はゴクリと唾を飲み込んだ。
前世で幾多の修羅場を潜り抜けてきた男の指先が、今、微かに震えている。
「よし……出陣じゃ!」
信也はスマホを両手でガッチリと保持した。まるで長脇差の柄を握りしめるような力強さである。
「まずは『よ』……! 『や行』の『や』を押して……下へ払う!」
『よ』
「出た! 『よ』が出たぞ蘭丸!」
「蘭だよ! うん、すごい! 落ち着いて次は『ろ』ね!」
「『ろ』は……『ら行』の『ら』を押して……下へ払う!」
『ろ』
「よし! 『よ・ろ』まで進んだ! 次は『し』じゃ! 『さ行』の『さ』を押して……左へ払う!」
『し』
「完璧! あと少しだよ信也くん!」
蘭の声に励まされ、信長は有頂天になった。
(フハハ! 勝てる! 勝てるぞ! 『ふりっく入力』など、この織田三郎信長の敵ではないわ! 次は『く』じゃ!)
「『か行』の『か』を押して……上へ払うッ!」
一網打尽の総攻撃を仕掛けるがごとく、信也の指先が勢いよく画面を叩いた。
しかし――あまりにも気合が入りすぎていた。
指先が摩擦で画面の上をズザザッと滑り、『か』ではなく、隣の『さ』のキーに触れ、そのまま右や下へと乱暴に擦れてしまったのだ。
「あ」
信也が声を漏らした瞬間、予測変換の候補がカシャカシャと入れ替わり、指が偶然にも『送信(飛行機マーク)』のアイコンを直撃した。
《送信されました》
パシッという軽い操作音とともに、吹き出しが右側に躍り出た。
「あ、ちょっと信也くん今なんて打った――」
蘭が覗き込んだ瞬間、二人は絶句した。
【2年B組OLINEグループ(32名)】
織田信也:『ころす』
「「………………」」
静寂が教室を支配した。
「な……ッ!?」
信長は目を丸くした。
「『よ・ろ・し・く』と打ったはずだぞ!? なぜ『ころす』になる!? どのようなカラクリだ!?」
「あわわわわ! 信也くん、『く』を打つときに『こ』になっちゃって、濁点が入って、しかも最後の『く』の代わりに『す』が入っちゃったんだよ! すぐ消して! 送信取消して!!」
「そ、そうしんとりけし!? どうやるのだ!?」
「メッセージを長押し! 長押しして!!」
「長押しだなッ! えぇい、この吹き出しを討ち取ってやる!!」
焦った信長は、画面上の『ころす』という吹き出しを親指で思いっきり押し付けた。
だが、興奮した信長の指は力みすぎており、画面上でわずかにスライドしてしまった。メニュー画面が一瞬表示されたものの、連打された指は『送信取消』ではなく――『リアクション(スタンプ)』の『炎アイコン』を選択し、さらに別の誤操作で二通目のメッセージを送信してしまった。
織田信也:『ころす』炎
織田信也:『みなごろしだ』
「ひやあああああッ!?!?!?」
蘭が悲鳴を上げた。
「なぜだぁぁッ!? なぜ『みなごろし』になるのだぁぁッ!?」
「『みんなよろしく』って打とうとしたんでしょ!? なんでことごとく物騒な言葉に変換されるの!? 呪われてるの!?」
信也のスマホの画面は、もはや惨劇の舞台と化していた。
織田信也:『ころす』炎
織田信也:『みなごろしだ』
織田信也:『あすのあさ ほんのうじで』
「本能寺って打たないでぇぇッ! トラウマ出てちゃってるよ!!」
「えぇい! 止まれ! 止まらぬかこの黒鏡めッ! 余の命令を聞けぇッ!」
信也は画面をペシペシと乱打した。だが、打てば打つほど、画面には壊れた暗号のような、しかし異常に殺気立った文字列が次々と追加されていくのだった。
第二章 凍りつくクラスメイトたち
その頃。
自宅や部活動の帰り道でスマホを見ていた2年B組の生徒たちは、突如としてOLINEグループに投下された恐怖の連投に、息を呑んでいた。
『な、なにこれ……?』
『織田くん……?』
『え、転校してきたばかりの織田信也よね……?』
男子生徒のスマホ画面に、次々と通知が届く。
【織田信也】:『ころす』炎
【織田信也】:『みなごろしだ』
【織田信也】:『あすのあさ ほんのうじで』
【織田信也】:『にがさん』
【織田信也】:『ちのうみをみせてやる』
(※『にがさん』は『よろしくね』の誤入力、『ちのうみをみせてやる』は『たのしみにしてるよ』の誤入力である)
『ひっ……!』
女子生徒の一人が、部屋でスマホを落とした。
『ヤバい……ヤバすぎる奴が転校してきた……』
『昨日も「画面が余の指についてこぬ」とか独り言言ってたよね……?』
『本物のヤクザの息子……? それともサイコパス……?』
クラスのOLINEグループは、恐怖のどん底に突き落とされた。
誰一人として「既読」をつけることすら躊躇われる空気。
誰も返信できない。下手に突っ込んで「次はオマエだ」などと言われたら、命がないかもしれない。
そんな沈黙の中、クラスのムードメーカーである男子生徒・佐々木が、震える指でかろうじて返信を打ち込んだ。
佐々木:『お、織田くん……明日の朝、何かあるの……?』
その問いかけに対し、信也側からの返信は――実に【三分後】に届いた。
(信也が3分間、冷や汗を流しながら『明日の朝のホームルームで自己紹介をするのが楽しみです』と打とうと格闘した結果である)
織田信也:『首を洗って待っていろ』
(※『楽しみに待っていてね』と打とうとして大暴走した結果)
佐々木:『ひぃぃぃぃぃッッ!!』
佐々木はスマホを布団に投げ捨て、ガタガタと震え出した。
「明日……学校に行ったら殺される……!」
第三章 拡散する「第六天魔王」伝説
翌朝。
私立第六天学園の2年B組の教室は、まるで通夜のような重苦しい雰囲気に包まれていた。
「……おい、来たぞ」
「目を合わせるな……」
ガラッと教室のドアが開き、信也が入ってきた。
信也としては、昨夜の非礼を詫び、爽やかに「おはよう」と言うつもりであった。
だが、昨夜のフリック特訓で指が疲労骨折寸前であり、また誤送信のショックで睡眠不足だったため、その表情は鬼のように険しく、鋭い目つきで教室全体を睨みつける形になってしまった。
(ぬぅ……昨夜は蘭に手伝ってもらい、なんとかアカウントを消さずに済んだが……クラスの者ども、なぜか余を避けておるような……?)
