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美女で野獣 ~もふもふ狼娘になった復讐令嬢と魔法が使えない戦士貴族、最強バディで魔王を討つ  作者: 炭酸水ひろみつ(旧 強炭酸)
二章 勇者

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第26話 山賊

 ライボルトまで、あとわずか。


 ゼクスたちを乗せた馬車は、王都から延びる街道を北へと走っていた。


 左右には切り立った岩壁が迫り、その斜面を縫うように木々が生い茂っている。車輪が石を踏むたび、ごとごとと規則正しい振動が座席から身体へ伝わってきた。


 ゼクスは窓から顔を出し、風を吸い込む。


「……潮の匂いがする」


「ここは“海鳴りの峡谷”ですね」


 向かいに座っていたユーリが答える。


 長い青髪を後ろで束ね、学者風の衣服の上から旅用の外套を羽織っている。揺れる馬車の中でも姿勢を崩さず、膝の上には杖を横たえていた。


「地形の関係で、ライボルトから吹く潮風がこの峡谷へ流れ込んでくるんです」


「周りはまだ山なのに、不思議ね」


 シルクも窓の外へ視線を向ける。


 白を基調とした冒険者風のドレス。その長い髪が、窓から吹き込んだ潮風にさらりと揺れた。


 もう海が近い。目的地は目前だ。

 ――その時。


 ヒュンッ!


 鋭く風を切る音がした。

 直後。


 ドスッ!


「っ!?」


 一本の矢が、馬車の側面へ突き刺さった。

 矢羽根がびりびりと震える。


「敵襲!!」


 御者の叫びが峡谷に響き渡った。

 ゼクスは反射的に腰の片手剣へ手を伸ばす。


「全員、伏せろ!」


 続けざまに、頭上から何本もの矢が降ってきた。


 ガッ! ガガッ!


 幌や車体へ矢が突き刺さり、馬が甲高くいななく。


「皆さん、武器を構えて!」


 イロハの声から、先ほどまでの柔らかさが消えていた。


 黒髪のボブカットから覗く緑色のインナーカラーを揺らしながら、すでに馬車の外へ鋭い視線を走らせている。


『左右の斜面に複数いるわ』


 《封神剣》の柄に腰掛けたスカイアも、透き通った羽を震わせる。


『たぶん山賊。上にも伏兵がいる』


 ゼクスが窓から斜面を見上げる。


「挟まれたか……!」


 その時。


 ゴゴゴゴゴ――。


 今度は、腹の底へ響くような地鳴り。


 峡谷の上から巨大な岩が転がり落ちてきた。


「止めろ!」


 御者が慌てて手綱を引く。


 馬が前脚を跳ね上げた。


 ズドォン!!


