第26話:武闘大会とデビューライブ
第零工房の訓練場には、今日もアルドの威勢のいい声と金属音が響き渡っていた。
「おい相棒! 今の俺の太刀筋、どうだった!?」
アルドが腰の剣に話しかけると、彼の頭の中にだけ、忌々しげな声が響く。
(悪くねえが、踏み込みが甘え。もっと腰を入れろってんだ、このヘッポコ!)
「へっ、うるせえな!」
虚空に向かって悪態をつきながらも、アルドの顔はどこか楽しげだ。札付きのワルだった騎士と、俺が魂をプロデュースした自我を持つ剣――その名も『レイジ・ブリンガー』――のコンビは、俺の想像を遥かに超える化学反応を見せていた。傍から見ればただの独り言だが、二人の間では確かに魂の会話が交わされ、その連携は日増しに洗練されていく。その光景を、俺は腕を組んで満足げに眺めていた。
「素晴らしい…! 最高の相棒の誕生だ。この子たちなら、どんなステージでも観客を沸かせられるに違いない」
俺の隣で、騎士団長のベアトリスが、手にした羊皮紙に何やらカリカリと書きつけている。
「…魔剣との精神感応…。アルドはすでに、あの剣の魂に精神を蝕まれ始めている。独り言に見えるあの会話は、思考を乗っ取られる前兆か…。恐ろしい男…」
彼女のブツブツという呟きは、もはや俺の耳には届かない。彼女の脳内では、俺はすでに悪の組織のカリスマ総帥なのだ。
そんなある日、執事長のセバスチャンが、一枚の公式文書を手に工房へとやってきた。
「工房長。ルミナス公爵閣下より、お達しにございます。来月、王都で催される『建国記念武闘大会』にて、我が第零工房の成果を披露せよ、とのことにございます」
「武闘大会…! なるほど、最高のデビューライブの舞台じゃないか!」
俺のプロデューサー魂に、再び火がついた。
「よし、みんな聞いてくれ! 我らが第零工房の初仕事だ! この武闘大会を、俺たちのアイドルユニット『アルド&レイジ・ブリンガー』の、記念すべきデビューライブとする! 目標は、優勝じゃない! いかに観客の心を掴み、熱狂させるかだ!」
俺が高らかに宣言すると、メンバーの反応は三者三様に分かれた。
「ライブ…でございますか。つまり、実戦形式の公開演習にて、帝国の密偵に我々の実力を誇示し、牽制なさるおつもりですな。承知いたしました」
セバスチャンは、俺の意図を完璧に(勘違いして)汲み取ってくれた。その解釈、70点くらいは合ってるからタチが悪い。
「ふむ! 敵を倒すだけでは芸がない、か! 敵を圧倒し、王国の民の士気を高めるための『見世物』としての戦い…! フィン師の考えは、常にワシらの上を行くわい!」
バルバロッサも、目を輝かせている。彼の中では、俺はもはやドワーフの伝説に登場する鍛冶神の生まれ変わりか何かだ。
「で、でびゅーらいぶ…! 私も、何かお手伝いできることはありますか!?」
ハンナは、目をキラキラさせて俺に詰め寄ってきた。その豊満な胸が、俺の腕に柔らかく当たっている。いかんいかん、今は仕事中だ。
「もちろんさ! アイドルのステージには、ファンの熱い『応援』が不可欠だ! 君には、アルドのパフォーマンスを盛り上げる、最高のサポーターになってもらう!」
俺はハンナに、工房にあった鳥の羽を束ねて作った即席のポンポンを手渡し、簡単な振り付けと応援コールを教え始めた。
「いいか、ハンナ!『コールアンドレスポンス』が重要なんだ! アルドが決めポーズをしたら、『きゃー! アルド様ー!』って叫ぶんだ! これで会場のボルテージは最高潮に達する!」
「こーるあんど…れすぽんす…? はいっ! やってみます!」
素直なハンナが、見よう見ねでポンポンを振る。その動きに合わせて、彼女の健康的な体が躍動し、俺の視線は重力に従って自然と下に…いや、違う、応援の振り付けにだ。あくまで振り付けだ。
この一連のやり取りを、ベアトリスが顔面蒼白で見つめていた。
(始まった…! 魔人の、新たな儀式が…! あの娘に、奇妙な呪具を持たせ、謎の詠唱を教えている…! あれは間違いなく、戦闘中の味方の能力を増幅させ、精神を昂揚させるための、古代の巫女が使ったとされる戦闘舞踊の一種! なんてこと…あんな純粋な娘を、自らの狂信者に仕立て上げるなんて…!)
俺は次に、主役であるアルドに向き直った。
「アルド! 敵を倒すだけじゃ三流だ。いかに観客を魅了するかが、一流のアイドルってもんだ!」
俺は、古代ローマの剣闘士が、ただ戦うだけでなく、観客を沸かせるためのショーマンシップを重視したという前世の知識を元に、彼に「魅せる剣術」を叩き込み始めた。
「いいか、攻撃の後に、無駄にクルッと一回転してみろ。そして、この決めポーズだ!」
俺がビシッとポーズを決めると、アルドは「だっせえ…」と呟いた。
「やかましい! これが『ファンサービス』だ! 敵の意表を突き、観客のハートを鷲掴みにする、高等テクニックなんだよ!」
(ふぁん…さーびす…)
ベアトリスは、ゴクリと喉を鳴らした。
(一見、無駄に見える回転動作…。しかし、あれは遠心力を利用して次の攻撃の威力を高めると同時に、敵の視線を惑わすためのフェイント! そして、あの奇妙な静止は、敵に攻撃の終わりを誤認させ、油断を誘う罠! さらに『ハートを鷲掴みにする』…!? まさか、文字通り、敵兵の心臓を一撃で抉り出す暗殺術の隠語か! なんという狡猾で、洗練された戦闘術なの…!)
彼女の勘違いは、もはや芸術の域に達していた。
「それにしても、工房長のプロデュース理論にはいつも驚かされますな」
セバスチャンが、感心したように俺に語りかける。
「応援が、対象の能力を本当に引き上げるというお話…実に興味深い」
「ああ、それね。俺の故郷じゃ常識だったんだけど、『ピグマリオン効果』って言って、人の期待や応援は、対象のパフォーマンスを実際に向上させることが、まあ、経験則として知られてるんですよ。心理学的なもんだけど」
プラシーボ効果とも言うな。病は気から、応援は力から、ってことだ。
「ぴぐまりおん…? しんりがく…?」
セバスチャンと、話を聞いていたバルバロッサは、顔を見合わせた。
「工房長がまた、我々には理解できぬ、深遠なる世界の法則について語っておられる…」
「うむ。フィン師の故郷とは、一体どれほど進んだ知識を持つ地なのだ…」
俺の浅い心理学の知識は、彼らにとっては神の啓示か何かに聞こえているらしい。
こうして、俺たちの「デビューライブ」に向けた、勘違いだらけの猛特訓が始まった。




