第39話 作戦会議
ライボルト侯爵邸、その一角に設けられた大会議室。
普段は領内の重臣たちが集うための広い部屋だが、今は中央に置かれた長机を囲むように、王国騎士団の面々がずらりと顔を揃えていた。
ゼクス、シルク、ユーリ、そして勇者イロハ。
その向かいには騎士団長カーサスと、副団長兼作戦参謀のシエル。さらに歩兵、弓兵、魔術兵といった各班を率いる班長たちが並び、全員の視線が長机いっぱいに広げられたライボルト周辺の地図へ注がれている。
地図には市街地や港、海岸線だけでなく、沖合までの距離や水深、騎士団の配置予定まで細かく書き込まれていた。
三日間の猶予も、残すところあと一日。
明日、この街は戦場になる。
そんな張り詰めた空気の中、イロハが地図を覗き込みながら首を傾げた。
「陽動作戦?」
「ああ」
ゼクスはテーブルに広げられた地図の一点を指差す。
「正面から全部相手にする必要はない。敵の軍勢と、セルレトを切り離す」
「ここからは私が説明しましょう」
ゼクスの言葉を引き継ぎ、シエルが地図の前へ進み出た。
ゼクスの言葉を引き継ぎ、シエルが地図の前へ進み出た。
「作戦を立てるにあたり、シルクハティ嬢からルナグレイヴ襲撃時の状況を詳しく伺いました」
皆の視線がシルクへ集まる。
シルクは何も言わず、小さく会釈した。
両親を失い、故郷を滅ぼされた日のことだ。思い出すだけでも辛いはずなのに、今回の戦いのために話してくれたのだろう。
ゼクスは一瞬だけシルクを見つめ、それから地図へ視線を戻した。
「ルナグレイヴ襲撃時、魔王軍は沖合に巨大な移動要塞を展開。そこを拠点として、空からガーゴイル、海上から小舟に乗ったオーク、さらに海中からサハギンを送り込んだそうです」
シエルは駒を三つ取り、それぞれ海、空、陸へ置いていく。
「つまり、圧倒的な物量を三方向から同時に叩きつける戦術です。当時は魔王本人と四災害も確認されていますが、実際にルナグレイヴを蹂躙したのは、その大半が配下の魔物たちだった」
そこでシエルの指が止まった。
「問題はこちらです。魔王本人と四災害が、どのような能力を持っているのか――ほとんど分かっていません」
会議室の空気がわずかに重くなる。
「今回の戦力は、四災害『安寧』のセルレト一名と、その配下の軍団を基本想定とします。魔王本人まで出てきた場合は……」
「お手上げ?」
ゼクスが言うと、シエルは肩をすくめた。
「ええ。そこまで想定していたら、作戦など立てられません。来ないものとして考えます」
「割り切るねえ」
「参謀ですから」
シエルはそう答えると、ゼクスと目を合わせた。
二人が小さく頷き合う。
昨日、チェス盤を挟んで話し合った時と同じだった。
「そこで――敵の軍勢を二つに分けます」
シエルが勇者を示す駒を、ライボルト正面へ置いた。
「敵から見れば、こちらが本隊です。大量の魔物を真正面から迎え撃つのは、人類最大の切り札である勇者イロハ。そしてカーサス団長率いる王国騎士団」
「なるほど」
イロハが地図を覗き込む。
「つまり、派手に暴れて敵の目を全部こっちへ向ければいいんですね?」
「端的に言えば」
「やりましょう!」
即答だった。
『いくら数で来ようと、風の魔法でボコボコにしてあげるわよ』
腰の封神剣に現れたスカイアの分身体も、やる気満々で拳を突き上げる。
「よろしくね、スカイア」
『任せなさい』
「そして――」
シエルは別の二つの駒を摘まみ、本隊から大きく離れた位置へ動かした。
向かう先は――セルレト。
「本隊が敵軍を引きつけている間に、伏兵として待機するゼクス坊ちゃんとシルクハティ嬢が敵将へ接近。四災害『安寧』のセルレトを仕留めます」
シルクの赤い瞳が鋭く細められた。
「セルレトは、私の獲物です。そのために私はここまで来ました。すべてを懸けるつもりです」
「ああ」
ゼクスも頷く。
「俺はシルクの想いを完遂させる。約束したからな、地獄の果てまでついていくって」
「……うん」
シルクの表情が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
そこでゼクスは地図を眺めながら、何かを考えるように顎へ手を当てた。
「ただ、一つ問題があるな」
「なんでしょう?」
「俺たちが別働隊になると、本隊の状況が分からなくなる」
ゼクスは本隊と自分たちを示す駒の間を指でなぞる。
「こっちがセルレトのところへ辿り着いても、本隊が崩れてるなら作戦続行どころじゃない。逆に向こうで想定外の敵が出ても、俺たちには分からない。離れてても連絡を取り合える方法が欲しい」
「伝令では?」
兵士の一人が尋ねるが、ゼクスは首を横に振った。
「この距離で、それも魔物だらけの戦場を往復させるのは危険すぎる。それに遅い」
「となると、魔法による通信ですか」
シエルが腕を組む。
「でも、そんな都合のいい魔法……」
ゼクスはそこで、ふとイロハの腰へ目を向けた。
正確には――その封神剣へ。
「なあ、スカイア」
『なによ?』
「精霊って、離れた場所にいる仲間同士で話したりできないのか?」
『できなくはないけど』
スカイアの分身体が封神剣の上へ現れ、少し考えるように頬へ指を当てる。
『契約者同士を繋ぐような使い方ならね。ただ、普通はそんなことに精霊術を使わないわよ』
「できるんだな?」
『……その顔、何か思いついたわね?』
ゼクスの口元が上がる。
「ちょっと頼みがある」
『はいはい。あとで聞いてあげる』
シエルはそんな二人のやり取りを見つめていたが、やがて何かを察したように目を細めた。
「でしたら、通信内容にも工夫が必要ですね」
「だな」
ゼクスとシエルが、再び目を合わせる。
作戦はまだ完成していない。
だが、二人の頭の中ではすでに、その最後の穴を埋めるための準備が始まっていた。
ユーリはそんな二人を見て、眼鏡を押し上げる。
「頼みましたよ、坊ちゃん。敵将を奇襲する以上、速度が必要です。巨狼となったシルクに騎乗できるのも、せいぜい一人でしょう」
「そうだな」
「僕も一緒に乗れれば行くのですが……」
「ダメだ」
即答だった。
ユーリが目を瞬く。
「え?」
「シルクの背中に乗るのは、誰にも譲る気はない!!」
「…………」
シルクが赤くなる。
ユーリはしばらくゼクスを見つめたあと、小さく息を吐いた。
(坊ちゃん、こういうところは本当にブレないな……)
シエルは口元を押さえながら、何も言わなかった。ただ、その目だけが妙に輝いていた。
◇
そして――決戦当日の明朝。
夜の名残を残したライボルトの海は、深い霧に覆われていた。
波の音だけが静かに響き、水平線すら見えない。王国騎士団はすでに防衛線へ展開し、誰もが武器を握ったまま、白い海の向こうを睨んでいる。
やがて。
霧の奥に、二つの光が灯った。
巨大な眼光。
人間のものではない。
それはゆっくりと、ライボルトへ近づいていた。




