第33話 半月の誓い
「……ああ。行こう、シルク」
ゼクスは迷わず答えた。
彼女が抱えている怒りも、その先に待っているものも、すべて理解できているとは思わない。それでも、一人で行かせるつもりだけはなかった。
「誰にも邪魔はさせない」
「…………」
シルクは何も答えず、夜空へ手を伸ばした。
細い指先の向こうに浮かんでいるのは、半分だけ満ちた月。
上弦の月だった。
ゼクスはその月を見て、ふと懐かしさを覚える。
――そういえば。
初めてシルクと出会った夜も、こんな月だった。
あの時は、次の満月にまた会おうと約束した。
「ゼクス」
「ん?」
呼ばれて、隣を見る。
シルクの赤い瞳が、真っ直ぐこちらを見つめていた。
白銀の髪が潮風になびく。
そして突然、シルクの手がゼクスの頬へ伸びた。
「……なにを――」
ぐい、と顔を引き寄せられる。
唇が重なった。
「…………!?」
ゼクスの思考が止まる。
ほんの一瞬。
シルクはすぐに離れたものの、触れた感触だけが妙に鮮明に残っている。
「……約束」
「え?」
「続きは、お互い生きて帰れたら」
シルクは恥ずかしそうに視線を逸らした。けれど、逃げるように俯くことはせず、赤くなった顔のまま言葉を続ける。
「魔王まで倒したら、ルナグレイヴに婿に来てもらうんだから」
「…………」
「だから、それまで死んじゃダメ」
そこまで言ってから、シルクの表情が少しだけ曇った。
「……ズルい女で、ごめんね」
「ズルい?」
「私、ゼクスを利用してる」
外套の裾を握る。
「ゼクスが私のことを好きなの、分かってる。それなのに、その気持ちまで使って復讐に付き合わせようとしてる」
シルクは自嘲するように笑った。
「……幻滅するよね」
「しないよ」
即答だった。
シルクが顔を上げる。
「俺がシルクに惚れてるのは事実だし、それをどうするかは俺が決める」
ゼクスは笑った。
「前にもさ、放って置けない、手伝わせてほしいって言ったけどさ」
ルナグレイヴの森。
焚き火を挟んで、初めて彼女の過去を聞いた夜。
「俺も覚悟決めたよ」
「俺も一緒に、地獄についていく」
「ゼクス……」
「だから行こう。セルレトを倒して、その先の魔王まで」
ゼクスも夜空を見上げた。
半月は、あと半分だけ欠けている。
「決戦は三日後」
それでも月は満ちていく。
「一週間後の満月には、また一緒に星を見ようよ」
「…………」
シルクも同じ月を見上げた。
あの夜と同じように。
けれど今度は、「また会おう」ではない。
二人で帰ってくるための約束だ。
「……うん」
シルクが笑った。
「約束ね」
「ああ!」
ゼクスは勢いよく立ち上がると、いつものように気合いを入れようと両拳を構えた。
「よし! なんかやる気出てきた!」
拳と拳を打ち合わせようとした、その時。
「待って」
「ん?」
シルクもベンチから立ち上がっていた。
「私も戦うから」
そう言って、片手の拳をゼクスへ差し出す。
ゼクスは一瞬だけ目を丸くして――すぐに笑った。
「ああ、もちろんだ」
自分の拳を差し出す。
「よろしく、シルク!」
コツン。
二つの拳が、静かに触れ合った。
半月の下。
かつては別々の場所から、次の満月に再会することを約束した二人が。
今度は、同じ場所から同じ敵へ向かう。
一週間後。
次にこの空を二人で見上げる時、満月でありますように。
♢
翌朝。
王都デイスターから、ライボルトへ騎士団が到着した。
勇者一行と騎士団は連携し、魔王軍を迎撃せよ――。
それが国王グラハムから下された王命だった。
港へ続く大通りには、王国旗を掲げた騎士たちが次々と進軍してくる。磨き上げられた甲冑が朝日を反射し、馬の蹄と軍靴が石畳を打つ音が、昨日まで避難民で騒がしかった街へ重々しく響いていた。
ゼクスたちも、到着した騎士団との合流のために宿を出ていた。
その中で。
一人の騎士が、ユーリの姿を見つけて足を止めた。
「――よう、ユーリ」
「…………」
ユーリの表情が変わる。
男は口元を歪めながら、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「まさか、こんなところで会うとはな」
そして。
「元騎士団の落ちこぼれさんよ」
ユーリの眼鏡の奥で、目が細くなる。
「……あなたは」




