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ひだまり童話館(参加作品・過去お題作品)

皇子誕生

作者: 天神大河
掲載日:2016/02/20

 昔(むかし)むかし、ヤマト王権(おうけん)が倭国(わこく)(日本(にほん))での勢力(せいりょく)を少(すこ)しずつ伸(の)ばし始(はじ)めていたころのことです。


 このころ、ヤマト王権(おうけん)の支配(しはい)がまだ及(およ)んでいなかった倭国(わこく)の端(はし)に、とある小(ちい)さなクニがありました。そこでは、クニの祖先(そせん)たちが代々伝(だいだいつた)えてきた狩猟(しゅりょう)や採集(さいしゅう)と、大陸(たいりく)からやって来(き)た渡来人(とらいじん)が持(も)ち込(こ)んだ農耕(のうこう)や古墳造営(こふんぞうえい)などの技術(ぎじゅつ)がうまく共存(きょうぞん)し、小(ちい)さいながらもそれはそれは平和(へいわ)で豊(ゆた)かなクニでした。


 さて、このクニを治(おさ)めていた王(おう)さまには、一(ひと)つの悩(なや)みがありました。それは、愛(あい)する后(きさき)さまとの間(あいだ)に皇子(みこ)さまが生(う)まれなかったことです。王(おう)さまは、十五歳(じゅうごさい)の時(とき)に后(きさき)さまと婚礼(こんれい)を結(むす)び、三人(さんにん)の皇女(ひめみこ)さまをもうけましたが、自分(じぶん)の後継者(こうけいしゃ)となる男子(おのこ)がいないことが王(おう)さまの気(き)がかりでした。


 そんなある年(とし)のことです。后(きさき)さまが四人目(よにんめ)の子(こ)どもを身(み)ごもられ、このことはすぐ王(おう)さまの耳(みみ)にも入(はい)りました。


「な、なんと。でかした。今度(こんど)はきっと皇子(みこ)だ。立派(りっぱ)な皇子(みこ)を生(う)んでくれよ」

「まあ、王(おう)さまったら。気(き)が早(はや)いこと」


 后(きさき)さまは、普段(ふだん)の冷静(れいせい)さを崩(くず)さないまま答(こた)えます。一方王(いっぽうおう)さまはというと、皇子(みこ)が生(う)まれるのはまだか、と毎日(まいにち)のように言(い)っておりました。


 そうして日(ひ)を重(かさ)ねていくうちに、后(きさき)さまのおなかは徐々(じょじょ)に大(おお)きくなり、稲(いね)が豊作(ほうさく)となった月(つき)に、后(きさき)さまは臨月(りんげつ)を迎(むか)えられました。


「おお、そろそろ皇子(みこ)が生(う)まれるころだな。どれ、体調(たいちょう)はどうだ。すぐにでも名(な)のある薬師(くすし)や呪(まじな)い師(し)を呼(よ)ばせるか」

「まあ、王(おう)さま。そう焦(あせ)らなくとも、和子(わこ)さまはきっと無事(ぶじ)に生(う)まれてきますよ」


 王(おう)さまと后(きさき)さまがそうやり取(と)りしたのもつかの間(ま)、后(きさき)さまは突然(とつぜん)の病(やまい)に倒(たお)れられたのです。


 王(おう)さまは、すぐに薬師(くすし)や呪(まじな)い師(し)を呼(よ)び寄(よ)せました。けれども、后(きさき)さまの体調(たいちょう)が良(よ)くなる気配(けはい)はありません。幼(おさな)い三人(さんにん)の皇女(ひめみこ)さまたちも、后(きさき)さまを心配(しんぱい)して、顔(かお)を赤(あか)らめています。

