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特級万能鑑定調合官の私、絶対零度の公爵様と漆黒の執事に重すぎる愛で守られています2  作者: 志摩


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第8話 中和剤『銀華の浄癒』




 シュバッ……!!



 漆黒の鋼糸が鋭く夜風を切り裂き、同時にアルディスの放つ絶対零度の氷刃が回廊の空間を一瞬にして白銀へと凍てつかせていく。


「な……ッ!? くっ……!?」




 『妖毒のシェラ』は足元から這い上がる極冷の氷気と、縦横無尽に空間を縛り上げる鋼糸の檻に息を呑んだ。


 指先から毒煙を噴出させようと腕を掲げたその瞬間、ジュリアンの鋼糸がシェラの袖口と手首を寸分狂わず緊縛し、その動きを完全に封殺する。



「な、生意気な……! ほんの少し人間に戻った気になったからといって、私に勝てると思っているの、零号……ッ!?」



「いいえ。私は人間に戻ったのではありません」


 ジュリアンは冷徹なまでの静寂を身に纏い、滑らかに鋼糸を引き絞った。その赤い瞳には、激怒も憎悪もなく、ただ主の日常を害する排除対象を見据える、完璧な執事の矜持だけが宿っていた。




「私はお嬢様のおかげで、人間として大切なものを護る術を知ったのです。……あなたのような過去の亡霊に、奪わせはしません」


「くッ……あああぁぁッ!!」



 アルディスの氷脈がシェラを包み込み、その身体と毒気を一瞬で氷の結晶へと封じ込めた。崩れ落ちる氷塊とともに、裏で大聖堂の地下へと潜入を図っていたの暗殺部隊もまた、影の中で一掃され、音もなく静まり返った。





 回廊に漂っていた不快な毒香は完全に消え去り、夜風がただ清涼な空気だけを運んでくる。 



「……終わったな、ジュリアン」



「ハッ。ご助力、心より感謝申し上げます、アルディス様」



 二人は静かに頷き合うと、気配を消して大聖堂の地下調合室へと戻っていった。






◇◇◇



 地下調合室では、背後の脅威が去った中で、エルネの集中が極限の領域へと達していた。




 『特級万能鑑定調合』の七色の魔力光線が、アトランティクス王国から届けられた秘薬素材深海銀真珠の微粉末と月光海藻のエキスの抽出液を包み込んでいく。




「——最終段階。魔力回路の逆位相固定……結合(シンセシス)!」



 エルネの澄んだ声が地下室に響き渡ると同時に、大型の魔導坩堝から圧倒的な強度の銀と青の光芒線が溢れ出した。



 シュウゥゥ……。



 室内を包んでいた不快な黒灰の毒気が一瞬で打ち消され、満月の夜の海を思わせる清涼な魔力波動が満ちていく。




 坩堝の中に出来上がったのは、結晶のような透明度を誇る薄青色の液体。



 黒死灰の魔導崩壊を根本から分解・昇華させる奇跡の特効薬『銀華の浄癒』が、ついにここに完成した。




「完成……しました……! これが、黒死灰の毒素コアを昇華させる中和剤です!」



「……す、素晴らしい……っ!! なんという完璧な魔力伝導率だ……!」




 魔導氷結陣の維持に当たっていた軍医ブラックが、武者震いに身体を震わせた。すぐさま完成した銀華の浄癒が大聖堂の救護所へと運ばれ、苦しんでいた最重症の患者たちへと順次投与されていく。




 効果は劇的であった。



 患者たちの皮膚の下で禍々しく脈打っていた黒い魔力回路の汚濁が、薄青い光の粒子となって瞬く間に消滅していく。


 荒い呼吸に喘いでいた老人たちの脈拍が安定を取り戻し、身体が灰へと崩壊しかけていた子供たちの肌に、生身の温かな赤みが戻っていったのだ。



「……魔導回路の暴走が止まった! 毒素の完全分解を確認!」


「助かった……! 街が、助かったんだ……!!」



 死に瀕していた患者たちが次々と目を覚まし、救護所に地鳴りのような歓喜の叫びと涙が満ちあふれた。




「みなさんのご協力があったからです。本当に……よかった……」



 人々が歓喜に包まれる中、エルネは張り詰めていた緊張を解いた。


 しかし、不眠不休での限界を超えた魔力行使と調合の反動が、一気にその小さな身体へと押し寄せた。



「あ……」


 視界がぐらりと傾き、膝から崩れ落ちそうになったエルネの肩を、素早く駆け寄ったアルディスがしっかりと支えた。



「無茶をしすぎだ、エルネ」


「アルディス様……すみません、少し疲れてしまって……」



「謝る必要はない。これで街の命は救われた。お前の成し遂げた成果だ」



 アルディスはエルネの身体を無理のない体勢で抱え直すと、静かに、だが力強く彼女の健闘を讃えた。





◇◇◇




 大聖堂の奥にある控え室。


 室内には静穏な気が満ち、窓からは夜明けの蒼い光がゆっくりと差し込み始めていた。



 テーブルには、ジュリアンが手際よく用意した温かいハーブティーと、滋養強壮のための濃厚なスープが並べられている。



「お嬢様、呼吸を整え、まずは温かいスープを一口お召し上がりください。枯渇した魔力の回復を促す調合茶葉をブレンドしてございます」




「ありがとうございます、ジュリアンさん」



 エルネは椅子に腰掛け、ジュリアンから手渡されたスープの器を両手で包み込んだ。温かい液体が身体にしみわたり、青白かった頬に少しずつ血色が戻ってくる。




 その傍らで、アルディスは腕を組み、壁に背を預けたまま冷徹な眼光を窓の外、未だ封鎖の続くベルツの街並みへと向けていた。




「救護所の患者は落ち着いた。だが、これで終わりではないな」



「ええ……」




 ジュリアンの表情が、執事の柔らかさから冷酷な工作員の顔へと引き締まる。





「黒死灰の散布は、裏で糸を引く黒幕組織による広域兵器の実験に過ぎません。今回の特効薬『銀華の浄癒』によって阻まれた奴らは、必ず次なる一手を打ってくるはずです」




「敵の狙いは、この街の完全崩壊……そして帝国の混乱か」



 アルディスが冷ややかに呟き、氷碧色の瞳に鋭い殺意を宿らせた。



「エルネ。街の救護はお前に任せる。私はジュリアンとともに、この街に潜む黒幕の残党を炙り出し、根絶やしにする」




「はい、アルディス様。私はブラック先生やルチア様たちと協力して、街中の患者さんへ『銀華の浄癒』を行き渡らせます。……どうか、お気をつけください」



 エルネは力強く頷き、まっすぐな瞳でアルディスとジュリアンを見つめた。



 甘い言葉や戯れはない。だがそこには、命懸けの戦場をともに潜り抜けてきた者同士の、揺らぐことのない絶対的な信頼が存在していた。




「ジュリアン、行くぞ。……二度とあのような害虫をエルネに近づけるな」



「ハッ。言われるまでもございません、アルディス様」


 ジュリアンは一礼すると、燕尾服の懐から漆黒の鋼糸を覗かせ、アルディスの背を追って静かに陰影の中へと姿を消した。




 朝明けていくベルツの街。



 特効薬という「光」を手に入れたエルネたちと、陰で暗躍する何者かの全面対決に向け、物語は激動のクライマックスへと突き進んでいくのであった。




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