第24話 ソレスティア国王
――王都デイスター、王宮。
神託を受けた勇者は、王都へ到着した際、国王へ謁見することになっている。
そして今回、勇者イロハと行動を共にすることになった俺たち三人も、その場へ同席することになった。
磨き上げられた大理石の床へ、靴音が静かに響く。
高い天井からは巨大なシャンデリアが吊り下げられ、壁には歴代国王の肖像画と、ソレスティア王国の紋章が刻まれていた。
その最奥。
一段高くなった場所に、二つの玉座が並んでいる。
片方に腰掛けているのは、現国王――グラハム=デイスター。
燃えるような赤髪と、同じ色の立派な髭。
金糸の刺繍が施された重厚な衣装を纏い、玉座へ座っているだけで周囲の空気を引き締めるような威厳があった。
もっとも、ゼクスにはその顔にどこか見覚えがある。
血の繋がりなのだろう。
目元や笑った時の口元などは、自分と少し似ている。
「よくぞ参った。勇者イロハ」
低く、よく通る声が謁見の間へ響いた。
グラハムの視線が、イロハから隣へ移っていく。
「それに、我が甥ライゼクスタ。その従者ユーリも、よく戻った」
「はい、叔父上」
ゼクスが軽く頭を下げる。
そして最後に。
グラハムの視線が、白い冒険者風のドレスを纏ったシルクへ向けられた。
先ほどまでの王としての表情が、わずかに曇る。
「そして……シルクハティ嬢」
「はい」
「ルナグレイヴ侯爵領襲撃の件は、さぞ辛かったことだろう」
シルクの肩が、ほんの少しだけ強張った。
「君の父――ルークとは友人でな」
「父と……?」
「ああ」
グラハムの口元に、懐かしむような笑みが浮かぶ。
「会うたびに腕相撲を挑まれていた。戦績は十勝十一敗」
国王は自分の右腕へ視線を落とした。
「結局、一度負け越したまま勝ち逃げされてしまったよ」
「…………」
シルクは目を瞬かせた。
ほんの一瞬。
そこに浮かんだのは、悲しみよりも驚きだった。
「父……国王様にまで腕相撲を挑んでたんですか?」
「誰であろうと関係なかったからな、あの男は」
グラハムが苦笑する。
ゼクスにも容易に想像できた。
相手が国王だろうとなんだろうと、「一勝負どうだ!」と笑いながら腕を差し出すルークの姿が。
「……父のことを話していただいて、ありがとうございます」
シルクは胸元へ手を添え、静かに頭を下げた。
「国王様とそんなお付き合いがあったことも、知りませんでした」
「ルークは自分の交友関係をいちいち娘へ自慢する男でもなかったからな」
「腕相撲の戦績は自慢してそうですけど」
「それはしていたかもしれん」
シルクの口元に、小さな笑みが戻った。
その様子を見届けてから、隣の玉座に座っていた女性が優雅に口を開く。
「シルクハティ」
王妃ジュリア=デイスター。
艶やかな金髪を美しく結い上げ、宝石をあしらった髪飾りで留めている。王妃に相応しい華やかなドレスを纏っているが、その表情にはグラハムとは違う柔らかな親しみがあった。
「本来なら、あなたとはもう少し違う形でお会いする予定だったのだけれど」
「違う形……ですか?」
「ええ。あの事件さえなければ、あなたにもそろそろお見合いや縁談のお話をする頃でしょう?」
シルクの表情がわずかに曇る。
「……今は、まだ」
膝の上で、指先がそっと重なった。
「心の整理がついていません。それに私は、魔王との決着を優先したいと思っています」
「そうね」
ジュリアは否定しなかった。
むしろ、その気持ちを理解するようにゆっくり頷く。
「もちろん、今のあなたに無理強いするつもりなんてないわ」
「ありがとうございます」
「それに――」
ジュリアの視線が動いた。
なぜか。
ゼクスへ。
「もともと縁談のお相手は、そこのゼクスだったのだけれど」
「…………え?」
シルクが固まった。
ゼクスも固まった。
ユーリだけが「なるほど」という顔をしている。
「……俺?」
「ええ、あなた」
ジュリアが楽しそうに微笑む。
「でも、もう必要ないでしょう?」
「…………」
ゼクスは隣を見る。
シルクもこちらを見ていた。
目が合う。
シルクの頬が、じわじわと赤くなっていく。
「…………」
「…………」
その様子を。
グラハムとジュリアが、揃ってニヤニヤしながら眺めていた。
――叔父上。
――叔母上。
ゼクスは確信する。
図りやがったな。
完全に、若い二人の仲を面白がって縁談を持ち出す親戚のムーブだった。
「叔父上……その話、今する必要ありました?」
「さて、なんのことかな」
「目が笑ってるんだよ」
「坊ちゃん。国王陛下にその口の利き方はどうかと思いますよ」
ユーリから小声で注意された。
グラハムは愉快そうに髭を撫でていたが――やがて、その手を止めた。
表情が変わる。
先ほどまでそこにいた親戚の叔父ではない。
ソレスティア王国を背負う、国王の顔。
謁見の間の空気も、それにつられるように引き締まった。
「――では」
グラハムの低い声が響く。
「本題に入ろう」
ゼクスも自然と背筋を伸ばした。
イロハからも先ほどまでの軽い雰囲気が消える。
グラハムは玉座から一同を見渡した。
「魔王軍から、我が国へ通達があった」
その一言で。
謁見の間から、最後の笑いの余韻が消えた。




