第8話 死者の王
最前列のスケルトンが、錆びついた剣を振り上げる。
青白い燐光に照らされた刃が、不気味な軌跡を描いた。
「オラァッ!!」
迎え撃つようにゼクスが踏み込む。
赤髪のショートヘアが風圧に揺れ、外套が大きく翻った。プロテクターを思わせる軽鎧は、重厚な全身鎧とは違って動きを妨げない。むしろ鍛え抜かれた身体の動きを、そのまま戦闘力へ変えるための装備だった。
腰を落とし踏み込む。
そして、一閃。
青白い光を受けた片手剣が鋭い軌跡を描き、真正面から飛びかかってきた骸骨を横一文字に薙ぎ払う。
ガギィン!!
乾いた衝突音が地下空間へ響き渡った。
頭蓋骨が宙を舞い、肋骨が砕ける。ばらばらになった白い骨片が、雪のように石床へ降り注いだ。
「やったか――」
ゼクスが片手剣を構え直す。
そう思ったのも束の間だった。
カタッ。
床へ散らばった骨が、ぴくりと震える。
「……あ?」
カタカタ、カタカタ。
砕けた指骨が床を這い、飛び散った肋骨が互いを引き寄せるように滑り始める。転がっていた頭蓋骨まで向きを変え、元の身体を探すように動き出した。
まるで、見えない誰かが糸で操っているかのように。
砕いたはずの骨が、再び組み上がろうとしていた。
「ちっ!」
ゼクスは舌打ちする。
ただ斬るだけでは倒せない。
そう理解した瞬間、左右から新たなスケルトンが一斉に距離を詰めてきた。
カタカタと歯を鳴らしながら、錆びた剣を振り上げる。
右。左。
さらに正面。
三方向から刃が迫る。
ゼクスは即座に盾を構えた。
ガンッ! ガギンッ!!
立て続けに剣が叩きつけられ、火花が散る。
衝撃が盾から腕へ、肩へと突き抜けた。軽鎧の下で筋肉が軋む。
それでも、ゼクスの足は一歩も下がらない。
「だったら――!」
逆に一歩踏み込んだ。
盾を押し返し、肩から全身の体重をぶつける。
体勢を崩したスケルトンの懐へ潜り込み、そのまま軸足を踏み締めた。
腰を捻り、蹴りを叩き込む。
ドゴォッ!!
砕けたのは胴体ではない。
腰。膝。関節。
身体を支える骨組みそのものだった。
繋がりを失った骸骨は、その場へ派手に崩れ落ちる。
腕だけが床を掻く。
脚だけが跳ねる。
頭蓋骨がカタカタと歯を鳴らしている。
それでも、もう立ち上がることはできない。
ゼクスは一瞬で勝ち筋を理解した。
「骨なら関節ごと壊せ! 再生しても立てなくしろ!」
その叫びが地下広間へ響く。
離れた場所で、シルクの白銀の狼耳がぴくりと反応した。
「なるほど――ナイスお手本!」
口元に笑みが浮かぶ。
腰から伸びる白銀の尻尾が、大きく揺れた。
ドレスを身にまとっているとはいえ、今のシルクを見て最初に目に入るのは衣服ではない。
肩から腕、脚を覆う白銀の毛皮。
指先から伸びた狼の爪。
そして、しなやかで獣じみた四肢。
次の瞬間――その姿が消えた。
ダンッ!!
石床を蹴り砕くように加速する。
銀色の軌跡だけを残し、シルクが敵陣を駆け抜けた。
「はあっ!」
爪が閃く。
肩の関節を断つ。
身体を沈め、そのまま二体目へ。
肘。膝。足首。
急所を狙うというより、スケルトンという構造物の継ぎ目だけを的確に破壊していく。
ガラガラッ!!
立とうとした骸骨が次々と支えを失い、その場へ崩れ落ちた。
だが、まだ終わらない。
シルクの白銀の耳が背後の風切り音を捉える。
「そこ!」
振り向くより早く身体を沈めた。
頭上を錆びた剣が通過する。
シルクは石床へ片手をつき、そのまま身体をしなやかに回転させた。
白銀の尻尾が弧を描く。
遠心力を乗せた蹴りが、スケルトンの頭蓋骨を真正面から捉えた。
ドガン!!
