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疾風のランドルフ  作者: 紫生サラ
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第四話 ランドルフとらんどるふのお話

 俺の名は疾風のランドルフ。またの名を白猫のポン太。小さなボスのボディーガード。

 今日もお昼寝をするボスのとなりが俺の特等席。

「すぅすぅ……」

 ランドルフさんのボスは今日もすぅすぅとよく眠っています。ランドルフさんはボスのすぐそばで小さな寝息を聞きながら、冷たい風が入ってこないかを気にしていました。でも、たとえ風が入って来ても大丈夫。ランドルフさんの体はとても温かし、長いしっぽをボスに巻きつけて守っているのですから。これならボスも安心して眠ることが……

 おい……

 あら、どうかしましたか? ランドルフさん?

 うるさいぞ、ボスが起きたらどうするんだ。

 あらあら、ランドルフさんに怒られてしまいました。

 バタバタ……

 おや?

 バタバタ……

 おやおや?

 バタバタ……

 可愛らしい足音が聞こえていきますね?

「あにゅき! ポン太のあにゅき!」

 やってきたのはランドルフさんの子分のヨークシャーテリアのテリーです。

 テリーは慌てて部屋に飛び込んできたので、足を滑らせて「へぶっ」とへんな声を出して転びましたが、すぐに起き上がってランドルフさんにかけ寄りました。

「あにゅき! 大変……はぶっ!?」

「うるさいぞ! テリー、ボスが起きたらどうするんだ!」

 ランドルフさんはテリーの顔に長いしっぽでペシリとお仕置きをしてから、テリーよりも大きな声で叱りました。

 ランドルフさん、そんなに大きな声を出したら、ボスが起きてしまいますよ。

「しゅみません、あにゅき。でも、大変なんです」

「まったく何がそんなに大変なんだ?」

 しゅんと耳をふせるテリーにランドルフさんはたずねます。

「は、はい、実は……」

 テリーはその大変なことを話しはじめました。それはこの家に大変なものがやってきたという話です。

 それは、とても大きな顔をして、とても大きな体をしているというのです。

 それに、とても太い腕に、とても太い足をしているというのです。

「そんな奴が、この家に?」

「そうなんでしゅ! 気がついたらデンッて座っていたんでしゅ、デンッて!」

 テリーは小さな体で立ち上がっては床を叩いて「デンッ」を一生懸命表現しようとしましたが「タンッ」と鳴っただけでした。

 ランドルフさんはわかったような、わからなかったような気分になったので、長いしっぽをユラユラさせながら考えました。

 もしも、大きな顔で大きな体、そのうえ、太い腕と足の大変なやつがいたとしたら、どうやってこの家に入って来たのだろう?

「うーむ……」

「とにかく大変なんでしゅ! あにゅき! あんなのがいたら、ボシュの身があぶないでしゅよ!」

「ボスの……?」

 確かに、そいつがどんなやつなのかくらい、見ておかなくてならないか……。

 ボスの……と、言われるとランドルフさんは黙っていられません。ねっ、ランドルフさん?

 ふんっ、どんなやつが来てもボスには指一本触れさせないがな。それに、別にこちらから出向く必要だってない。だが……

 だが?

 テリーがそこまで言うなら、見にいってやらないこともない。

 ランドルフさんはスッと静かに立ち上がるとボスの寝顔に顔を近づけます。

 よく寝ているな……

 よく寝ていますね。

 ランドルフさんは安心しました。

「よし、テリー、案内しろ」

「は、はい、あにゅき!」


   ☆


 テリーが案内したのはリビングでした。今はボスママもボスパパもいないこの部屋のソファの上に大変なやつは「デンッ」としていたのです。

 入口からはソファに腰かける大きな頭だけが見えています。

「あ、あいつでしゅ! あのデカいのがそうでしゅ、あにゅき!」

 テリーはランドルフさんの陰に隠れたり、入口の陰に隠れたり、くるくると落ち着きなく走り回ります。

 そんなテリーにランドルフさんは言いました。

「わかった。テリー、お前はここで待っているんだ。俺だけで行ってくる」

「で、でも、あにゅき!」

「そんなに震えて何をするつもりだ? いいからお前はそこで待っていろ」

 ランドルフさんに言われ、震えていたテリーはおずおずと下がります。ランドルフさんは自慢のしっぽをピンと立てるとリビングへと入っていきます。ランドルフさんの後ろ姿を見ながら、テリーは「さすが、あにゅきだ」と感心しました。