信也が自分の席につくと、周囲の生徒たちが一斉にデスクを数センチ後ろへ下げた。
その時である。
「ねえねえ、聞いた!? SNSでバズってる動画!!」
「え? なにそれ?」
隣のクラスの生徒たちが、廊下で騒いでいる声が聞こえてきた。
「2年B組に転校してきた織田って奴のOLINEのスクショ! 誰かがSNSに流出させたらしいんだけど、マジでヤバいって話題になってる!」
「なに……? 余の『OLINE』が流出しただと……!?」
信也はガバッと立ち上がった。
蘭が顔を蒼白にして信長のもとへ駆け寄ってくる。
「信也くん、大変! 昨日のOLINEグループの画面、誰かがスクショしてSNSに載せちゃったみたい! 『うちのクラスに本物の魔王が転校してきた件』ってタイトルで……!」
「な、なんじゃと……!?」
信也は蘭のスマホ画面を覗き込んだ。
そこには、昨夜の信也による恐怖の誤字連投メッセージの画像がバッチリと掲載されていた。
『ころす』炎
『みなごろしだ』
『あすのあさ ほんのうじで』
『首を洗って待っていろ』
その投稿に対するインプレッション(閲覧数)は、なんと100万回を超えていた。
「ひ、ひゃくまん……!? 100万人の人間が、余の誤字を見たというのか……!?」
信也は卒倒しそうになった。
武士の面目丸つぶれである。かつて「うあになね」と名乗った以上の恥辱。全天下に自分の不器用さが晒されてしまったのだ。
しかし――コメント欄(リプ欄)に並んでいる言葉は、信也の想像とは全く異なるものであった。
『なにこの人、威圧感すごすぎて笑うwww』
『「ころす」にわざわざ炎のスタンプつけるのセンス高すぎんだろwww』
『「あすのあさ ほんのうじで」←パワーワードすぎる』
『令和の時代にここまで尖った挨拶できる奴いる??www』
『生き様がロックすぎる。一目でファンになったわ』
『顔写真見たけど超絶イケメンじゃん……クール系ドSキャラ??』
『アカウント特定した。フォローしたわ』
「……ぬ?」
信也は首をかしげた。
「なんだこれは……? 余を嘲笑しているのではないのか……?」
「信也くん……見て、フォロワー数……!」
蘭が信也が開設したばかりのSNSのアカウント画面を開いた。
昨日までフォロワー『1人(森蘭)』だったアカウントの数値が、尋常ではない勢いで跳ね上がっていた。
『フォロワー:12,400人』
「じゅ、じゅうに万……いや、一万二千人超え……!?」
「すごいよ信也くん! 一晩でインフルエンサーの仲間入りだよ!」
第四章 怪造された覇王像
信也はわけが分からなかった。
ただフリック入力に失敗し、指が滑って『ころす』と送ってしまっただけである。
『たのしみにしてるよ』と打とうとして『ちのうみをみせてやる』になっただけなのだ。
それなのに、現代の若者たちはそれを「計算し尽くされた高度なブラックユーモア」「圧倒的カリスマ性」「超絶クールなキャラ付け」と受け取ったらしい。
「ふ、フハハ……!」
信也は突如、腕を組んで高らかに笑い出した。
「信也くん……?」
「なるほど! 読めたぞ蘭丸! これぞ『怪造』の戦術よ!」
「蘭だってば! 怪造……?」
「左様! あえて隙を見せ、誤字という名の『奇策』を弄することで、敵の油断を誘いつつ、その裏にある圧倒的な存在感(威圧感)を誇示する! 現代の民は、余の緻密な心理戦に見事にはまったというわけだ!」
(本当はただ指が太くて誤操作しただけだが、そういうことにしておこう!)と、信長は心の中で冷や汗を拭いながら威張ってみせた。
「えぇー……絶対偶然でしょ……」
蘭はあきれ顔で溜息をついた。
だが、結果として信也は、一切の兵を動かすことなく、ネット上に『一万人以上の軍勢』という最初の陣地を獲得したのである。
「よし! この勢いに乗り、追撃の通知を放つぞ! フォロワーどもへ、感謝と次なる宣戦布告を届けるのだ!」
信也は意気揚々とスマホを構えた。
目指すは「フォロー感謝。余とともに天下を目指すぞ」という力強いメッセージだ。
「えーと、『ふ・ぉ・ろ・ー』は……『ふ』は『は行』の……」
