第35話 模擬戦①
「これは国の一大事なんだ。それに――」
カーサスはそこで言葉を切ると、周囲へ聞こえないようユーリの耳元へ顔を寄せた。
「お前の力が本物なら、本物だってことを騎士団の連中にも示してやりたい」
「…………」
カーサスの視線が、広場の一角へ向く。
王都から派遣された騎士たちが数人、武具の点検をしながら談笑していた。一見すればいつもの光景だが、時折こちらへ向けられる視線には、好奇心だけではないものが混じっている。
「ようするに――舐められてるんだよ、お前」
それでユーリにも意図が分かった。
かつての古巣、王国騎士団。
そこで訓練についていけず、途中で脱落した男が、今度は魔術師として自分たちと肩を並べて戦うという。
いくら勇者一行の仲間だと説明したところで、騎士たちからすれば簡単に信用できる話ではない。
――かつての落伍者に、自分たちの命を預けられるのか。
なるほど。
至極もっともな話だった。
「……分かりました」
ユーリは静かに頷いた。
◇
その日の夕刻。
ライボルトの広場には、王国騎士団を中心にちょっとした人だかりができていた。
その中央で、カーサスが堂々と宣言する。
「では、これより模擬戦を行う! 俺から一本取ることができれば、ユーリの実力は騎士団長である俺が保証する!」
周囲の騎士たちから「おおっ!」と声が上がる。
カーサスは満足そうに頷いた。
「そして俺が勝った場合は――」
なぜかイロハへ向き直る。
「勇者イロハさん!」
「はい?」
「ファンでした! お友達からお願いします!」
ずるっ。
ゼクスたちが揃ってずっこけた。
「なんなのコイツ?」
スカイアに至っては半ギレだった。
「あの……」
イロハもさすがに困惑しながら頬を掻く。
「私、好きな人がいるので」
ちらっ。
その視線がユーリへ向いた。
「…………」
ユーリは何も言わない。
対するカーサスは、その視線の行き先をしっかり確認した。
「なるほど」
ニヤリと笑う。
「ますます負けられなくなりました」
「コイツ無敵の人かよ」
「まあ、好きにさせてあげてください」
スカイアの呟きに答えたのは、傍らに立つ全身鎧のシエラだった。
「実際、無敵の人なので」
「どういう意味よ、それ」
冗談なのか本気なのか、兜のせいでまったく表情が読めない。
そんなやり取りをよそに、カーサスとユーリは広場の中央へ進み、それぞれ距離を取った。
審判役はイロハが務める。
「危なくなったら私が止めます。ここで一番強いの、私なので」
「さらっと言うなあ……」
ゼクスが苦笑する。
しかし、その言葉に異を唱える者はいなかった。
イロハは二人が構えたことを確認すると、片手を高く掲げた。
「それでは――」
振り下ろす。
「始め!」
♢
先に動いたのは、カーサスだった。
片手剣と盾という、騎士としては極めて正統派の装備。奇をてらったところは何もないが、腰を落として盾を前へ構えた姿勢には隙がなく、その巨体も相まって正面から崩すのは容易ではないと一目で分かる。
一方のユーリは対照的だった。
防具らしい防具といえば左腕に装着した小型のバックラー程度。術式を補助する腕輪で魔力を増幅しながら、外套を羽織っただけの軽装でカーサスと対峙している。
重装騎士と軽装魔術師。
まともに打ち合えば、どちらが有利かなど考えるまでもない。
「行くぞ!」
カーサスが石畳を蹴った。
百八十五センチを超える巨体が一気に加速し、盾を前へ突き出しながら間合いを潰してくる。その勢いを乗せた片手剣が、ユーリの肩口を狙って鋭く振り下ろされた。
だが、刃が届く寸前。
ユーリの身体が、ひらりと横へ流れた。
必要最低限の動きで斬撃をかわし、そのままカーサスの側面へ回り込む。同時に外套を片手で跳ね上げると、広げた布地がカーサスの視界を覆った。
「小細工無用!」
カーサスは躊躇しない。
一閃。
剣が外套ごと、その向こうにいるユーリを斬り裂いた。
「おおっ!」
見守っていた騎士たちがどよめく。
しかし。
手応えがない。
「……なに?」
斬られたユーリの輪郭が、ふっと揺らいだ。
次の瞬間には光の粒子となって消えていく。
「それは分身です」
「っ!」
声は背後から聞こえた。
カーサスが振り返る。
いつの間にかユーリは数歩離れた位置に立っていた。
「マントの裏に術式を仕込んでおきました。目隠しそのものが目的ではありませんよ」
「いつの間に――」
カーサスが足を踏み出す。
その足元で。
赤い光が灯った。
「!」
先ほどユーリが攻撃をかわした時、その靴先が石畳をなぞっている。
回避のためだけの足運びではなかった。
戦いながら、足で魔法陣を描いていたのだ。
「爆破魔法」
術式が完成する。
爆炎が弾けた。
ドォン!!
カーサスの巨体が炎と砂煙に呑み込まれ、爆風が広場を駆け抜ける。見守っていた騎士たちが腕で顔を庇い、それでも直撃を確認すると一斉に歓声を上げた。
「うおおおおっ!」
「団長に入ったぞ!」
ユーリは眼鏡を押し上げ、立ち込める煙を見つめる。
「さて……これで終わってくれれば楽なんですが」
その直後。
ザッ。
煙の中から、人影が歩いてきた。
「――そんなものか?」
「…………」
カーサスだった。
鎧の表面から白い煙が立ち上り、爆発を受けた箇所には黒い煤がこびりついている。
それでも。
本人は平然としていた。
「効いてない……?」
ゼクスが目を丸くする。
「団長、馬鹿みたいにタフなんですよ」
シエラが何でもないことのように説明した。
「そのせいで『不死身のカーサス』なんて呼ばれてます」
「あなたの上官、相当な脳筋ね」
スカイアが呆れる。
「うちにも馬鹿みたいにタフなのがいるけど、そっちの方がだいぶ脳筋って感じがするわ」
「耳が痛い」
ゼクスが胸を押さえると、隣でシルクが「ふふっ」と笑った。
そんな外野の声など聞こえていないのか、カーサスは煤のついた盾を軽く払い、改めて剣を構える。
先ほどまで浮かべていた余裕の笑みは消えていた。
「なるほど」
ユーリを見る目が変わっている。
「実力はある」
分身で攻撃を誘い、その間に位置を変え、さらに回避動作そのものを魔法陣の構築へ利用する。
少なくとも、かつて訓練についていけず騎士団を去った男ではない。
「だが――」
カーサスが剣先をユーリへ向けた。
「弱点もある」
「…………」
ユーリの目が、わずかに細くなった。




