俺はたゆんたゆんが大好きです
可憐な少女が巨大な牛頭の鬼を翻弄して追い詰めていく。
簡素な巫女の衣装に真っ白な扇。
鬼の金棒は無駄に空気を切り裂き、轟音を立てて大地を陥没させる。
少女は軽やかなステップを踏み手に持つ扇で確実にダメージを与えていく。
流れるように動く漆黒の長い髪、と翻る純白の袖、雅楽が聞こえそうな時間のなかで鬼のHPはじわりじわりと減って0になる。
倒れた鬼が消えると同時にアナウンスがある。
「次ぎ行きます」
今度はゴブリンと呼ばれる小鬼が3匹。
巫女が突進してきたゴブリンを2発で倒す間にもう1匹が横殴りに槍を振るう。
ジャンプしてかわした着地点にもう1本の槍の横薙ぎ。
少女のHPが0になる。
「これだめでしょう」
「だめですね」
上のセリフが俺、下が開発の明智さん。
同じことについて同じ結論を出したみたいだが中身が全く異なる。
俺のだめ出しは、初期モンスターのゴブリンの範囲攻撃くらいで沈んじゃだめでしょう。
明智さんのだめ出しは、中盤ボスを初期の支援巫女で倒しちゃったらだめでしょう。
う~ん、お互いに頭の痛い話だ。
明智さんはリアルワールド社に入社2年目の技術者で、本来はキャラクター企画の担当者だ。
この微妙なバランス調整は、ちょっとばかり彼女の手に余るんじゃないか。
化粧もまったくしなくなった、目の下に隈をつけている明智さんを見てそう思う。
寝てないんだろうなぁ。
「生産特化キャラで…」
「おことわりです」
「…」
「それじゃぁまた明日」
まさかこんなに時間がかかるとは思わなかった。
VRマシン送りますから新しいのを始めてください。
はいはい。
これで済むと思っていた。
だがその予定は、試しに俺が魔法キャラでボス戦を行ってあっけなく崩れ去ってしまった。
そんなことをされると”ゲームバランスが崩れる”そうだ。
俺の知ったことではないのだが。
この2ヶ月間、暇があるとリアルワールド社に通って試行錯誤を繰り返している。
ありがたいことに学校では一時的な喧騒が収まり、元の俺のたち位置に戻ってしまった。
俺が、リアルファンタジーを含めてゲームの話を一切しないからだということもある。
ゲームをしていない俺が持っている知識はしゃべっちゃいけない新種族についてとか、企業秘密に関することなので、どれが重要なことかわからない以上俺は完全に沈黙を守ってる。
ただ見舞いに行く佐倉さんには許可をもらって少し話している。
彼女は免疫何とかとにかく難しい病気でまた入院してるんだけど、とにかく他に話題がなくてお互い黙り込んでしまうので急遽明智さんの上司の小田さんにメールして許可をもらったんだ。
話の分かる人でよかった。
何でこうなんだ、と何度目かのため息を明智さんとついたとき、イベント担当の細川さんがやって来た。
「大和君?イベントやるんだけど手伝ってくれる?バイト料だすよ」
俺は思いっきり暴れていいというので承諾した。
まさかあれをやらされるとは思わなかったんだ。
運営がここぞと広告を張ったので学校でも人だかりがあればイベントの話をしている。
ゲームのフィールドにゲームマスター、つまりGMがモンスターを引き連れて出現しそれを倒すというだけのシンプルなものではあるが、ドロップアイテムがいいのと、ボスやイベントモンスターに与えたダメージによってもらえるポイントで交換できる限定アイテムがいいので、事前に公表されているデータを食い入るように見ながら作戦を練っている人たちが多い。
源さんも参加するらしく付き合っているとのうわさのある上杉たちと打ち合わせに余念が無い。
上杉は体操のオリンピック候補で甘いマスクの持ち主というのもあるが、マンガの主人公のような明るい性格の持ち主で、違和感なくかわいい女の子達に取り巻かれている。
はっきり言ってこれほど差をつけられると、うらやむ対象にすらならない別世界の存在だと思い込むしかない。
VRFFにまだアカウントを持っていない俺はどの会話の輪にも入れず流れる時間を女の子に一通の手紙を渡されるまで過ごしていた。
かわいいピンクの便箋には、
”放課後生徒会室まで来てください。源 巴”。
はて。
「何だ、ラブレターもらったのかこいつ!って思ったら赤紙か。そういえば今の子生徒会の仕事を手伝ってたっけか」
後ろから覗き込んだ佐久間が気の毒そうにおれの肩をぽんぽんとたたいて去っていく。
周りの男どもの視線も俺から離れた。
生徒会長は源さんの姉で、当然のごとくビューティーでこの手紙をもらった男たちが誤解して大喜びで生徒会室に行くと、厄介ごとを押し付けられるだけで見事に轟沈させられるとのうわさだ。
実際おれも空手部の主将が手紙を握り締めて泣きながら生徒会室から出てきたのを見たことがある。
伝統のある私立のマンモス校にふさわしく、生徒会室も立派なつくりの一部屋で奥に会長室まで別にある。
そして俺は、執務している会長に少しまってて」とデスクの前に座らされている。
何度チェックしても俺は生徒会長に呼び出されるようなことはしていない。
「おまたせ、ちょっと見て欲しいんだけどこれあなたね」
こっちを向けたモニターに映っているのはVRRFのイベント特設ページ、その敵役GMキャラクター紹介の一部分。
女悪魔リリス、見ているのが恥ずかしいほど露出の多いぴっちりとした黒いレザー装備。
その妖艶なお姉さま悪魔の下にGMの紹介が名前だけある。
「なんで、あっ」
「認めたわね」
チェシャネコの笑い方ってこんなんだっけ。
「言えないのは分かるから黙って聞きなさい。一人だけ混じっている女性悪魔で、女性専用の神話級装備をドロップする。発表されている悪魔たちの中ではステータスが最も低し、攻撃が近接物理だけと単調。
つまり最も人気のあるボスにしては弱すぎるの。だから中に入るGMが只者ではないと推定できるの」
VRRFのプレイヤーの割合は男性のほうが多いのだが、ゲーム内では女性キャラの割合が高い。
だから、もっとも競争率の高いアイテムが簡単に取られてしまっては盛り上がりに欠けて困るという内輪の話を見事に会長はついている。
「べつに大和君が認めなくてもいいのよ、大和君がおっぱいをたゆんたゆんするのが大好きだってうわさが広がるだけだから」
「かりにそれで脅される男がいるとしてですが、別にどうってことは無いと言うでしょう。」
「でもたぶんどっかの病院にも届くと思うよ」
「それで、そのたゆんたゆん大好きとやらに何をさせたいんですかね」
会長の顔が真剣になる。
「陽菜がストーカーに付きまとわれてるの、守ってあげて」
「何で俺なんです。」
「あなたなら何とかしてくれると思ったからよ。無敵のチャンピオンさん」
「ゲームの中オンリーですが」
「うそはだめ。あなたが道場に通いだしたのを知っているから。…というのは置いといて。」
なんだよ。
「家、あなたの隣に引っ越すの。だからよ」
「最初からそういえばよろこんで協力いたしますが。おっぱいたゆんたゆんは聞かなかった事にします」
「残念ね、私もたゆんたゆんに自信あるから触らせてあげてもいいかなって思ったのに。イベントについては充分確証が取れて対策できるようになったから忘れてもらっていいわよ」
胸をそらしてチェシャネコが復活する。
なんてやつだ。
次の日、本当に引越しそばがうちに届いた。
古風なんだ。