 巨大な岩が街道へ落下し、土煙と砕けた石を撒き散らしながら、馬車の進路を完全に塞いだ。


 そして。


「ヒャッハァァァ!!」


 岩陰から、実に頭の悪そうな雄叫びが聞こえてきた


「デイスター印の高級馬車じゃねえか!」


「命が惜しけりゃ、金目の物をぜーんぶ置いてきな!」


 岩陰から、三人の男が姿を現した。


 ゼクスは目を疑う。


 頭髪は、見事なモヒカン。

 両肩には、何の役に立つのか分からない巨大な肩当て。

 そして目の下には、威圧するためなのか黒い塗料まで塗りたくられている。


 一人は釘を何本も打ち込んだ棍棒。

 一人は湾曲したサーベル。

 もう一人は鎖の先端に重い分銅を取り付けた鎖鎌。

 どこからどう見ても。


 山賊である。


「貴様ら、山賊か!!」


 馬車から飛び降りたゼクスが叫んだ。


「外道め!」


 続いて降りたユーリも杖を構える。


「ヒャッハー!」


 山賊が威嚇するように武器を掲げた。

 その光景を見たイロハだけが、なんとも言えない顔をしていた。


「…………」


『どうしたの?』


「いや……」


 イロハは小声で呟く。


「この世界の山賊、なんでこんなに世紀末なんだろうなって……」


『今そこ気にする?』


 もっとも、目だけは笑っていない。

 地上に三人。

 だが、先ほど岩を落とした人間が他にいる。


 おそらく斜面か、木々の陰に伏兵がいる。


 イロハは一瞬で周囲へ視線を走らせると、腰の《封神剣》へ手を伸ばすことなく告げた。


「まずは皆さんの力を見せてください」


「見せる?」


「ええ」


 イロハは斜面へ視線を向けたまま、口元だけで笑う。


「私は伏兵を警戒します。正面の三人はお任せしますね」


「了解!」


 シルクが胸の前で両手を合わせた。

 短い祈り。

 そして――。


 パンッ!


 乾いた音が峡谷に響く。

 

 白銀の狼を模した仮面を顔の前へ構えた。


「――仮面解放(ペルソナ・フレア)!」


 白い光が身体を包み込む。


 光が弾けると同時に、頭には白銀の狼耳が現れ、腕と脚を柔らかな毛皮が覆っていく。指先から鋭い爪が伸び、ドレスの背後からは大きな白銀の尻尾が躍り出た。


「な、なんだこいつ!?」


「獣人だぁ!?」


 山賊たちが怯んだ。

 その一瞬を、シルクは逃さない。


「はああああっ!!」


 地面を蹴る。

 白銀の姿が一気に間合いを詰めた。


「なっ――!?」


 棍棒の男が反応するより早く、シルクの爪がその武器を横から弾く。棍棒の軌道が逸れたところへ懐深く踏み込み、腹部へ拳を叩き込んだ。


「ぐぼっ!?」


 男の巨体がくの字に折れる。

 だが、もう一人。

 サーベルを持った男がシルクの背後へ回り込んでいた。


「隙だらけだぜぇ!」


 湾曲した刃が振り上げられる。

 ゼクスはその動きを見逃さなかった。


 赤い短髪を風になびかせながら一気に踏み込み、左腕の盾を身体ごと叩きつける。


 ガァン!!


「ぐえっ!?」


 鉄の盾が男の横っ面を捉えた。

 サーベルの男がたたらを踏む。

 ゼクスは片手剣を抜き、その切っ先を男へ向けた。


「お前の相手は俺だよ」


 シルクとゼクス。

 二人が自然と互いの死角を埋めるように立つ。

 その様子を、少し離れた場所からイロハが観察していた。


 敵を見るだけではない。

 足運び。間合い。互いの位置。攻撃後の隙。


 イロハの瞳が細くなる。

 ――いいコンビ。

 特に指示を交わさなくても、互いの足りない部分を補っている。


 ただ――。

 まだ粗い。


 シルクは獣の力を引き出し切れていない。

 ゼクスもまた、純粋な身体能力だけに頼っている部分がある。


 伸びしろは大きい。


 その時。


 ジャラッ!


 鎖の音。


「おっと!」


 イロハ目掛け、鉄の分銅が一直線に飛んできた。


 しかし。


「――氷結障壁(アイスウォール)」


 澄んだ声が響いた。

 イロハの眼前で青白い魔法陣が輝き、冷気が一気に噴き出す。

 氷の壁が形成された。


 ガギィン!!