 感心されていますよ、ランドルフさん。

「……」

 ねぇ、ランドルフさん。見てください、ほら、テリーったら、あんなに真剣な顔でランドルフさんのことを見ているんですよ。

「……」

 あら? ランドルフさん?

「……こ、こいつは!」

 ランドルフさんはハリネズミみたいに毛を立てて「フーッ」と唸り声を上げました。

「なんて大きさのクマだ!」

 ソファの上に坐っていたのは、金色の毛並のとても大きなテディベア。クマのぬいぐるみだったのです。

 丸い大きな頭に丸い耳、丸い大きくてつぶらな瞳……

「大きな頭に大きな口、鋭く光る大きな目……あの口には鋭い牙が?」

 太くて丸みをおびた手を足が、何とも可愛らしいですね。

「太い手足、あの大きな手には鋭い爪が隠されているに違いない……」

 お腹もたっぷりして抱き心地がよさそうです。

「あいつに捕まったらひとたまりもないな」

 いえ、ランドルフさん、あのクマさんはぬいぐるみさんですよ?

「余裕な顔をして、俺のことは相手にしてないってことか? なめられたもんだ」

 だって、ぬいぐるみさんですから。

 ランドルフさんはクマさんから目を離さないようにしながらゆっくりとソファの周りを歩きます。

 ランドルフさん、あの……

 いつあの大きな手で襲いかかってくるかもわからないからな。もっとも、あいつは今檻の中だ、自由に身動きはできないはずだ……

 檻?

 つまり、あいつの余裕は強がりだな?

 ランドルフさん、あれは包装用の透明な袋ですよ。

 クマさんは可愛らしい模様が描かれた大きな袋の中に少し窮屈そうに入っているのです。

 あいつの頭の上にあるピンク色のあれ……あれが檻の鍵だな?

 いえ、あれは袋を止めるリボンですよ。

 何事も最初が肝心だ。よし……

「おい、お前! ここがどこだかわかっているのか?」

 わかっていないでしょうねぇ。ぬいぐるみさんですから。

「俺は、ここのボスのボディーガードをしているものだ。ここに来たからには、俺たちのルールに従ってもらうぞ」

 ランドルフさんは言いました。けれど、クマさんは何も返事をしません。だって、ぬいぐるみさんなのですから。

 穏やかで、少し不思議そうな顔をしてランドルフさんのこと見ています。

 ふん、ビビって声も出ないって感じだな。

 いえ、ぬいぐるみさんなので声は出ないのですよ。

「まあ、それもそうか、自分は檻の中にいてこっちは自由の身だ。黙っていうことを聞くしかないよな」

 ランドルフさんがそう納得をしかけた時、パタパタとスリッパを鳴らしながらボスママがボスを抱っこしてリビングに入ってきました。

「あら、ポン太ここいたの? ポン太がこの子のそばにいないなんて珍しいから探しちゃったわ」

 ボスママはランドルフさんがクマさんの前にいたので「ははあん」と思ってニヤリと笑い入ました。

「ポン太もそのクマさんが気になるのね? ほら、クマさんですよ~」

「う~?」

 ボスママがボスをクマさんに近づけて見せたので、ランドルフさんはびっくりしました。

「こ、こら、そんなに不用意に近づいて、そいつがいきなり襲いかかってきたらどうするつもりだ!」

「さてと、クマさんを袋から出してあげようね~」

「な、なんてことを!」

 ボスママはボスをソファにお座りさせると、クマさんの頭の上で結ばれたリボンをスルスルと解きはじめたではありませんか。

「ボス、あぶない!」

 ランドルフさんはすぐにソファに座りボスに抱きつき、クマさんの魔の手からボスを守ろうとしました。

「……」

 ……うん?

