第27話 OJT
峡谷に、怒号が飛び交う。
「敵襲だァァァ!!」
「囲め囲め! 女と金目のもんは全部いただけぇ!」
岩陰や斜面から、次々と山賊たちが飛び出してくる。
揃いも揃って刈り上げたモヒカン頭。肩には無駄に大きなプロテクターを付け、目元には黒い塗料まで引いている。手にしているのも、錆びたサーベルや釘を打ち込んだ棍棒と、どこからどう見ても荒くれ者だった。
そんな男たちを前に。
イロハが拾った木の棒を、軽く肩へ担いだ。
「じゃあ、実践しながら説明するわね」
「今!?」
「実践した方が早いから」
軽い口調とは裏腹に、イロハの視線は周囲を冷静に捉えていた。
最初の山賊が棍棒を振り上げ、正面から駆け込んでくる。イロハは半歩だけ身体をずらして攻撃をかわすと、すれ違いざまに拾った木の棒を顎へ叩き込んだ。
「ぐべっ!?」
男の身体が勢いのまま一回転し、地面へ転がる。
「まず、“気”は誰にでもある」
左右から別の二人が迫った。
片方のサーベルを木の棒で軽く叩いて軌道を逸らし、そのまま身体を回転させる。外套がふわりと円を描き、続けて放たれた後ろ蹴りが、もう一人の腹へ深々と突き刺さった。
「ぐほぉっ!?」
吹き飛ばされた男が茂みへ消えていく。
「そして、気の扱い方は大きく二つ。――放射と強化」
「二つ?」
「まず、放射」
背後から飛びかかった山賊の腕を取ると、その勢いを殺さず肩越しに投げ飛ばす。宙を舞った男は、後ろから続いていた二人をまとめて巻き込み、三人揃って地面へ転がった。
「自分の内側にある気を外へ放って、大気中のマナと反応させる。それによって魔法という現象を起こすの」
「じゃあ、放射の気が魔力?」
「そういうこと。外へ放てる気を、一般には“魔力”って呼んでるだけね」
説明を続けながらも、イロハの動きは止まらない。
正面から突き出された槍を木の棒で絡め取るように逸らし、懐へ入り込む。そのまま鳩尾へ一撃。身体を折った男の肩を踏み台にして跳び、背後にいた別の山賊の頭を棒の腹で叩いた。
「ぐわっ!?」
「ぎゃあっ!」
着地すると同時に、今度は足払い。
さらに一人が地面へ沈む。
ゼクスは思わず目を見開いた。
――強い。
ただ腕力で圧倒しているわけではない。
相手の重心、武器の軌道、踏み込む方向。そのすべてを見切り、一つの動作を次の攻撃へ繋げている。
まるで山賊たち自身が、イロハに倒されるための位置へ飛び込んでいるようにすら見えた。
「イロハさん、じゃあ強化は?」
少し離れたところからシルクが尋ねる。
「名前の通りよ。気を身体の内側へ巡らせて、筋力、反応速度、耐久力を高める使い方」
イロハは横から振り下ろされた棍棒を腕で受けることなく、わずかに身体を沈めてかわした。続けて木の棒を相手の手首へ打ち込み、武器を落とさせる。
「それを拳や脚だけじゃなく、武器まで繋げられるようになると――」
返す一撃が、男の胸板を打った。
軽い木の棒だったはずなのに、鈍い衝撃音とともに男が数メートル吹き飛ぶ。
「こうなる」
「……なるほど」
「で、ゼクスくんの場合は少し特殊」
「俺?」
「あなたは“放射”の経路が閉じてる」
イロハは迫ってきた二人の山賊の間へ踏み込み、左右から振るわれたサーベルを身を沈めてかわした。
二本の刃が互いにぶつかり合い、甲高い音を立てる。
「だから外へ気を放てない。つまり、魔力として使えないから魔法も発動できない」
そこから身体を起こし、木の棒を横薙ぎに振るう。
ゴッ!!
二人まとめて吹き飛んだ。
「でも逆に言えば、普通の人なら“放射”にも振り分ける分を、全部“強化”に回せる」
「全部?」
「ええ」
逃げ出そうとした山賊へ、イロハは手にしていた木の棒を投げた。
くるくると回転した棒が後頭部へ直撃する。
「ぶべっ!」
男が前のめりに倒れた。
「だから、ゼクスくんは魔法使いにはなれない。でも、その代わり――」
イロハは何事もなかったかのように手を払い、周囲を見回した。
気づけば、さっきまで威勢よく叫んでいたモヒカンたちは、ほとんど地面へ転がっている。
「“強化”の天井が、普通の人よりずっと高いのよ」
「…………」
ゼクスは自分の掌を見る。
これまで無意識に使っていた力。
魔法が使えない。
ずっと欠点だと思っていたものが、見方を変えれば別の可能性になる。
「魔法が使えないことは、確かに不便よ」
イロハは最後に残った山賊の足を払い、そのまま首筋へ木の棒を当てて動きを止める。
「でも、それだけじゃない」
軽く棒を押し込む。
「ぐぇっ……」
最後の一人も意識を失った。
「だからこそ、あなたは“強化”を極められる」
イロハがそう言って振り返った、その時だった。
ズシン。
地面が揺れる。
「……あ?」
ゼクスが顔を上げる。
倒れた山賊たちの向こうから、一際巨大な影が姿を現した。
三メートルを優に超える巨漢。
筋肉の塊のような身体には、分厚い革と金属を組み合わせた無骨な鎧が巻きつき、剥き出しになった腕は丸太のように太い。肩幅だけでも並の男二人分はあり、その顔には幾筋もの古傷が刻まれていた。
太い眉の下から覗く眼光は猛獣のように鋭く、巨大な手には、普通の人間なら両手で扱うような大振りのサーベルが握られている。
「よくも俺様のかわいい子分どもを……!」
「かわいい……?」
ゼクスは周囲に転がるモヒカンたちを見回した。
感性は人それぞれだ。
「残るは親玉ね」
イロハは近くに落ちていた木の棒を拾うと、ゼクスへ放った。
「ゼクスくん!」
「おっと!」
ゼクスが受け取る。
「やってみなさい」
イロハは自分の胸元を指で軽く叩いた。
「“気”を武器へ流すの。握っている武器じゃなくて、自分の身体の一部だと思って」
「身体の一部……」
「ぬおおおおおおおっ!!」
山賊の頭領が地面を蹴った。
三メートルを超える巨体からは想像もできない速度で間合いを詰め、巨大なサーベルを頭上から振り下ろす。
ゼクスは木の棒を構えた。
激突。
バキンッ!!
