わたしは完璧に負けました
朝玄関を出てドキッとする。
源さん姉妹とタイミングが全く同じだったからだ。
始業時間が同じだし乗る電車が同じだから当たり前といえば当たり前なんだが心臓に悪い。
「おはよう」「おはよっ」
「おはようございます」
丁寧なのが俺、もちろん年上相手だから。
最初は二人の後ろを俺が歩いていたのだが、会長が速度を落として俺の左に来たので自然と二人に挟まれる格好になる。
きまずい。
世の中の男どもはこんなとき、どちらにどんな話題で話しかけるんだろうか。
この無言の間がこわい。
思いっきり困ってしまったが何とか勇気を振り絞る。
「えっと会長と源さん」
二人がぷっと吹き出す。
「大和君それはないんじゃないの」
「そうだよそれ絶対変」
「と、言われても…」
「巴と陽菜でいいんじゃない」
「じゃあ巴さんと陽菜さん」
「お姉ちゃんは巴さんでいいけど私は陽菜って呼び捨てでいいよ」
「それ俺のほうに抵抗あるんですけど。誰もそんな呼びかたしてないでしょ。組のやつらになんていわれるか」
「お姉ちゃんと結婚すればそれが普通だから」
「え?おれが巴さんと」
「ちょっとそれなに!」
結局冗談だったみたいで近接武器がどのうのこうのとか、色気の無い話が学校まで続いた。
俺は知らなかったけどVRFFでこの二人とは何度も対戦していたらしい。
もちろん俺の圧勝で、あそこまでわたし達が完璧に負けたのは初めてだったといわれた。
俺は警戒していたが学校でも帰り道でも何事もなくイベントのときを迎えた。
「お~ほほほ…以下恥ずかしいから省略」
渡された台本通りに恥ずかしい雄たけびをあげ、プレイヤーの集団の中にとびこむ。
俺がいるのは低レベルの森のフィールド。
あらかじめイベント開始地点は公表されているが、どのGMが出てくるのかは秘密になっている。
「あたりだ、ラッキー」
「こっちへ集合」
襲い掛かってくるプレイヤー達をステップでかわしながら必殺の一撃を叩き込んでいく。
「こいつあたらねぇ」
見通しが悪く、範囲攻撃つまり武器を振り回しにくく障害物で魔法も使いづらい。
ボス並みのHPをもつ俺は全く負ける要素が無い。
結局自爆スキルに巻き込まれてHPが少し減っただけだった。
累々たる屍の山。
たまらん、ストレス解消。
最後に「うぉ~~~」と、大きく雄たけびを上げてやった。
その日はGM13人の内7人が討伐された。
次のイベントは次の日曜日。
翌朝また二人に挟まれる。
「大和、昨日はすっごかったみたいね」
「そうそう、ネットでもあれは悪魔だとか、それにGMサタンとかが降臨してとんでもない大騒ぎ。悪魔が出てきて地獄仕様があたりまえだって。見てたら朝でもう眠くって。」
結局二人とも俺に敬称を付けないことになりました。
「陽菜たちはどうだった?」
こう呼び捨てにするだけでまだドキドキする。
チェリーでごめん。
絶対にリリスは最初から開けたところにでないと思って、初級の荒野にしたわ」
「荒野ってマンモン倒したの?大罪クラスじゃないか」
「そうそう。ほとんどだめかとおもったけどペア組んだのがヒーラー同士で最後まで残れたの。でも二人ともゴミみたいな指輪が一個ずつ」
「へぇ、ふたりともすごいね。ダメージが入ったんだ。それ捨てちゃだめだよ」
「分かってるけどそんなこと言っていいのかな?」
「まあ一般常識として」
「そうしておきましょう」
「ヒーラーでダメージが入るってメイス神官と物理巫女?」
「大当たり、って言いたいけど少し違うよ」
「なんだろう、巴さんには薙刀のイメージしかないんだけど、わからない」
「私は、剣と鈴。陽菜が両手メイス」
「えっ!両手?あのごっついのを振り回すんだ」
「そうそう」
そんな会話をして歩いていたが、駅を降りたところから誰かの纏わりつくような視線を感じるようになった。
だれだ。とりとめも無い話をしながらもちらちらと動く視線で二人も周りに意識を広げているのが分かる。
怪しいやつがひとり。
なぜか男の割合が高い昼休み、一人でいると上杉につかまった。
「お前二日連続で源さんとなぜ一緒だったんだ?」
「降りた電車が一緒だったからだろう」
こいつはモテ男だが裏は分からん。
俺たちもてない男の中ではそういう評価がある。
絶対に妬みではないし、女どもはなぜそれが判らないのかと言いたい。
ブレザーの襟元ををつかまれた。
「おい、聞いているんだ。俺の女に手を出しやがって何様のつもりだ」
やはりこいつがストーカー野郎か。
上杉がでかい声を出すのでみんながこっちを見ている。
あえて俺が立っている場所、防犯カメラの前だ。
録音もしている。
「なんのことだ。放せよ、パンが売り切れるんだ」
「おい、お前らはどういう関係なんだと聞いているんだ」
しつこいやつだな。
「巴さんと俺なら厄介ごとを押し付けた生徒会長と、断れなかった下級生の関係だ。それがどうした」
「お前、巴さんに誘われてたのか」
「そいつ巴さんから赤紙もらってたぞ」
周りの連中はタイミングのいいフォローが横から入って丸く治まったと思ったが、やつにとって運の悪いことも起きるもの。
「大和お昼一緒に食べよ」
と遠くから陽菜の声がかかる。
「陽菜とは一緒に昼飯食べる仲だ」
「きさまー」
衆人環視の中、オリンピック体操代表候補の放つ懇親の右ストレートは俺の左耳ぎりぎりを掠めて後ろの柱を殴った。
あ~あ。
上杉は暴力事件を起こしたためだけでなく、拳を複雑骨折して選手生命は絶望になった。
ストーカー事件を警察に訴えたところ、彼の電子末端から陽菜へのストーカーメール以外に恐喝メールやら恐喝材料の動画などが出てきて大騒ぎになった。
何があったのかは少年事件ということで公にはならなかったが、ストーカーメールの三分の一は差出人が分からず俺は警戒を解けなかった。
一週間毎日俺は三人で登校し、陽菜と二人で帰った。
それでもクラスメート達は俺たちを恋人同士とは見なかった。
あれは会長が陽菜さんにつけた番犬だ。
陽菜さんは犬をかわいがっておられるのだ。
毎晩家の周りをトレーニングと称してパトロールしているし、否定できないところが悔しい。
それを聞いて入院中の佐倉さんは楽しそうに笑った。