「あー!」

 いきなりランドルフさんが抱きついてきたのでボスは笑顔になってランドルフさんを撫でました。

 ランドルフさんが恐る恐る振り返ると、そこには檻から放たれた大きなクマの姿。

 袋の檻から出されたクマさんは、檻の中にいる時と変わらず穏やかで少し不思議そうな顔をしていました。

「ほら、こんなに大きなクマさん、よかったわね。叔母さんにお礼言わないとね~」

 ボスママが嬉しそうな声で言ったので、ボスも嬉しそうにクマさんの足をポンポンしました。

 クマさんの足は柔らかくとても触り心地がいいのです。

 その光景をランドルフさんは目を丸くして見ていました。

「ボス、大丈夫なのですか?」

 ランドルフさんはボスが触ったようにクマの手や足にちょこっとだけさわってみました。クマさんの足はフサフサです。ポフポフと叩いてみるフカフカしているではありませんか。

 とても鋭くて大きな爪を隠しているようには見えません。

 なんだ、このクマ。ぬいぐるみなのか……

 そうですよ、ランドルフさん。このクマさんには大きな爪も牙もないのですよ。

「あにゅき! あにゅき大丈夫ですか!」

 そこへずっとリビングに入れずに震えていたテリーが飛び込んできました。

 テリーはクマさんの手をおさえているランドルフさんの姿を見て、飛び上がるほど驚き、尊敬の眼差しを向けて言いました。

「さすがあにゅき! そいつを子分にしたんでしゅね!」

 テリーが言ったので、ランドルフさんは少し考えてからいいました。

「ああ、こいつは今日からボスのものになったんだ。テリー、お前も仲良くしろよ」

「はい! あにゅき!」

 こうしてボスの子分が増えました。


   ★


 その日の夜。ボスとランドルフさんとテリーは、新入りのクマさんを囲んでいました。

 特にランドルフさんはクマさんの頭の上でゆったりくつろいでいます。

 ふん、なかなかいいじゃないか。

 ランドルフさんはご満悦です。

 すると、ボスパパが突然こんなことを言いました。

「ところで、このクマ、名前とか付けないの?」

「名前?」

 ボスパパに言葉に「そうね」とボスママは洗い物をしていた手を止めて顔を上げました。

 ランドルフさんに「ポン太」と名前をつけ、テリーに「テリー」と名前をつけたのはボスママです。

 当然、このクマに名前をつけるとしたらボスママしかいないのです。

 ボスママはみんなの前に来て名探偵がするようにおでこに指先を当てて考えました。

「そうね、テディベア、クマでしょう……?」

 テディとかディーとか? テリーはボスママのことだから、きっとカッコいい名前になるはずだと思いました。

 クマ吉とかクマ太かな? ランドルフさんはボスママのことだから、きっとそんな名前になるだろうと思いました。

 ポンッとボスママが手を打って「うん、決めた! 大きいクマで頼りがいのある感じがするから……」

 ボスママはビシッとクマさんを指さして言いました。

「らんどるふ! らんどるふがいいわ!」

「……」

「おおっ! らんどるふ! カッコいい名前でしゅね! さすがボスママでしゅ!」

 テリーはピョコタンと跳ね、ボスも手を叩いて喜びました。

「なかなかカッコいい名前だね、さすがママだ」

 どうやらボスもボスパパもテリーも納得の名前のようです。穏やかで少し不思議そうな顔をしたクマさんもどこか誇らしげ。

 いい名前ですね、ランドルフさん。

 ふん……

「よろしく頼むぞ、らんどるふ! ……はぶっ!?」

 テリーがらんどるふに呼びかけるとランドルフさんのしっぽでペシリとお仕置きをされました。

「はわわ? 僕、怒られた、なんで?」

「ふん」

「こら、ポン太はテリーをイジメたらダメだろう」

 ランドルフさんはボスパパに怒られました。


   おわり

 


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