信也は人差し指をピクピクとさせながら、慎重に画面を叩いた。
一文字打つごとに「よし!」「出たぞ!」と歓声を上げる。
そして――格闘すること十分。
ようやく完成した文面を、信也は満持して投稿した。
【織田信也(@Oda_Nobunaga_2026)】
『ふぉろーありかとう。きさまらをあすのいけにえにする。』
(※『ふぉろーありがとう。みなさんをあすもあさも大切にする』と打とうとして大崩壊した)
投稿された瞬間、即座に何百もの「いいね」と「拡散」が爆発的に伸び始めた。
『ひぇぇぇ! いけにえにされるー!!(歓喜)』
『ファンサ神すぎるwww』
『ブレない姿勢好き』
『信也様! 私を最初に生贄にしてください!!』
「おおおっ!? またしても民が大狂乱しておるぞ! 『いけにえ』という言葉がこれほど喜ばれるとは、現代の民はなんと血気盛んなのだ!」
「絶対違うからね!? みんなネタとして楽しんでるだけだからね!?」
頭を抱える蘭を余所に、信也はフフンと鼻で笑った。
第五章 されど、道半ばなり
その日の放課後。
クラスメイトたちは、信也に対して依然として強い恐怖を抱いていたものの、「あのOLINEは……もしかしてすごいギャグセンスなのか……?」という謎の尊敬の眼差しを向け始めていた。
佐々木に至っては、「織田様、明日のお供せしめていただきます!」と、なぜか舎弟のような態度でジュースを買ってきたほどだ。
「フハハ! 見よ蘭! 誤送信一つでクラスを平定し、ネットに一万の兵を得た! これぞ覇王のフリック術よ!」
帰り道、夕暮れの堤防を歩きながら、信也はご満悦の様子で胸を張った。
しかし、隣を歩く蘭は、冷静にスマホの画面を見つめていた。
「でもね、信也くん。いつまでも『恐ろしい誤字』だけでバズり続けることはできないよ?」
「なに?」
「SNSの世界は移り変わりが早いの。最初は『変な誤字をする面白いイケメン』で注目されても、ちゃんとした会話や発信ができないと、すぐ飽きられちゃうよ。それに……」
蘭は信也のスマホを指さした。
「今の信也くんの入力速度じゃ、1投稿打つのに10分もかかってるでしょ? これじゃ、リアルタイムの会話にはついていけないよ」
「ぐっ……!」
信也は言葉に詰まった。
確かにその通りであった。
今日の「いけにえ」の投稿も、たった二十文字程度の文章を打ち込むために、指を震わせ、冷や汗を流しながら十分もの時間を費やしたのだ。
合戦において、伝令が十分遅れることは致命的である。
リアルタイムで情報が飛び交う現代のSNS戦場において、この入力速度の遅さは「死」を意味する。
「うむむ……確かに。まぐれ勝ちで得た陣地など、いつ奪い返されるか分からん。真の『天下布武』を成し遂げるには、誰もがひれ伏す圧倒的な入力速度と確実性が必要不可欠……!」
信也は自身の太い指先を見つめた。
画面を擦るたびに滑り、狙った文字の隣を叩いてしまうこの指。
フリック入力という名の精妙な技法は、武力や威圧感だけでねじ伏せられるものではなかった。
「蘭よ……何か手はないのか? このもどかしいフリック入力を介さず、余の言葉を速やかに画面へと刻む『抜け道』のような策は……!」
切実な眼差しで問いかける信長に対し、蘭はポンと手を打った。
「あ! そういえば……フリック入力を使わないで、喋るだけで文字を入力できる機能があったよ!」
「何だと……!? 喋るだけで文字が刻まれる……!?」
信也の目が、カッと見開かれた。
「左様……! 言葉を発するだけでよいのなら、余の威厳あふれる声で一瞬にして文章が打てるではないか! なぜそれを早く言わん蘭丸ッ!」
「だから蘭だってば! でもね信也くん、音声入力には音声入力の『弱点』があるんだよ……?」
「くくく、弱点だと? 覇王の声に弱点などあるものか! 次回、余はその『音声入力』なる秘技をもって、SNS界を完全に平定してみせるわ!!」
夕日に向かって高らかに宣言する信也。
だが、その先に更なるコントのような悲劇が待ち受けていることを、覇王はまだ知る由もなかったのである。




