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美女で野獣 ~もふもふ狼娘になった復讐令嬢と魔法が使えない戦士貴族、最強バディで魔王を討つ  作者: 炭酸水ひろみつ(旧 強炭酸)
二章 勇者

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第25話 要求

 グラハムは玉座に深く腰掛けたまま、重々しく口を開いた。


「魔王軍から通達があった」


 謁見の間に、低い声が響く。

 先ほどまで漂っていた和やかな空気は、もうどこにもない。赤い髭を蓄えたグラハムの顔には、一国を背負う王としての厳しさが浮かんでいた。


「要求は一つ」


 そこで言葉を区切る。


「――北の海上貿易都市、ライボルトを引き渡せ」


「ライボルトを……?」


 ゼクスは眉をひそめた。

 ソレスティア王国北部に位置するライボルトは、大陸各地から商船が集まる巨大な貿易都市だ。


 国外から運び込まれる食料。鉱石。武器。魔法道具。

 そして、それらを王国全土へ送り出す物流の要衝。

 奪われれば、一つの都市を失うだけでは済まない。


 王国そのものの血管を押さえられるようなものだ。


「無条件で都市を明け渡せば、それ以上ソレスティア王国へ侵攻するつもりはない――そう言っている」


 グラハムの眉間に、深い皺が刻まれる。


「そして最後に、こう付け加えられていた」


 嫌な予感がした。


「――『第二のルナグレイヴにならぬよう、賢明な判断を期待する』とな」


「…………!」


 シルクの顔から、表情が消えた。

 白いドレスの裾を握る手に、ぎゅっと力が入る。

 次の瞬間。


 ふわり。


 長い髪が逆立った。

 風など吹いていない。


 それでも、抑えきれない感情に呼応するように髪が揺れ、シルクの周囲に張り詰めた空気が生まれる。


 ゼクスは思わず彼女を見た。


 怒っている。


 声を荒らげるわけでもない。

 歯を剥き出しにするわけでもない。


 だからこそ、怖い。


「……分かりました」


 シルクがぽつりと呟いた。


「何がだ?」


 グラハムが問い返す。

 シルクはゆっくりと顔を上げた。


「魔王軍が、どうしてルナグレイヴを襲ったのか」


「…………」


「ルナグレイヴの沿岸部は地形が入り組んでいます。大きな船を接岸させるのにも向いていない。魔大陸から近いとはいえ、軍事拠点として占領する価値はそれほど高くありません」


 それでも魔王軍はルナグレイヴを襲った。


 街を焼き。人々を殺し。

 シルクから家族を奪った。


「……最初から、占領するつもりなんてなかった」


 その声が震えた。悲しみではない。


 怒りだ。


「近かったから」


 シルクの拳が固く握られる。


「見せしめにするのに、都合がよかったから」


 ゼクスの奥歯が噛み締められた。

 ようやく一本の線に繋がった。

 ルナグレイヴを徹底的に破壊する。

 そして、その惨状を王国全土へ知らしめる。


 次はお前たちだ、と。


「ルナグレイヴを潰したのは、ライボルトを戦わずして奪うため……」


 シルクはグラハムを真っ直ぐ見据えた。


「最初から、本命はライボルトだったんです」


 謁見の間が静まり返った。

 グラハムは目を閉じる。


 数秒。


 やがて瞼を開いた時、その瞳には明確な決意が宿っていた。


「――無論」


 赤い髭の奥から、低い声が響く。


「我々は戦う」


 迷いはなかった。


「ライボルトを明け渡したところで、魔王軍が約束を守る保証などどこにもない。一度要求を呑めば、次は別の街。その次は領土。その次は――この王都だ」


 グラハムが玉座の肘掛けを強く握る。


「ライボルトは渡さぬ」


 王の声が響き渡った。


「ここを抜かれれば、王国北部から敵軍が雪崩れ込んでくる。今後の戦局を左右する、最初の大防衛戦になると考えていい」


「応!!」


 突然の大声が響いた。

 全員の視線がゼクスへ集まる。

 ゼクスは立ち上がり、拳を掌へ打ちつけていた。

 その赤い短髪の下で、口元が好戦的に吊り上がっている。


「そうこなくては!!」


「坊ちゃん」


 隣のユーリが眼鏡を押し上げる。


「戦争が始まる話を聞いて、嬉しそうな顔しないでください」


「いや、違うって! 叔父上が降伏するとか言い出さなくて安心しただけだから!」


「顔が完全に戦いたい人のそれですよ」


「…………」


 否定できなかった。

 シルクの口元にも、ほんのわずかに笑みが戻る。

 グラハムはそんな甥を見て小さく息を吐いたあと、再び王の顔へ戻った。


「ライゼクスタ。勇者イロハ。そしてシルクハティ嬢、ユーリ」


「はい」


「君たちには、王国軍に先行してライボルトへ向かってもらいたい」


 ゼクスも表情を引き締める。


「ライボルト侯爵にはすでに話を通してある。現地へ到着次第、彼と協力して民衆の避難を進めてくれ」


「敵が来る前に、街を空にするんだな」


「そうだ」


 グラハムは頷く。


「王国軍本隊は、準備が整い次第デイスターを発つ。君たちには先行隊として、現地の状況確認と避難誘導を頼みたい」


「分かりました」


 ゼクスは力強く頷いた。


「任せてくれ、叔父上」


     ◇


 そして翌朝。

 ゼクスたちは王都デイスターを発った。


 目指すは北方。

 海上貿易都市――ライボルト。


 王都を離れてからしばらくは、何事もなく旅は続いた。


 だが。


 ライボルトまで、あとわずか。

 街道が険しい峡谷へ差しかかった、その時だった。


 ヒュッ――。


「……ん?」


 ゼクスの耳が、風を切る鋭い音を捉えた。


 直後。


 ガンッ!!


 一本の矢が、馬車の側板へ突き刺さった。


「敵襲!!」


 ――山賊だ。


 魔王軍との戦いを目前にして。

 今度は、人間が立ちはだかった。

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