第20話 ランプの花
「シルク!!」
ゼクスが叫ぶ。
だが、その目にシルクの姿は映っていない。ギガバットの暗闇魔法によって視界は完全な闇に閉ざされ、目を開けているはずなのに何も見えず、聞こえるのはゴブリンたちが落ち葉を蹴散らしながら迫ってくる音だけだった。
しかも、“獅子心王”を放った直後だ。弓を握る右腕には、まだ強烈な反動が残っている。
「くそっ……!」
シルクもキリングベアの猛攻から飛び退いた直後で体勢を崩しており、その背後からは緑色の小柄な身体を跳ねさせたゴブリンが、錆びた短剣を高く振り上げながら迫っていた。
「シルク、後ろだ!」
「えっ――」
シルクの狼耳が足音を拾う。
だが、遅い。
ゴブリンの短剣が振り下ろされようとした、その瞬間――シルクの足元で赤い光が灯った。
「――爆破魔法」
聞き慣れた落ち着いた声とともに、湿った土と落ち葉の下へ隠されていた魔法陣が一斉に赤く輝く。
ドォン!!
「ギャアアアアアッ!?」
爆炎が弾け、三体のゴブリンがまとめて吹き飛んだ。木の葉や土塊とともに小柄な身体が宙を舞い、折れた短剣や棍棒が地面へ転がっていく。
「まだです」
ユーリはすでに杖を頭上へ向けていた。
その先では、木々の間を縫うようにギガバットが飛び回っている。
「坊ちゃんに余計なことをしてくれましたね」
杖の先で魔法陣が輝く。
「――風刃」
鋭い風の刃が宙を走り、ギガバットの翼を切り裂いた。
「ギィィィッ!?」
片翼を失った巨体が木の枝を巻き込みながら墜落し、鈍い音を立てて地面へ叩きつけられる。それを確認したユーリは、すぐさま視界を奪われたゼクスへ駆け寄った。
「坊ちゃん、動かないで」
「見えないから動けねえよ」
「でしょうね」
ユーリはさらりと返しながら、指輪を嵌めた手でゼクスの肩に触れた。
「――破幻」
淡い光がゼクスの身体を包み込み、それまで黒一色だった視界へ、少しずつ森の色が戻ってくる。
「……ふぅ」
ゼクスは何度か目を瞬かせ、ようやく見慣れた二人の姿を認めると息を吐いた。
「助かった」
「まったく。相変わらず精神や感覚へ干渉する魔法には弱いですね」
「魔力がないんだから仕方ないだろ」
ゼクスはそう言って、ユーリの指にはめられた指輪へ目をやる。
「俺じゃ、それも使えないし」
「だから僕がいるんでしょう」
ユーリはなんでもないことのように言うと、爆発の跡が残る地面へ向き直った。
「それに、伏兵がいること自体は予想していました。キリングベア一体にしては、周囲の茂みが騒がしすぎましたからね」
「それで戦ってる間に魔法陣を?」
「ええ。ゴブリンたちの位置と、こちらへ来る経路を予測して仕込んでおきました」
それを聞いたシルクが、感心したように白銀の狼耳を小さく動かした。
「だんだんユーリさんが『隠れる』理由、分かってきました」
「そうそう」
ゼクスは弓を背中へ戻しながら笑った。
「こいつが隠れる時って、大体先回りして暗躍してるんだよ」
「暗躍とは人聞きの悪い」
ユーリは眼鏡を押し上げ、さも当然のように言い返す。
「料理も戦闘も、段取りと仕込みが八割です」
「料理と一緒なんだ……」
♢
三人は再び、シルフの森を歩き始めた。
先ほどまで響いていた魔物の咆哮や爆音が嘘だったかのように森は静けさを取り戻し、木々の隙間から差し込んでいた陽光も、いつしか柔らかな橙色へと変わっている。風が梢を渡るたび、鈴を転がしたような葉擦れの音が遠くから響いてきた。
「そういえばさ」
後ろを歩いていたシルクが、不意に声を掛けた。
「ゼクスって、技を出す時に名前叫ぶじゃない?」
「ああ」
「あれ、星とか星座から取ってるの?」
その質問を聞いた途端、ゼクスの顔がぱっと明るくなった。
「御名答! よく分かったな!」
「神託が降るまで図書館で本を読んでたから。似たような名前があったなって」
「そうそう! 獅子心王とか巌窟王とか、星の名前って技にすると格好いいだろ?」
「ああ、それですか」
ユーリが懐かしそうに口を挟んだ。
「王都の少年なら、誰もが一度は通る道ですよ。星や星座から名前を借りて、必殺技を考えるんです」
「おい」
ゼクスが不満そうに振り返る。
「なんで俺だけ恥ずかしい奴みたいに言うんだよ。ユーリだって昔、魔法にカッコいい詠唱つけてただろ!」
「詠唱には術式を安定させる意味があります」
「ずるいぞ、その言い訳!」
「事実です」
「ふふっ」
二人のやり取りを聞いていたシルクが、堪えきれなくなったように口元を押さえて笑った。
「二人とも、本当に仲いいね」
「そう見えるか?」
「見える」
ゼクスとユーリは一度顔を見合わせる。
「まあ、付き合い長いしな」
「不本意ながら」
「そこは認めろよ!」
「あれ?」
そのとき、シルクが足を止めた。
彼女の視線を追うと、薄暗くなった森の地面に、ぽう、と淡い黄色の光が浮かんでいる。
「……花が光ってる」
草むらに咲いていたのは、手のひらに収まるほどの小さな花だった。
その花が一輪、淡い光を灯している。
さらに少し離れた先にも一輪、その向こうにもまた一輪と、夕暮れが深まるにつれて、それまで草木の中へ紛れていた花々が次々に黄色い光を灯し始めた。
気づけば、その光は森の奥へ向かって連なり、夕闇の中に一本の道を描いている。
「道みたいになってる……」
「なるほど」
ユーリが空を見上げる。
木々の隙間から覗く空は、すでに茜色から群青へ変わり始めていた。
「『ランプが道を示す』――比喩ではなかったようですね」
「ってことは……」
ゼクスは光の続く先へ目を向け――ふと、腰元で揺れているものに気づいた。
テンペストを出る前、ギルド併設の雑貨店でわざわざ買ってきた小型のランプだった。
「…………」
「坊ちゃん?」
ゼクスは腰のランプと、森の奥へ続く光の花を交互に見比べた。
「これ、買う必要なかった?」
「どうやら、そのようですね」
「先に言ってくれよ、受付のお姉さん……」
「『森に入れば分かる』とは言っていましたよ」
「分かるの遅すぎない?」
シルクが思わず吹き出した。
「ふふっ。でも、道は分かったんだからいいじゃない」
「まあな」
ゼクスは改めて顔を上げた。
迷い続けた暗い森の奥を、淡い黄色の光が三人を招くように照らしている。
ようやく見つけた。
「よし。今度こそ迷子は終わりだ。先へ進もう!」
三人はランプの花が作り出した光の道を辿り、夕闇に沈みゆくシルフの森のさらに奥へと進んでいった。




