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特級万能鑑定調合官の私、絶対零度の公爵様と漆黒の執事に重すぎる愛で守られています2  作者: 志摩


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第9話 灰の封鎖を破る者たち




 ベルツの街並みは、未だ不気味な静寂と灰色の澱みに支配されていた。


 大通りには帝国兵の手によって強固な木柵と魔導障壁が設置され、許可のない通行は一切禁じられている。



「……大聖堂内での『銀華の浄癒』の臨床投与は完璧です、エルネ様。重症者を含め、収容されていた三百名あまりの患者全員の魔力暴走が治まり、黒死灰の毒素コアが完治・中和に向かっています!」




 大聖堂の広場で、軍医ブラックが興奮を抑えきれない様子で報告を上げた。


 その手には、投与後の魔力波形を記録した羊皮紙が握られている。


「ブラック先生、ありがとうございます! でも……大聖堂の外には、まだ救護所に辿り着けずに家々で倒れている患者さんが大勢います。この特効薬を、街全体に行き渡らせなければ……!」



 エルネは調合台の上に並べられた、鮮やかな薄青の輝きを放つ『銀華の浄癒』の大瓶を見つめながら、固く拳を握りしめた。


「ですがエルネ様、ベルツ市街は三つの区画に分かれて厳重に封鎖されています。特に東の職人街と南の貧民街は、感染爆発を防ぐという名目で帝国軍の封鎖部隊が立ち入りを厳しく制限しており、通常の医療班すら入れない状態です……」


 ブラックが苦渋の表情で顔を歪める。


「封鎖部隊の指揮官は、帝国の治安維持派閥……『黒死灰』の被害を封じ込めるためなら、区画ごと街を焼き払うことも辞さない極端な将校だと聞いております」



「そんな……! 助かる命があるのに、見捨てるなんて絶対にいけません!」


 エルネが声を張り上げたその時、ブラックが力強く胸をたたいた。


「——お任せください、エルネ様! 命を救う術(ポーション)があるのに、指をくわえて見ているような真似は、軍医の名に誓っていたしません!」



 ブラックは後ろに控えていた帝国の軍医隊と、感染から回復した志願兵たちを見渡した。


「ベルツは国境の貿易都市……地下には広大な古水道網が張り巡らされています。我々地元の医療兵がその隠し水路を使い、封鎖部隊の目を潜り抜けて東街区と南街区の拠点へ直接『銀華の浄癒』を届けます!」



「ブラック先生……!」


「エルネ様が命懸けで完成させてくださった特効薬です。今度は、我々現場の医療兵が命をかけて街の隅々まで届けてみせます!」



「はい……! よろしくお願いします、みなさん!」



「もちろんです! その間に、この中和剤の報告、封鎖の解除の申請も行います!」


 エルネはブラックたちの熱い決意に深く感謝し、大瓶から各拠点へ配分するための小型ポーション瓶へと『銀華の浄癒』を小分けにする作業へと取りかかった。






◇◇◇


 同じ頃——ベルツ市街の北部に位置する、廃墟と化した旧ギルド本部。



 分厚い黒灰が積もる暗がりの中、数人の黒衣の男たちが集まっていた。彼らの胸元には、黒い天秤と蛇を象った不気味な紋章が刻まれている。



「……『妖毒のシェラ』様との連絡が途絶えただと?」



 低い声を発したのは、深々とフードを被った男であった。


 その手には、黒死灰の原液が満たされた漆黒の魔導核が握られている。



「ハッ……大聖堂の地下調合室への侵入を試みられた後、気配が完全に消失いたしました。ヴァルボート公爵と……あの『烏』の手によって処理された可能性が極めて高いかと……!」



「……チッ。あの女め、爪の甘いことだ。執事ごっこに興じる元殺し屋など、さっさと殺しておけば良いものを」



 フードの男は忌々し気に吐き捨てると、手に持った魔導核を強く握りしめた。


「だが、構わん。すでに『黒死灰』の第2段階——魔力共鳴による全域崩壊陣の準備は整っている。大聖堂の特効薬とやらで何人を救おうと、この都市の中心部でコアを破裂させれば、ベルツの街は住人もろとも一夜にして死の灰と化す……!」