 そして一晩(ひとばん)が経(た)ち、王(おう)さまがこうした状況(じょうきょう)にしびれを切(き)らしていたとき、呪(まじな)い師(し)の老女(ろうじょ)が一人(ひとり)、王(おう)さまのもとに近(ちか)づき、深(ふか)く礼(れい)をしました。彼女(かのじょ)は、呼(よ)び寄(よ)せられた者(もの)たちの中(なか)で最(もっと)も年長(ねんちょう)であり、王(おう)さまもそんな呪(まじな)い師(し)を前(まえ)に思(おも)わず固唾(かたず)を呑(の)みます。


「王(おう)さま、畏(おそ)れながら申(もう)し上(あ)げます。后(きさき)さまは、どうやら根(ね)の国(くに)の神(かみ)の機嫌(きげん)を損(そこ)なわれたようで、神(かみ)がお怒(いか)りになって后(きさき)さま、和子(わこ)さまへ災(わざわ)いをもたらしているようです」

「根(ね)の国(くに)の神(かみ)が……そうか」


 呪(まじな)い師(し)の言葉(ことば)に、王(おう)さまは神妙(しんみょう)な面持(おもも)ちで応(おう)じます。根(ね)の国(くに)とは、死(し)んだ後(あと)に行(い)く場所(ばしょ)であり、一度(いちど)そこに行(い)ってしまえばまず帰(かえ)っては来(こ)られないと伝(つた)えられていました。


「ですが王(おう)さま、あきらめてはなりません。后(きさき)さまと和子(わこ)さま、お二人(ふたり)を根(ね)の国(くに)の神(かみ)から解(と)き放(はな)つ方法(ほうほう)がございます」


 呪(まじな)い師(し)がそう告(つ)げるや否(いな)や、王(おう)さまの目(め)の色(いろ)が変(か)わりました。王(おう)さまの目線(めせん)が眼前(がんぜん)の老女(ろうじょ)に注(そそ)がれていきます。


「なんと。して、その方法(ほうほう)とは」

「このクニの者(もの)たち、すべてが一丸(いちがん)となって后(きさき)さまと和子(わこ)さま、双方(そうほう)のご無事(ぶじ)を祈(いの)るのです。人(ひと)ばかりでなく、草木(そうもく)や虫魚(ちゅうぎょ)、禽獣(きんじゅう)に至(いた)るまで……生(い)きとし生(い)ける者(もの)、みなで祈(いの)るのです。さすれば、根(ね)の国(くに)の神(かみ)はその力(ちから)を恐(おそ)れ、お二人(ふたり)を解放(かいほう)なさいます」

「まことか」


 王(おう)さまは、にわかには信(しん)じがたいといった様子(ようす)で呪(まじな)い師(し)を見(み)つめていましたが、しばし沈黙(ちんもく)したのち、意(い)を決(けっ)したかのように小(ちい)さく頷(うなず)きました。


「分(わ)かった。二人(ふたり)の生命(いのち)を助(たす)けるにはそれより他(ほか)に方法(ほうほう)がないというなら、余(よ)はそれに従(したが)おう。さっそく臣下(しんか)の者(もの)、クニの民(たみ)に命(めい)じて、后(きさき)と皇子(みこ)の快癒(かいゆ)を祈(いの)らせよう。けして二人(ふたり)を根(ね)の国(くに)へ行(い)かせはせぬ」


 こうして、王(おう)さまはすぐにクニ全体(ぜんたい)へ二人(ふたり)の無事(ぶじ)を祈(いの)るよう、命令(めいれい)を出(だ)されました。


 王(おう)さまの側(そば)にお仕(つか)えする豪族(ごうぞく)たち、クニを守(まも)る兵士(へいし)たち、それぞれの生活(せいかつ)を送(おく)る子(こ)どもから老(お)いた者(もの)に至(いた)るまで。さらに、古墳造(こふんづく)りに従事(じゅうじ)していた者(もの)たちも、このときばかりは作業(さぎょう)を休(やす)んで、ひたすら祈(いの)り続(つづ)けました。


 それでも、后(きさき)さまとおなかの子(こ)どもは危険(きけん)な状態(じょうたい)でした。


「余(よ)の命令(めいれい)をクニ全体(ぜんたい)に伝播(でんぱ)させ、民(たみ)や兵士(へいし)たち、さらには余(よ)の娘(むすめ)たちもみなが祈(いの)ってくれているというのに、まだ足(た)りぬというか。それならば」


