第34話 カーサスとシエル
「よう、ユーリ。こんなところで元騎士団の落ちこぼれと再会するとはな」
聞き覚えのあるらしい声に、ユーリの足が止まった。
王都から到着した騎士団の先頭。その男は被っていた兜を片手で脱ぐと、鋭い眼差しをユーリへ向けた。
年齢は二十代後半だろうか。サイドを大胆に刈り上げた金色の短髪に、覗いた側頭部には黒い刺青が刻まれている。身長は百八十五センチほどあり、鎧の上からでも分かるほど肩幅が広い。目つきの鋭さも相まって、黙って立っているだけでも周囲を威圧するような男だった。
何より、その立ち姿には妙な自信がある。
胸を張り、騎士たちの先頭に立つ姿は、誰に説明されるまでもなく彼がこの一団の長なのだと分からせるだけの覇気を備えていた。
そんな男をしばらく眺めてから、ユーリは眼鏡を押し上げる。
「……誰でしたっけ?」
「俺だよ、カーサス!」
覇気が一瞬で吹き飛んだ。
「お前とは入団同期! そして同期の中からメキメキと頭角を現し、若くして騎士団長へ大抜擢された大天才、カーサス様だ!」
「団長」
その時、カーサスの隣に立っていた全身鎧が口を挟んだ。
「自分で『大天才』って言うのはどうかと思いますよ。そういうのは私に言わせてください」
顔まで覆う兜の奥から聞こえてきたのは、意外にも明るい女性の声だった。
「いよっ、大天才!」
「そういう意味じゃねえよ」
カーサスが即座に突っ込む。
ゼクスは思わず、もう一人の騎士へ目を向けた。
カーサスより頭一つ低いとはいえ、それでも百七十五センチほどはあり、ゼクスと目線の高さもほとんど変わらない。首から下は重厚な全身鎧にすっぽりと覆われ、顔も兜に隠されているため、声を聞かなければ男と見間違えていただろう。
「…………」
その兜が、こちらを向いた。
目が合った――ような気がした次の瞬間。
鎧の騎士は、ゼクスへ向かって手をぱたぱたと振った。
「…………」
ゼクスも、とりあえず振り返した。
表情はまったく見えない。
なのに、なぜか笑っているような気がする。
「分かったよ、副官シエラ君」
カーサスが額を押さえた。
「お互い、少し自重しようか」
「はーい」
――騎士団長と副官って、こんな感じでいいのか?
ゼクスは若干不安になった。
◇
騎士団の受け入れが一段落したところで、カーサスはユーリを広場へ連れ出した。
二人は並んでベンチへ腰掛ける。
先ほどまでのお調子者じみた態度はどこへやら、カーサスは両膝に肘を置き、しばらく黙って街を眺めていた。
「……お前、昔から体力なかったしな」
「いきなり嫌な思い出を掘り返しますね」
「事実だろ。訓練じゃ毎回真っ先にへばってたし、結局、途中で騎士団を辞めちまった」
「否定はしません」
ユーリは苦笑する。
カーサスも小さく笑ったが、その声音に馬鹿にするような響きはなかった。
「その後、給仕の仕事をしながら魔法技術研究所に入ったって聞いた時は、ちょっと安心したんだぜ」
「安心?」
「ああ」
カーサスはユーリへ視線を向けた。
「まだこいつは折れてないんだな、って」
「…………」
「騎士になれなかったからって、そこで全部投げ出したわけじゃない。別の道を見つけて、ちゃんと進んでる。それならまあ、よかったかなってさ」
ユーリは少し意外そうに目を瞬かせた。
「……懐かしいですね」
やがて、その表情が柔らかくなる。
「確かに騎士団は、僕には合いませんでした。でも魔法技術研究所では、恩師や姉弟子に恵まれましたから」
脳裏に浮かんだのは、もう会うことのできない人たちだった。
「今の僕があるのは、彼らのおかげです」
「そうか」
カーサスはそれ以上、過去について尋ねなかった。
代わりに周囲へちらりと目を走らせると、身体をユーリへ寄せた。
「――だからこそ、だ」
声が低くなる。
先ほどまでの気安い同期の顔ではない。
ライボルトの防衛を任された、騎士団長の顔だった。
「お前の力を、俺に試させてほしい」
「…………」
「悪く思うなよ。昔のお前を知ってるからこそ、俺は確認しておかなきゃならない」
カーサスの鋭い目が、眼鏡越しのユーリの瞳を捉える。
「力が足りないと判断したら――この戦いから離脱しろ」
ユーリの表情から、笑みが消えた。
「……カーサス」