「なっ!?」
木の棒が、真っ二つに折れた。
山賊の頭領が口元を歪める。
「そんな木切れで俺様の剣が止められるかァ!」
ゼクスは後方へ跳び、追撃から逃れる。
「駄目だ! 全然分からん!」
「“必殺技”の時はできてたわよ」
イロハが二本目の木の棒をゼクスへ放る。
「さっき使ってた連弾・巌窟王——あの時、ゼクスくんは無意識にできてた」
「俺が?」
「ええ。攻撃する瞬間だけ、身体を巡る気が剣と盾まで繋がってた。だから、あれだけの威力が出せるの」
ゼクスは受け取った木の棒へ視線を落とす。
——必殺技を使う時。
言われてみれば、確かに覚えがある。
全身の力を一つにまとめ、それを握った武器の先まで叩き込むような感覚。
「その感覚を思い出して」
イロハは自分の木の棒を軽く振ってみせる。
「攻撃だけじゃない。受ける時も、逸らす時も同じ。武器を自分の身体の延長にするの」
「なるほど……!」
山賊の頭領が迫る。
「ぬおおおおおっ!!」
二撃目。
ゼクスは木の棒へ意識を集中させた。
肩から腕へ。腕から掌へ。
そして、その先にある木の棒へ。
一本に繋ぐ。
ガァン!!
「――っ!」
耐えた。
一瞬だけ。
次の瞬間。
バキッ!!
二本目の木の棒もへし折れた。
「くそっ!」
「惜しい! 今のよ、ゼクスくん!」
「折れたぞ!?」
「でも一発目より保ったでしょ?」
「そういう判定!?」
イロハが最後の一本を投げ渡す。
「ラスト! 今の感覚を忘れないで!」
ゼクスは飛んできた木の棒を掴む。
「今度こそ決めてきなさい、ゼクスくん!」
「簡単に言うなよ!」
口ではそう返しながら、ゼクスは笑っていた。
面白い。
新しいことを覚えるのは、嫌いじゃない。
山賊の頭領が大きく息を吸い込むと、両腕の筋肉を膨れ上がらせながらサーベルを頭上へ掲げた。
「これで終わりだァァァァ!!」
三撃目。
刃が迫る。
ゼクスは、木の棒を強く握らなかった。
力むな。
腕だけで受けるな。
自分の中を巡っているものを感じろ。
肩。肘。手首。掌。
そして——木の棒まで。
一本に
——繋ぐ。
サーベルが振り下ろされた。
ゼクスは正面から受け止めない。
木の棒を斜めに添えた。
ギィン――!
金属と木材とは思えない、澄んだ音が響く。
サーベルの軌道が逸れた。
「なっ……!?」
山賊の頭領の体勢が崩れる。
ゼクスの目が見開かれた。
今の感覚。
「――掴んだ!!」
一歩。
懐へ。
気を通した木の棒を、全身の回転とともに振り抜く。
ドンッ!!
頭領の顎を打ち抜いた。
「…………」
三メートルを超える巨体がぐらりと揺れる。
そして。
ズズン!!
地響きを立てて仰向けに倒れた。
「おおおおお!」
後ろから拍手が聞こえる。
振り返れば、シルクが白いドレス姿でぱちぱちと手を叩き、その隣ではユーリも感心したように頷いていた。
「すごい! さすが勇者でプラチナ級冒険者!」
「見事な指導でしたね。剣聖のような風格でしたよ」
「……まあ」
イロハは頬を掻いた。
「実際、剣聖の師匠に弟子入りして――」
少し気まずそうに目を逸らす。
「師匠に勝ったら、追い出された身なので」
「すっげえ……」
ゼクスの口から、素直な感想が漏れた。
♢
その後。
ゼクスたちは気絶した変わった格好の山賊たちをまとめて縄で縛り上げ、近隣の兵士詰め所へ引き渡した。
思わぬ寄り道にはなったものの、大きな被害はない。
再び馬車へ乗り込み、北へ。
潮の香りは、先ほどよりも濃くなっていた。
そして、峡谷を抜けた先。
ついに。
北の海上貿易都市――ライボルトが見えた。