「ふむ……それは興味深い計画だな」


 静寂の闇の中から、冷徹な低音が落ちた。


「なに……っ!?」


 黒衣の男たちが一斉に武器を構え、影へと視線を向ける。



 そこから足音もなく現れたのは、漆黒の長外套を羽織ったアルディスと、燕尾服の袖から無数の漆黒鋼糸を這わせたジュリアンであった。



 アルディスの瞳は、極寒の吹雪のごとく凍てつき、男たちを射抜いている。

 

「どこから入った……!? 周囲の結界陣は完璧だったはず……!」


「結界ですか?」


 ジュリアンが完璧な執事の微笑みを浮かべ、指先をわずかに動かした。





 シャリ……。


 微かな音が響くと同時に、天井や壁面に張り巡らされていた無数の結界魔導糸が一瞬で切断され、パラパラと散り散りになって崩れ落ちた。



「このような雑な術式、お嬢様の調合室の防衛網に比べれば赤子の戯言同然でございます。……貴方方が、この街に『黒死灰』を持ち込んだ鼠の残党ですね」




「くそっ……仕留めろ! ヴァルボート公爵を殺せ!!」



 黒衣の男たちが一斉に短剣や毒針を構え、躍りかかってくる。



 だが——。


「凍れ」


 アルディスが短く一言呟き、地面を軽く踏みつけた。


 ドォン……ッ!!


 一瞬にして爆発的な絶対零度の氷波が室内を駆け抜け、襲いかかってきた工作員たちの脚から首元までを一瞬で白銀の氷結晶へと変えていく。


 叫び声すら上げる間もなく、敵の過半数が氷の彫刻と化して凍りついた。


「な……なんなんだ、この怪物どもは……っ!?」



 残されたフードの男が腰を抜かし、ガタガタと震えながら後退する。


 ジュリアンは静かに歩み寄ると、男の手から黒死灰の原液を鋼糸で絡め取り、そのまま無音で奪い取った。




「ヒッ……! た、助けて……!」


「安心しなさい。命までは奪いません。……我が主(アルディス様)と帝国軍の尋問官に、貴方方の組織の全容をすべて吐き出すまではね」




 ジュリアンは冷酷な眼光で男を見下ろし、その身動きを鋼糸で完全に封殺した。



 アルディスは凍結させた魔導核を引き取ると、冷ややかに窓の外を見つめた。



「……街の毒の根源は抑えた。あとは、ブラックたちの輸送が成功するかどうかだな」


「ええ。お嬢様のあたたかな光が、この灰の街を必ずや解かしてみせるでしょう」


 ジュリアンは胸に手を当て、深く頷いた。









◇◇◇



 ベルツの地下水道網——。


 ランタンの灯りを頼りに、軍医ブラック率いる医療隊と志願兵たちが小舟を漕ぎ進めていた。

 船上には、厳重に梱包された『銀華の浄癒』の箱が積み上げられている。




「前方、東街区の給水塔地下通路に到達! 消毒用の魔導陣を展開し、一気に地上へ搬入する!」


「了解っ! 街の仲間たちを絶対に救うぞ!」


 地下港に着岸すると、そこには噂を聞きつけて密かに集まっていた東街区の住民や志願兵たちが待っていた。




「これが……大聖堂で完成したという特効薬か……! 感謝します、ブラック先生!」


「エルネ様という素晴らしい調合官様のおかげです! さあ、急いで隔離されている家々の患者さんたちへ届けましょう!」


 ブラックの手から特効薬が手渡され、封鎖された区画の隅々へと奇跡の光が広がり始めていく。


 大聖堂でひたむきに調合と指示を続けるエルネ。

 街の影で崩壊の陰謀を粉砕したアルディスとジュリアン。


 そして地下水路を駆け抜け、街の命を繋ぐブラックと医療隊。


 試練を越えて立ち上がった人々の強い意志が、いま、完全封鎖された死の街ベルツに、確固たる反撃の黎明をもたらそうとしていた。




 

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