第36話 模擬戦②
ユーリはカーサスとの距離を取り直すと、素早く片手を振り抜いた。
宙に描かれた術式が赤く輝き、幾重もの円環が重なっていく。
「爆破魔法!」
爆炎が広場を走った。
だが、カーサスは避けない。
「なっ……!」
盾で顔だけを庇い、爆発の中へ真正面から突っ込んできた。鎧の表面を炎が舐め、衝撃で巨体が揺れても、その足は止まらない。
爆炎を抜ける。
そのまま、一気に間合いを潰した。
「捕まえたぞ!」
「……ぐっ!」
太い腕が伸び、ユーリの首元を掴んだ。
百八十五センチを超えるカーサスの巨体を前に、軽装のユーリでは力比べになるはずもない。左腕のバックラーを押し当ててもびくともせず、カーサスはそのままユーリの身体を引き寄せた。
「これが弱点だ」
カーサスの鋭い目が、至近距離からユーリを捉える。
「お前は速い。頭も回る。魔法陣を仕込む技術に関しちゃ、俺たち騎士には何をやってるのかすら分からねえ」
だが、とカーサスの腕に力が籠もった。
「一度捕まっちまえば脆い」
「…………」
「体格も膂力も俺には勝てない。距離を潰されて、こうやって動きを封じられたら――ここから逆転する一手がない」
周囲の騎士たちも静まり返っていた。
ユーリは抵抗をやめた。
そして、ほんの一瞬だけ観客の方へ視線を向ける。
そこにはゼクスと並んで戦いを見守る、白銀の髪の少女がいた。
――シルク。
ベル姉さんが命を懸けて遺した、忘れ形見。
自分は彼女の兄代わりになると決めた。
守ると決めたのだ。
ならば。
こんなところで負けていて、その資格があるものか。
「…………ふっ」
「何がおかしい?」
ユーリの口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
「カーサス。一つ訂正します」
「あ?」
「逆転する一手がないのではありません」
ユーリは自分の首元を掴むカーサスの腕へ、そっと手を添えた。
「あなたが自分から、僕の間合いに入ってきたんですよ」
「――なに?」
「ならば、付き合ってもらいましょうか」
足元で、青白い光が灯る。
「“我慢比べ”に」
カーサスの顔色が変わった。
「湿蒸拘束」
発動。
魔法陣から光の帯が伸び、二人の足へ絡みついた。
「なっ!?」
カーサスが離れようとするが、遅い。
二人を中心として半透明の結界が一気に立ち上がり、閉ざされた空間へ大量の蒸気が噴き出した。
白い。
外から二人の姿が見えなくなるほど、濃密な蒸気が結界を満たしていく。
「ぐっ……!?」
先に苦悶の声を漏らしたのはカーサスだった。
「熱っ……! 鎧が……熱を逃がさねぇ!」
全身を覆う金属鎧が、今度ばかりは完全に仇となった。高温多湿の結界内では熱が内側へ籠もり、カーサスが慌てて首元へ指を差し込んでも、焼け石に水だ。
「くそっ……鎧の中が蒸し風呂じゃねえか!」
「でしょうね」
対するユーリも額から汗を流しながら、涼しい顔を崩さない。
「そんな金属鎧を着ていたら、さぞ暑いでしょう」
「お前も汗だくじゃねえか!」
「だから言ったでしょう。我慢比べだと」
「くそおおおお……!」
やがて白い蒸気の中で、カーサスの顔が見る見る真っ赤になっていく。
そして。
「ま、参った!」
即座にイロハが片手を上げた。
「そこまで!」
術式が解除され、結界を満たしていた蒸気が一気に晴れていく。
「勝者――ユーリさん!」
「うおおおおおおっ!!」
今度こそ騎士たちから大歓声が上がった。
カーサスは熱を持った鎧を大慌てで脱ぎ捨て、石畳へ大の字になって寝転がる。金髪まで汗で濡れ、先ほどまでの騎士団長としての威厳は見る影もない。
「……完敗だ」
荒い呼吸を整えながら、それでもカーサスは笑った。
「しかし、騎士団のシゴキに耐えられなくて落ちていったお前が……最後は俺との我慢比べで勝つとはな」
「相性が良かっただけですよ」
ユーリも額の汗を拭う。
「重装鎧と軽装では、最初からこちらに分がありました」
「それを思いつく頭まで含めて実力だろ」
その様子を少し離れた場所から眺めていたイロハは――。
「…………」
じっとユーリを見ていた。
(ユーリさん、汗かいてる……)
額に張りついた青い髪。
火照った顔。
乱れた呼吸。
(……色気、やばい)
『ステイ』
(……ハッ!?)
頭の中へ飛んできたスカイアの声で、イロハは我に返った。
(危ない。抱きしめて匂い嗅ぐところだった……)
『危ないどころじゃないわよ』
イロハが自制しようと深呼吸した、その時だった。
ユーリが髪留めを外した。
汗で乱れた長い青髪が、ふわりと肩へ広がる。
「…………」
ユーリは何気なく両手で髪をまとめ、いつもの位置で結び直した。
「…………」
イロハが無言で歩き出す。
『ちょっと』
ふらふら。
『イロハ』
ふらふらふら。
『シットダウン』
バチン!
「――っ!?」
電撃が走り、イロハの身体がびくんと跳ねた。
(……ハッ! 私は何を!?)
『こっちの台詞よ』
イロハは何事もなかったかのように一つ咳払いすると、姿勢を正した。
「おめでとうございます、ユーリさん。かっこよかったですよ」
「ありがとうございます……?」
ユーリは何か引っかかったような顔をしたが、それ以上は追及しなかった。
その横からカーサスがやってくる。
「イロハさん、実戦ではよろしくお願いします!」
「はい。こちらこそ」
「それと――」
カーサスはユーリへ向き直ると、豪快に笑った。
「よろしくな、ユーリ!」
バン! バン!
「痛いですよ」
肩を叩かれたユーリが顔をしかめる。
「カーサスも坊ちゃんも、どうしてこういう時に人の肩を叩くんですか」
「男同士なんてそんなもんだろ!」
「一緒にしないでください」
「雨降って地固まる、ですね」
シエラが二人のやり取りを眺めながら、満足そうに頷いた。
「これなら、うちの血の気の多い連中も納得するでしょう。団長を正面から降参させた魔術師を、まだ『落ちこぼれ』扱いするほど馬鹿じゃありませんよ」
周囲を見れば、先ほどまでユーリを値踏みしていた騎士たちも、今では素直に勝者へ拍手を送っていた。
カーサスはそれを確認すると、騎士団長の顔へ戻る。
「よし! 明日は合同訓練と作戦会議だ! 今日はしっかり身体を休めておけよ!」
威勢のいい声が、広場いっぱいに響き渡った。
♢
「……ここは?」
その夜。
シルクは、不思議な夢を見た。




