18・些細な喧嘩を
「さてマック。剣の構えはどれほど出来るかの?」
「片手剣で基本の構え4つと素振りぐらいでしたら。両手剣はまだ早いと持たせてもらった事はありません」
「……なぁ、おい。爺」
「まぁ、8歳ならそんなものか。ではその構えと素振りをこれで実際にやってみておくれ」
「分かりました。確認、よろしくお願いします」
「……おい、こら。くそ爺ぃ」
「ふむふむ。基礎は出来てるようじゃが、重さに身体が持っていかれとる。マックはまず、その為の体力作りで走り込みと運動からかの」
「はい、ありがとうございました」
「あーあ。ついに耳が聞こえなくなりましたかー、この耄碌爺ぃー……ってぇぇぇ!!」
迷いなく一直線にボクの目の前を弾丸の様に飛んでいった木の短剣が、広場の端に正座で座らせられていたアストーの額に直撃した
痛みでのたうち回る彼のその姿を見て、いい気味だとフッと鼻で笑ったらシジマのお爺さんにデコピンされた
ちょっとお爺さん、地味に痛いのですけど
「そう、人を蔑むものではないぞマック」
「……すいませんでした、気を付けます」
「うむ。さぁ、この広場でまずは30周走ってきなさい。ほれ、いつまで寝転んでおるかアストー! お前も30周走り直しじゃぞ!!」
「はぁっ!?寝転んでねぇーし!!てか、何でまた走らないといけないんだよ!?」
「さっきから全く集中出来とらんじゃろうが。走って頭を冷やしてこんかい、この馬鹿弟子が!!」
怒鳴るアストーとシジマのお爺さんの喧嘩をしり目に、ボクは言われた通り広場の外周を走り始める
彼の側を走り過ぎる時ついでとばかりにもう一度、彼を見下ろしながらフッと鼻で笑っておいた
案の定、不機嫌そうな顔のままこちらを睨み付けてきたアストーは、飛び起きてボクの元へと走って追い付いてきた
「お前、さっきオレの事を笑っただろ?」
「さて?何のことでしょう??ボクにはさっぱり分かりませんね」
「年下の癖に生意気だな、このチビすけが」
「年上の癖に大人げない態度ですね。あと、身長そんなに変わりませんからチビはお互い様ですよ」
「あぁ?オレの方が先輩なんだから偉そうなのは当たり前だろうが。それに、身長もお前の方が低いからチビであってるだろ」
「こんな横暴な態度の先輩なんてこちらからお断りです。身長だって成長期まだなんで、明日にでも抜かしてやりますよ」
「はっ、言うじゃねぇのチビが。そんな嫌味ばっかだと嫌われるぞ」
「問題ないですよ。貴方には特に好かれたく無いですから、どうぞ嫌ってください」
「奇遇だな。オレもお前みたいなネチネチと嫌味ばかり言う奴は大っ嫌いで、清々するわ!!」
「ええ、奇遇ですね。ボクも貴方みたいな上から偉そうな態度で言う傲慢野郎は、大っ嫌いですから」
売り言葉に、買い言葉
2人仲良く揃って走っているが、話している内容は仲良くとは程遠い会話であった
「貧弱、皮肉野郎、頭でっかち、ひねくれが」
「脳筋、図々しい、無鉄砲野郎、馬鹿正直め」
10周目、20周目、さらに30周を目指して走る
争う会話と同じように、走る速度も競い会うように徐々に早くなってきて、段々と直接的な悪口を言い合うだけになっていく
「おらっ、息が、上がってんぞ?おチビくん」
「何をっ、貴方も、同じでしょ?おチビさん」
ほぼ全力疾走で30周目に突入して、それに比例して喧嘩の内容も酷くなっていく
「早く、諦めて、くたばれや。この偏屈、ボッチの、捨てられ、チビが!!」
「そっちこそ、早く、倒れろ。そんなの、だから、捨てられたん、ですよ!!」
「お前ぇ!!言わせておけばっ!!」
「うるさいっ!!そちらこそっ!!」
30周目が終わったと同時に互いに雄叫びを上げて、相手の顔面に向かって拳をはなつ
走って体力も尽きかけていたところに、避ける余裕なんて無く、痛みと口の中に広がる血の味を噛み締めて、その場に2人して仰向けで倒れこんだ
見上げた空は、いつの間にか茜色の混じった夕暮れ前の空だった
「……殴るとか、痛いんですけど」
「……お前も殴ったから、お互い様だろ」
起き上がる気力がわかず、地面に倒れこんだまま文句を言えば、アストーも起き上がることはなく仰向けで返事が返ってきた
「暴力者。こんな幼気な子供の顔面狙うとか、どうゆう神経してるのか疑います」
「自分で幼気なとか、馬っ鹿じゃねーの。ムカつく顔面が目の前にあったのが悪いんだよ」
「これだから単細胞は。もう少し考えて行動してはどうです」
「黙れよへそ曲がりめ。こんな奴の親の顔がどんなものか拝みたいぜ」
「……いませんよ。親も、兄妹も、家族なんて」
美しい空の景色がにじむ
もういないのだ、誰も。尊敬していた父も、何もしてあげられなかった母も、最後まで庇ってくれた兄も、優しかったはずの姉も。全員、ボクのせいで、誰もこの世にはいないのだ
出そうになった泣き声を飲み込んで、土と汗にまみれた袖で溢れる涙をぬぐう
静かな広場にこぼれる嗚咽が嫌で仕方ないけれど、止め方が分からなくて再び涙をながす
「ちょっ!?おい!? 泣くほど嫌だったんなら先に言えよ!?」
「泣いて、なんか……グズッ、いないでず……」
「嘘つけ!!こんな事で、いちいち見栄をはるな」
「うぅ……。見栄なんで、はっでまぜん……」
「あぁ、もうっ!!オレが悪かったから、いい加減に泣き止めって!!」
「だがら、泣いてなんで、無いでずからぁ……」
すすり泣くボクの傍らに上半身だけ起こした状態で近付いたアストーは、言葉の強さとは真逆の優しい手つきで頭を撫でる
情けなさに、さらに泣きそうになったけれどもグッと堪えて落ちつくのを待った
「…………ご迷惑おかけしました」
「いや、なんだ。オレも言い過ぎて悪かったよ」
「ボクの方こそ。少し貴方が嫌いな人に似ていたもので、つい言い過ぎました」
「それはそれで嫌な真実を知ったわ。嫌いな奴とオレがそんなに似てたのか?」
「上から目線なところと、髪の色ぐらいですが」
「へぇー。結構どこにでもいる髪色だと思うけど」
くるりと軽く指に髪を巻きつけて、まじまじと見つめている
「さて、お互いに気は済んだかの?」
今まで何も言わず傍観していたシジマのお爺さんが、ボク達に声をかけながら歩いてきた
目線を合わせて2人揃って小さく頷けば、何やら満足そうに彼も頷く
「ならほれ、仲直りの握手で今日はもう終いじゃ」
ボクに向かって無言だが、迷わず差し出された右手
同じく無言で右手を伸ばし、力強く握りしめた