 すると王(おう)さまは、宮殿(きゅうでん)の外(そと)へと飛(と)び出(だ)しました。すると突然(とつぜん)、大粒(おおつぶ)の雨(あめ)が降(ふ)り始(はじ)め、その勢(いきお)いは間(ま)もなく大滝(おおたき)のごとく激(はげ)しさを増(ま)していきます。

 それでも、王(おう)さまは裸足(はだし)のまま、ぬかるんだ地(ち)を踏(ふ)み、大仰(おおぎょう)に両手(りょうて)を広(ひろ)げると、空(そら)を仰(あお)ぎます。


「天地(あめつち)の神々(かみがみ)よ、あらゆる神(かみ)と共(とも)にこの地(ち)に根付(ねづ)きし者(もの)たちよ、聞(き)け! 今(いま)まさに生(う)まれようとす生命(いのち)が、このクニの空気(くうき)を吸(す)うより前(まえ)に、根(ね)の国(くに)に誘(いざな)われようとしている! 神々(かみがみ)よ、草木(そうもく)よ、虫魚(ちゅうぎょ)、禽獣(きんじゅう)よ。間(ま)もなく余(よ)の妻(つま)と子(こ)を幽世(かくりよ)へ連(つ)れて行(い)く、それが定(さだ)めだというか。後生一生(ごしょういっしょう)、余(よ)の望(のぞ)みはただ一(ひと)つ。余(よ)の大切(たいせつ)な后(きさき)と子(こ)を、無事(ぶじ)この現世(うつしよ)に留(とど)め置(お)くことのみ。他(ほか)は何(なに)も望(のぞ)まぬ。余(よ)の願(ねが)いを聞(き)き届(とど)けるならば、天(てん)よ晴(は)れ渡(わた)れ、万象(ばんしょう)よ余(よ)のもとに集(つど)い給(たま)え!」


 するとどうでしょう。王(おう)さまの目(め)の前(まえ)で降(ふ)り続(つづ)いていた雨(あめ)はぴたと止(や)み、上空(じょうくう)にあった雲(くも)は、たちまち散(ち)り散(ぢ)りになって消(き)えていきました。王(おう)さまの目(め)に、赤(あか)い夕日(ゆうひ)と黄色(きいろ)い空(そら)が映(うつ)ります。

 さらに、王(おう)さまのいる宮殿(きゅうでん)に向(む)かって、烏(からす)や犬猫(いぬねこ)たちがやって来(き)ていることに王(おう)さまは気(き)づきます。蝶(ちょう)や蛾(が)、加(くわ)えてクニに住(す)む人(ひと)たちも王(おう)さまの宮殿(きゅうでん)を訪(おとず)れ、敷地内(しきちない)はあっという間(ま)に大勢(おおぜい)の人(ひと)や動物(どうぶつ)たちでいっぱいになりました。目(め)の前(まえ)で繰(く)り広(ひろ)げられる光景(こうけい)に、王(おう)さまが口(くち)をぽかんと開(ひら)きながら眺(なが)めていると、宮(みや)の中(なか)から元気(げんき)のいい赤子(あかご)の泣(な)く声(こえ)が聞(き)こえてきました。


「おおっ、生(う)まれたのか。皇子(みこ)よ」


 王(おう)さまは、すぐさま后(きさき)さまのいる室(むろ)へと走(はし)っていきました。和子(わこ)さまの誕生(たんじょう)に色(いろ)めき立(た)つ豪族(ごうぞく)や侍女(じじょ)たちにも構(かま)わず、真(ま)っすぐに后(きさき)さまと和子(わこ)さまのいらっしゃる一室(いっしつ)へと入っていきます。