頭蓋骨が粉々に砕ける。
白い破片が地下世界へ雨のように降り注いだ。
「シルク、右!」
「任せて!」
二人は自然と背中合わせになる。
ゼクスが盾で斬撃を受け止める。
ガンッ!
その瞬間に生まれた隙へ、シルクが飛び込む。
ザシュッ!
狼の爪が膝関節を断つ。
逆方向から迫った敵には、ゼクスが振り返りざまに蹴りを叩き込む。
シルクが敵を引きつける。
ゼクスが受け止める。
ゼクスが敵の体勢を崩す。
シルクが仕留める。
言葉はほとんど必要なかった。
互いの動きを逐一確認する必要さえない。
呼吸が合う。
足音が重なる。
視線ひとつで、次に何をするのか分かる。
まるで何年も共に戦ってきた相棒のように、二人は互いの死角を補いながら敵の群れを削っていった。
やがて――。
ガラガラガラッ!
最後の一体が崩れ落ちる。
広間には、動きを封じられた白骨の山だけが残った。
「はぁ……はぁ……」
ゼクスは剣を下げた。
額から流れた汗が頬を伝う。乱れた茶髪を手の甲でかき上げながら、油断なく周囲を見渡した。
「終わった……か?」
返事はない。
シルクも白銀の耳を立て、周囲の気配を探っている。
静寂だけが戻った。
妙に、重い静寂だった。
さっきまで耳障りなほど響いていた骨の音が、一つもしない。
ゼクスの眉間に皺が寄る。
「……嫌な予感がする」
カタッ。
小さな音。
ゼクスとシルクの視線が、同時に足元へ落ちた。
「……え?」
骨が震えている。
一体分ではない。
カタカタ。
カタカタカタ。
音が増えていく。
広間中に散らばった骨という骨が、一斉に震えていた。
シルクの白銀の尻尾が、警戒するようにぴたりと止まる。
「ゼクス……これって」
「ああ。まだ終わってない!」
その言葉を合図にしたかのようだった。
バッ!!
骨片が一斉に宙へ浮かび上がる。
「なっ!?」
二人が見上げる。
白骨が渦を巻いていた。
何十。何百。
先ほど倒したスケルトンたちの残骸が、轟音を立てながら一か所へ吸い寄せられていく。
ゴゴゴゴゴゴ……!
大腿骨が束となり、巨大な脚を形作る。
何体分もの肋骨が絡み合い、人間ではあり得ないほど巨大な胸郭へ変わっていく。
腕が生える。
指が組み上がる。
無数の頭蓋骨が砕け、重なり、たった一つの巨大な頭部へと姿を変える。
それはもう、一人の骸骨ではなかった。
死者たちが一つになり、巨大な怪物へと生まれ変わっていく。
そんな悪夢のような光景が、二人の目の前で現実になっていた。
「……っ」
シルクが息を呑む。
さらに――。
巨大な骸の隙間から、どろりと闇が滲み出した。
黒い瘴気。
それが生き物のように骨へ這い上がり、凝固していく。
肩当て。胸甲。籠手。脚甲。
そして最後に、巨大な兜。
ガシャン!!
重い金属音が響いた。
まるで最初からその姿になることを決められていたかのように、禍々しい漆黒の甲冑が巨大な骸を包み込んでいく。
ゼクスは反射的にシルクの前へ半歩出た。
盾を構える。
その横へ、シルクも並んだ。
腕を低く構え、狼の爪を剥き出しにする。
「嘘……」
シルクの口から声が漏れた。
完成した怪物が、ゆっくりと立ち上がる。
ズン……。
一歩。
ただそれだけで石床が震えた。
あまりの巨体に、先ほどまで広く感じていた地下空間が急に狭く見える。
巨大な頭部が持ち上がる。
空洞だった眼窩の奥に――。
ボウッ。
赤黒い光が灯った。
「……こいつは、ヤバそうだな」
ゼクスの頬を汗が一筋流れる。
それでも、片手剣を握る手は緩めない。
隣ではシルクが牙を覗かせていた。
空気が震える。
肺が押し潰されるような威圧感が、二人の全身へ叩きつけられる。
そして。
死者の王は、地下世界そのものを揺らすように咆哮した。
「オオオオオオオオオッ!!」
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