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美女で野獣 ~もふもふ狼娘になった復讐令嬢と魔法が使えない戦士貴族、最強バディで魔王を討つ  作者: 炭酸水ひろみつ(旧 強炭酸)
二章 勇者

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第28話 幕間のひととき

 山賊たちを近隣の兵士詰め所へ引き渡し、ゼクスたちは再び馬車へ乗り込んだ。


 ライボルトまで、あとわずか。


 峡谷を抜けるにつれて潮の香りはますます濃くなり、窓から吹き込む風にも、山中にはなかった湿り気が混じり始めている。


 ゼクスが窓の外を眺めていると、不意に隣から白い手が伸びてきた。


「ゼクス、腕のところ怪我してる」


「ん?」


 言われて初めて気づいた。


 軽鎧の隙間。右の前腕に浅い切り傷が走っている。先ほどの戦闘で、山賊の刃でも掠めたのだろう。すでに血は止まりかけていた。


「ああ、ホントだ。でも、これくらいなら放っといても治るよ」


「油断は駄目」


 ぴしゃりと言われた。


 シルクはゼクスの腕を取り、傷口へそっと掌を重ねる。


 温かい。


「――強化回復術(トランスヒーリング)」


 淡い光が、シルクの指先から滲み出した。


 詠唱らしい詠唱もない。


 魔法陣さえ現れない。


 ただ彼女の掌から伝わる柔らかな光が傷口を包み込み、じんじんと残っていた痛みが、温かな湯へ溶けていくように薄れていった。


「おお……」


 ゼクスが腕を返してみる。


 傷口は塞がり、赤い線がうっすら残っているだけだった。


「便利だな、シルクの回復魔法」


「……懐かしいですね」


 向かいに座るユーリが、目を細めていた。


 後ろで束ねた長い青髪が、馬車の揺れに合わせて静かに揺れている。


「ベル姉さんも、回復魔法が得意でした」


「……うん」


 シルクは自分の掌を見る。


 母から受け継いだものを確かめるように、ゆっくりと指を握った。


「私、ユーリほど実戦向きの魔法はあんまり使えないんだけどね。でも回復魔法、手で触れられる範囲なら、詠唱も魔法陣もなしで使えるんだ」


「十分すごいだろ」


 ゼクスが即答すると、シルクは少しだけ照れたように目を逸らした。


「さて」


 パン、とイロハが手を叩いた。


「ゼクスくんの補修も終わったところで、ライボルトへ向かいましょうか」


「補修って俺、装備品扱い?」


「さっき木の棒二本壊してましたし」


「壊れたのは棒だからな?」


 そう返してから、ゼクスはふと首を傾げる。


「そういや、俺はさっき色々教えてもらったけど。ユーリとシルクは?」


「ユーリさんは――」


 イロハがユーリを見る。


 その瞳が、途端にキラキラと輝いた。


「…………」


 そして。


「すー……」


 息を吸う。


「はー……」


 吐く。


 自分から深呼吸した。


『イイコよ、イロハ』


 《封神剣》の柄に腰掛けていたスカイアが、満足そうに頷いた。


『ちゃんと自分から立ち止まれたわね。ユーリ、褒めてあげて』


「えっ!? 私がですか?」


 突然振られたユーリが困惑する。


『ご褒美は大事よ』


「は、はあ……」


 ユーリは恐る恐る手を伸ばし、イロハの頭へ置いた。


「……よしよーし」


「わふーん」


 イロハが幸せそうに目を細める。


「…………」


 ゼクスは何も言えなかった。

 シルクが隣で呆然としている。


「私たちは何を見せられてるの?」


「それはそう。本当にそう」


 しかし効果は絶大だったらしい。

 頭を撫でてもらったイロハは、先ほどまでとは打って変わって妙にツヤツヤした顔で姿勢を正した。


「では改めまして」


「切り替え早いな」


「ユーリさんについては、私から教えることはほとんどありません」


 今度は真面目な声だった。


「戦い方がすでに完成されています。前へ出る人間を利用して安全圏を作り、その間に魔法陣を仕込んで勝ち筋を組み立てる。むしろ――」


 イロハはユーリをじっと見る。


「まだ、本気を出されていないように見えました」


「…………」


 ユーリは否定も肯定もしなかった。


 ただ、眼鏡を指先で押し上げる。


 ――やっぱりか。


 ゼクスにも思い当たる節はあった。


 昔からこいつはそうだ。


 何を考えているのか分からないまま、気づけば必要な準備だけが全部終わっている。


「そして、シルク」


「私?」


 イロハの視線がシルクへ移る。


「あなたは――」


 一拍置いて。


「“もう一人のあなた”と、対話してみなさい」


「……もう一人の、私?」


 シルクの表情が固まった。


「それが、あなたがもっと強くなるための鍵になる」


「どういうこと?」


「狼になっている時。思い当たることがあるでしょう?」


「…………」


 シルクが黙り込む。


 ゼクスは、その横顔を見た。


 思い当たることがあるらしい。


 白いドレスの膝元で、シルクの指がきゅっと握られている。


「……ある」


 やがて、小さく頷いた。


「狼になってる時……記憶が曖昧になることがある」


「なら、その奥にいる存在を探して」


 イロハは微笑む。


「無理に従わせるんじゃない。まずは話してみるの」


「話す……」


 シルクは自分の胸元へ手を添えた。


 何を考えているのか、ゼクスには分からない。


 ただ、その言葉を確かに受け止めていることだけは分かった。


     ◇


 やがて馬車が峡谷を抜ける。


 視界が、一気に開けた。


「おお……!」


 ゼクスは思わず窓から身を乗り出す。


 眼下に広がっていたのは、青い海。


 その海岸線に沿って、巨大な都市が広がっている。


 無数の帆船が行き交う港。


 倉庫が立ち並ぶ埠頭。


 荷車と商人で埋め尽くされた街路。


 北の海上貿易都市――ライボルト。


 王国随一の富を生み出す街が、そこにあった。


 そして。


 到着早々。


「助けてくださぁぁぁぁぁい!!」


「…………え?」


 ゼクスたちの目の前で。


 ライボルト侯爵が、見事なまでの土下座を決めた。

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