「おお、后(きさき)よ。よう生(う)んでくれた。ようやった」


 王(おう)さまは、息(いき)を整(ととの)えながら后(きさき)さまに向(む)かって言(い)いました。対(たい)する后(きさき)さまはというと、顔中(かおじゅう)に大量(たいりょう)の汗(あせ)を浮(う)かべ、荒(あら)い息(いき)を落(お)ち着(つ)かせながらも、側(そば)に控(ひか)える産婆(さんば)へ顔(かお)を向(む)けます。産婆(さんば)の骨(ほね)ばった手(て)の中(なか)で、全身(ぜんしん)を真(ま)っ赤(か)に染(そ)めた和子(わこ)さまが元気(げんき)な泣(な)き声(ごえ)を上(あ)げていました。

 産婆(さんば)は、そんな和子(わこ)さまの声(こえ)にも負(ま)けないほど、はっきりとした声(こえ)で王(おう)さまに言(い)いました。


「皇女(ひめみこ)さまでございました。御目出度(おめでと)う御座(ござ)ります」


 産婆(さんば)の言葉(ことば)を耳(みみ)にした王(おう)さまは、しばし呆然(ぼうぜん)としたのち、その場(ば)で両膝(りょうひざ)をつきました。王(おう)さまは、肌(はだ)が赤(あか)い皇女(ひめみこ)さまへと満面(まんめん)の笑顔(えがお)を向(む)けます。


「そうか、皇女(ひめみこ)であったか。そうか、そうか。この世(よ)に生(せい)を受(う)けるより前(まえ)に、大(おお)いなる神(かみ)の定(さだ)めを乗(の)り越(こ)えたそなたは、皇子(みこ)ではなく、皇女(ひめみこ)であったか」


 王(おう)さまは噛(か)みしめるように言(い)うと、生(う)まれたばかりの皇女(ひめみこ)さまの頭(あたま)をゆっくりと撫(な)でられました。后(きさき)さまと産婆(さんば)は、互(たが)いに顔(かお)を見合(みあ)わせると、静(しず)かに微笑(ほほえ)まれました。近(ちか)くに控(ひか)えていた三人(さんにん)の皇女(ひめみこ)さまたちや、薬師(くすし)や呪(まじな)い師(し)も、穏(おだ)やかな面持(おもも)ちで二人(ふたり)の様子(ようす)を見(み)つめられ、室(むろ)の外(そと)からはクニの民(たみ)や兵士(へいし)たちの大(おお)きな歓声(かんせい)も聞(き)こえてきます。


「大勢(おおぜい)の者(もの)たちから祝福(しゅくふく)されて生(う)まれたそなたは、きっとこの先(さき)、どの男子(おのこ)よりも立派(りっぱ)にこのクニを、あるいは倭国(わこく)を、治(おさ)めてゆくのやもしれんな」


 王(おう)さまが得意(とくい)げに呟(つぶや)くと、皇女(ひめみこ)さまの真(ま)っ赤(か)な顔(かお)は見(み)る見(み)るうちに笑顔(えがお)になりました。やがて、産婆(さんば)の手(て)から王(おう)さまの大(おお)きな手(て)へと渡(わた)った皇女(ひめみこ)さまは、王(おう)さまの温(あたた)かい手(て)のひらに包(つつ)まれて、元気(げんき)な産声(うぶごえ)を上(あ)げられました。




皇子誕生(みこたんじょう)/おしまい

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― 新着の感想 ―
[良い点] うわあ。 荘厳な歴史的「めでたい話」ですね…… それでありがながら、天神さんのこなれた文章ですいっと詰まることなく、読めました。 これは、すごいことだと思います。 重厚な、めでたい童話、…
[良い点] 時代設定も語り口も好みでした。 読みやすい文体でした。 それにしても「皇子誕生」 なのに……^^;
[一言] 幸魂奇魂守給幸給 (さきみたま・くしみたま・まもりたまえ・さきはえたまえ) という祝詞が思い出されました。 誕生というテーマが良いですね。 小さな子供に語りたい(教えたい)内容です。 読ま…
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