 分銅が氷壁へ激突し、弾かれる。

 白い霜が周囲へ舞った。


「よそ見は厳禁ですよ」


 杖を構えたユーリが、眼鏡越しに鎖鎌の男を見据えていた。


「好き」


「はい?」


「――じゃなくて、ありがとうございます、ユーリさん!」


『本音と建前が逆よ。落ち着きなさい』


 スカイアが呆れた声を上げる。


「まだです」


 ユーリが杖を振るう。

 鎖鎌の男の足元。

 いつの間にか、紫色の魔法陣が完成していた。


「麻痺拘束(パラライズ・バインド)」


 地面から紫色の茨が一斉に伸びる。


「な、なんだこれ――ぎゃあああっ!?」


 棘のある蔓が男の両脚から胴体へ絡みつき、微かな電光を散らしながらその自由を奪っていく。


 男は数秒も抵抗できなかった。


 がくりと膝をつく。


「一人」


 ユーリは静かに眼鏡を押し上げる。


「向こうも終わりそうですね」


「ゼクス!」


 シルクの声。


 視線を向けると、残った二人の山賊が街道脇へ追い込まれていた。


 片側には切り立った岩壁。

 反対側にはシルク。

 退路はない。


「二人とも追い込んだわよ!」


「ナイスだ、シルク!」


 ゼクスが駆ける。

 右手に片手剣。

 左腕には盾。


 まずサーベルを振り上げた男の懐へ入り込み、その手首を剣の腹で打ち払う。


「――連弾・巌窟王《モンテクリスト・サンド》!!」


 一撃目。


 剣の柄頭が男の鳩尾へめり込む。

 身体を捻る。


 二撃目。


 盾が隣の男の顎を跳ね上げた。

 さらに踏み込む。


 三撃目。


 剣と盾を左右から叩き込み、二人まとめて地面へ転がした。


「ぐあっ!」


「がっ……!」


 二人の山賊がほぼ同時に沈黙する。


 決着だった。


     ◇


 数分後。


「よし」


 山賊たちは街道脇に並べられ、持っていた縄で仲良くぐるぐる巻きにされていた。


「覚えてやがれー!」


「はいはい」


 ゼクスは山賊の捨て台詞を聞き流し、剣を鞘へ収める。

 イロハがその様子を眺めながら、満足そうに頷いた。


「皆さんの力、大体分かりました」


「どうだった?」


「想像以上ですよ。シルクちゃんとの連携もいいですし、ユーリさんは――」


 イロハの表情が一瞬緩む。


「やっぱり最高です」


『評価に私情を混ぜない』


「戦闘面でもですよ!?」


 その時だった。


 ゴゴゴゴゴゴ――。


「……ん?」


 頭上から、再び地鳴りが響く。


 ゼクスが顔を上げた。


「しまった!」


 伏兵。


 まだ残っていた。


 峡谷の斜面から、先ほどよりさらに巨大な岩が転がり落ちてくる。


「危ない!」


 ゼクスが叫ぶ。


 岩は真っ直ぐ――イロハへ。


「イロハさん!!」


 避けろ。


 そう叫ぼうとした。


 だが、イロハは動かなかった。


「…………」


 足元に転がっていた一本の木の棒を拾う。


 剣ですらない。


 ただの棒。


 迫る巨岩を見据え、イロハはそれを片手でゆるりと構えた。


 そして。振るう。


 ドンッ!!


「――な!?」


 ゼクスは目を見開いた。

 砕いていない。

 受け止めてもいない。

 ほんのわずかに力の向きを変えただけ。


 それなのに、何百キロあるのかも分からない巨岩はイロハの身体を避けるように軌道を逸らし、その横へ轟音を立てて落下した。


 土煙が舞い上がる。


 その中心。


 イロハは、何事もなかったかのように木の棒を肩へ担いでいた。


 ゼクスは言葉を失った。

 今のは筋力ではない。

 剣の切れ味でもない。

 ましてや、魔法でもない。


「……どうやったんだ?」


 イロハが振り返る。

 いつもの人懐っこい笑顔。


 けれど。


 その瞬間だけは、剣神神風と呼ばれる冒険者の顔に見えた。


「特にゼクスくん」


「俺?」


「あなたには、これを覚えてもらいます」


 イロハは木の棒をゼクスへ向ける。


「魔法が使えない以上――」


 緑色のインナーカラーが、峡谷を抜ける潮風に揺れた。


「私があなたに、“気”の使い方を叩き込みます」

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