第27話:勘違いのデビューライブ
建国記念武闘大会の当日。王都大闘技場は、地鳴りのような歓声と興奮で満ち溢れていた。
貴賓席にはルミナス公爵や王国の重鎮たちが、そして一般席に紛れて各国の密偵たちが顔を揃えている。その一角で、我らが第零工房のメンバーも戦況を見守っていた。
「いよいよですね、工房長。お手並み拝見と参りましょう」
セバスチャンが、穏やかな笑みで言う。隣ではバルバロッサが「うむ、ワシとフィン師の魂を宿した剣が、どう暴れるか楽しみじゃわい」と、自慢の髭を扱いている。
俺、フィン・アッシュフォージは、ステージ袖をのぞき込むアイドルのプロデューサーのように、落ち着かない気分で闘技場を見下ろしていた。
「出場者、入場!」
アナウンスと共に、屈強な騎士たちが次々と入場してくる。その中に、ひときわ異彩を放つ男がいた。我らが第零工房の秘密兵器、アルドだ。彼はわざと肩を揺らし、少しチャラついた態度で歩いている。
「なによ、あの騎士。やる気あるのかしら」
「見たことない紋章ね…どこの田舎貴族かしら」
観客席から、ひそひそと嘲笑が漏れる。
「ふん、計算通りだ。まずは観客を油断させる。そこからのギャップが、最高のスパイスになるんだよ」
俺の呟きを聞いたベアトリスが、青い顔で羊皮紙にメモを取る。
(…観客の油断。つまり、敵国の密偵の警戒心を解くための、高度な情報戦術…。この男、戦場を支配するだけでは飽き足らず、観客の心理すらも掌握しようというのか…!)
いよいよ、アルドの一回戦が始まった。
相手は、優勝候補の一角と目される、巨大な戦斧を携えた重装騎士だ。誰が見ても、アルドの不利は明白だった。
その瞬間、俺はハンナに合図を送った。
「ハンナ、今だ!」
「は、はいっ!」
ハンナは立ち上がると、俺が作った即席のポンポンを両手に持ち、大きく息を吸い込んだ。
「フレー! フレー! ア・ル・ド! いけいけ、アルドー!」
闘技場に、場違いなほど可愛らしい声援が響き渡る。観客は「何だあれは?」とポカンとし、重装騎士は眉をひそめた。
「いくぜ、相棒!」
アルドが威勢よく叫ぶと、彼の頭の中にだけ、相棒の声が響いた。
(おうよ! あのデクノボウを、さっさとステージから引きずり下ろしてやるぜ!)
アルドは叫ぶと、重装騎士に向かって突進した。そして、相手の戦斧をかいくぐり、すれ違いざまに、クルリと一回転! さらに、ビシッと謎のポーズを決めた!
闘技場は、完全に静まり返った。
「…ふざけているのか?」
観客の誰もがそう思った。しかし、貴賓席の面々の解釈は、カオスの極みにあった。
ルミナス公爵:「ほう…! あれがフィンの言う『ライブ』か! 敵の度肝を抜くとは、面白い! まるで宮廷道化師の奇抜な舞のようだ!」
ベアトリス:「(来た…! ハンナの戦闘舞踊による強化! そしてアルドの暗殺剣『ファンサービス』! あの回転は、敵の死角に入り込みつつ、次の攻撃の威力を高める予備動作! ポーズは、敵に己の力量を誤認させるための、致命的な罠だわ!)」
セバスチャン:「(なるほど。一見無駄な動きで敵を挑発し、冷静さを失わせる。心理戦ですな。工房長の言う『ピグマリオン効果』とやらが、ハンナ嬢の応援によって発動しているのでしょう)」
バルバロッサ:「(うむ! あの回転、ドワーフの『渦巻き打ち』の応用じゃ! 遠心力を利用して、鎧の薄い部分を狙うための布石! 鉄の魂の声が、肉体を通して舞になっておる! なんという斬新な鍛冶表現!)」
そして、一番遠い席で観戦していた帝国の密偵は、冷や汗を流していた。
「(なんだ、あの動きは…!? 我々の戦闘データに一切ない、予測不能な機動…。そして、あの娘の応援! 声に微弱な魔力が乗っている! まさか、詠唱破棄による集団強化魔法だと!? 恐るべき王国! あの男、フィン・アッシュフォージ…彼のプロデュースする兵士は、皆、あのような動きをするというのか!?)」
重装騎士は、アルドの奇行に完全にペースを乱されていた。
「こ、この若造が…! なめるな!」
彼が怒りに任せて戦斧を振り下ろした、その瞬間。
アルドの頭の中に、レイジ・ブリンガーの声が響いた。
(今だ、ヘッポコ! 鎧の隙間、脇の下ががら空きだ!)
騎士のプレートアーマーは、胸や背中などの主要部分は分厚い鋼鉄で守られているが、腕の付け根や股関節などの可動域を確保する部分は、比較的防御の薄いチェインメイルなどで繋がれている。そこが、最大の弱点なのだ。これは、防御力と機動性を両立させるための、構造上の必然なのである。
「もらったぁ!」
アルドは、回転の勢いを乗せた剣閃を、重装騎士の脇の下に、正確に叩き込んだ!
ガシャァン! という派手な音と共に、重装騎士の鎧の一部が砕け散り、彼はその場に膝をついた。
「しょ、勝者、アルド!」
審判が、呆気に取られながらも勝利を宣告する。
アルドは勝ち名乗りを受けると、観客席に向かって、俺が教えた決めポーズを再びビシッと決めた。
最初は呆れていた観客席から、パラパラと拍手が起こり、やがてそれは大きな歓声へと変わっていった。特に、若い女性客たちが「何だかよく分からないけど、すごい!」「あの決めポーズ、ちょっと格好良いかも…!」と色めき立っている。
「きゃー! アルド様ー! 素敵ー!」
ハンナの絶叫が、勝利のファンファーレのように響き渡った。
「よし、最高のデビューライブだったな! 観客のハートは鷲掴みにした!」
俺は満足げに頷くと、大役を果たしたハンナの頭を優しく撫でた。
「よくやったな、ハンナ。お前の応援が、最高の『起爆剤』になったぜ」
「えへへ…」
ハンナは顔を真っ赤にして俯く。その健康的なうなじと、汗で張り付いた髪筋が、なんとも…けしからん。
この光景を見て、ベアトリスは確信を深めていた。
(間違いない…。魔人が、忠実な巫女を労っている…。あの撫でる仕草は、魔力を分け与えるための、契約の儀式に違いないわ…!)
こうして、第零工房は、武闘大会という華々しい舞台で、衝撃的なデビューを飾った。
そして、俺という存在は、王都の人間にとって、「理解不能だが、とてつもなくヤバい奴」という、新たな伝説の1ページを刻み込むことになったのである。




