↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美女で野獣 ~もふもふ狼娘になった復讐令嬢と魔法が使えない戦士貴族、最強バディで魔王を討つ  作者: 炭酸水ひろみつ(旧 強炭酸)
一章 冒険の夜明け

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/16

第5話 月夜の再会

 朝日が、王都の城壁を黄金色に染めていた。


 夜明けの冷たい空気を切り裂くように、一頭の馬が街道を駆ける。石畳へ蹄が打ち付けられるたび、乾いた音が早朝の静かな街へ響いた。


 手綱を握るゼクスは、城門だけを真っ直ぐ見据えている。


 ルナグレイヴを発って二日。


 狼煙を目印に調査隊と合流したあと、ゼクスだけが一足先に王都へ向かった。


 疲れた馬を乗り継ぎながら昼も夜も走り続けた。馬の背で仮眠を取り、喉が渇けば水だけを流し込み、食事すら片手で済ませるような強行軍だった。


 ようやく王都へ帰ってきた。


 門番へ身分を示すと、そのまま城門をくぐり抜ける。


 懐かしい石造りの街並みが目に入っても、足を止める気にはなれなかった。


 今は、一刻も早く会わなければならない人物がいる。


 ♢


 王宮魔術研究室には、香ばしいコーヒーの香りが漂っていた。


 部屋の隅でコーヒーメーカーが、こぽこぽと静かな音を立てている。


 魔術書と羊皮紙が山積みになった机を挟み、ゼクスとユーリは向かい合って座っていた。


 話し終えたゼクスは、深く息を吐く。


「ここまでが、俺の見聞きしたことだ」


 ユーリは静かにカップを持ち上げ、一口だけ口を付ける。


 立ち上る湯気が眼鏡を薄く曇らせた。


 やがてカップを机へ戻す。


 コトリ、と小さな音が響いた。


「……なるほど」


 研究室へ静寂が落ちた。


 ユーリは目を閉じる。


 考えを一つずつ整理しているのだろう。


 やがて、ゆっくりと目を開いた。


「その変化魔法が、本当に彼女へ掛けられたものなら……私自身の目で確認したいことがあります」


「確認したいこと?」


「ええ」


 ユーリは小さく頷いた。


「そういうことでしたら、私も協力しましょう」


 あまりにもあっさりした返事に、ゼクスは思わず目を瞬かせた。


「珍しく話が早いな」


 いつものユーリなら、安全性だの理論だのと長々説明してから動き出すはずだった。


 ところが今回は違う。


 迷いがない。


 ユーリは少しだけ遠くを見るような目をした。


「昔の知り合いとの約束がありますから」


「……?」


 ゼクスが眉をひそめる。


 誰のことだ。


 尋ねようとしたが、ユーリはそれ以上何も語らず、どこか懐かしむように微笑むだけだった。


 ♢


王都へ到着したその日のうちに、必要な準備を整えた。


 そして翌朝。


 ゼクスとユーリは馬車へ飛び乗り、再びルナグレイヴを目指した。


 王都から四日。


 ゼクスがシルクと別れてから、ちょうど七日目の夕方。


 二人はルナグレイヴへ到着した。


 かつて街があった場所から少し離れた平地には、調査隊の簡易キャンプが築かれていた。


 いくつもの天幕が並び、その周囲を木杭による簡素な防壁が囲んでいる。見張り台には兵士が立ち、炊事場からは夕暮れの空へ細い煙が昇っていた。


 ゼクスの姿を見つけると、兵士たちが一斉に声を上げる。


「坊ちゃん、ご無事で!」


「坊ちゃん、おかえりなさい!」


「おう。みんなもご苦労だったな」


 ゼクスは片手を上げて応えた。


 早馬で王都へ戻ったゼクスとは別行動で、調査隊はこの一週間、ルナグレイヴ周辺の調査と簡易拠点の設営を進めていたのだ。


「両手大剣じゃ、森では小回りが利かない。俺用の片手剣と盾を用意してくれ」


「承知しました」


「坊ちゃん、相変わらず武器を選びませんね」


 それも、ゼクスのちょっとした特技だった。


 片手剣、両手大剣、槍、弓、ボウガン。得手不得手こそあれ、大抵の武器なら一通り扱える。


「怪力だけじゃないんだぜ、こう見えて」


 ほどなくして兵士が、片手剣と小ぶりな盾を運んできた。


 ゼクスは剣を抜いて何度か軽く振り、重心を確かめる。続いて盾を左腕へ通し、身体を動かして取り回しに問題がないことを確認した。


「うん。これなら動きやすい」


 鞘へ剣を戻したところで、ゼクスは空を見上げた。


 夕暮れの空は、すでに茜色から藍色へ変わり始めている。


「悪い。本当はもう少し余裕を持って戻ってくるつもりだったんだけどな」


 約束の時間まで、そう余裕はない。


「ユーリ。行けるか?」


「もちろんです」


 ユーリは眼鏡を押し上げた。


「ここまで来て、待ってくれとは言いませんよ」


「よし。じゃあ――」


 出発しようとした、その時だった。


「坊ちゃん」


「ん?」


 呼び止められて振り返る。


 そこには先ほど武器を運んできた兵士をはじめ、何人もの調査隊員が並んでいた。


 何事かとゼクスが首を傾げる。


 そして。


「坊ちゃん、ユーリ殿に――敬礼!」


 号令とともに、兵士たちの姿勢が一斉に正された。


「…………」


 ゼクスが目を瞬く。


「なんだよ、改まって」


 いつもなら「坊ちゃん」と気軽に声を掛けてくる連中だ。突然かしこまられても、どう反応すればいいのか分からない。


 すると、一人の兵士が敬礼したまま口を開いた。


「この一週間、俺たちは何度も魔物と交戦しました。それでも、ここにいる全員が無事に帰ってこられた」


「…………」


「自ら前線に立ちながら、俺たちに指示を出してくださった坊ちゃんのおかげです」


 別の兵士も続ける。


「危なくなれば誰より先に駆けつけてくれましたし、退く時は必ず退路を作ってくれた。俺たちだけだったら、何人か欠けていたと思います」


「だから――ありがとうございました」


 誰か一人ではない。


 そこにいる兵士たち全員が、ゼクスとユーリへ敬礼していた。


「…………」


 ゼクスは困ったように頬を掻く。


 別に、感謝されたくてやったわけではない。


 敵が来れば戦った。

 危ない奴がいれば助けた。

 退いた方がいいと思えば退かせた。

 自分にとっては、それだけのことだった。


 そんなゼクスの横で、ユーリが小さく笑う。


「坊ちゃんは自覚がないでしょうけど、兵士たちは感謝しているようですよ」


「……そうなの?」


「そういうところですよ」


「なんだよ、それ」


 ゼクスは苦笑してから、もう一度兵士たちを見る。


 少しだけ照れくさかった。

 けれど、悪い気はしない。


「……ありがとな」


 それだけ言って、いつものように片手を上げた。


「じゃあ――行ってくるよ」


「お気をつけて!」


「坊ちゃん、ちゃんと帰ってきてくださいよ!」


「分かってるって!」


 兵士たちの声を背中に受けながら、ゼクスとユーリはキャンプを後にした。

 

 ♢


 日が沈み、満月が森を青白く照らしていた。


 調査隊のキャンプから、約束の場所まではそう遠くない。


 だが――。


「ぜぇ……ぜぇ……坊ちゃん、少し休んでから行きましょう……」


 切り株へ腰掛けたユーリが、肩で荒く息をしていた。


 眼鏡はずれ落ちそうになり、額には汗が浮かんでいる。


 ゼクスは呆れたように笑った。


「相変わらず体力ないなぁ。どっちが護衛か分からないぜ」


 ユーリは乱れた呼吸を整えながら眼鏡を掛け直し、ふっと笑う。


「前衛の体力担当は坊ちゃん。僕はそれ以外の後衛担当ですよ」


「言い切ったな」


「役割分担です」


 その一言に、ゼクスも苦笑するしかなかった。


 二人は再び歩き出す。


 やがて、森が少し開けた場所へ辿り着いた。


 あの日。


 白銀の狼と出会った場所だった。


 ゼクスは立ち止まり、辺りを見渡す。


 一週間前、半分だった月は、今夜は一つの円になって夜空へ浮かんでいる。


 聞こえるのは、風に揺れる葉擦れと、どこかで鳴く虫の声だけ。


「あいつ……来るかな」


 思わず独り言が漏れた。


 約束はした。


 けれど、あれから一週間。


 この地にはまだ魔物が残っている。彼女の身に何も起きていない保証なんて、どこにもない。


 それでも。


 来てくれると、信じたかった。


 雲の切れ間から満月の光が差し込み、静かな時間だけが流れていく。


 すると、不意に茂みの奥で葉が揺れた。


 ガサッ。


 ゼクスとユーリが同時に顔を上げる。


 月明かりを弾く白銀の毛並み。


 森の奥から、一頭の巨大な白狼が静かに姿を現した。


 赤い瞳が、真っ直ぐゼクスを見つめている。


 次の瞬間、その身体が淡い光に包まれた。


 光の粒が夜空へ舞い、四足の獣の姿がゆっくりと人の形へ変わっていく。


 白銀の長い髪。


 狼の耳。


 ふわりと揺れる尾。


 月夜の森へ降り立った獣人の少女は、ゼクスの姿を見つけると、張り詰めていた表情を緩めた。


「……ゼクス」


 伏せ気味だった狼の耳が、ふっと立つ。


 シルクは一歩、ゼクスへ向かって踏み出した。


 だが――。


 その隣に立つユーリへ気付き、ぴたりと足を止める。


 狼の耳が再び警戒するように動いた。


 その様子を見て、ゼクスはようやく胸の奥に溜め込んでいた息を吐き出した。


 ――来てくれた。


 その事実だけで、張り詰めていた心が静かにほどけていく。


 その隣で。


 ユーリが、小さく息を呑んだ。


「……やはり」


「ん?」


 ゼクスが振り向く。


 だが、ユーリは答えない。


 ただ懐かしいものを見るような目で、シルクを見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。