第14話 行こう
【シルク視点】
「力を使う時は、この仮面を被ってください」
ユーリは、ベルの残した資料を指でなぞった。
シルクの手には、白銀の狼を模した仮面がある。
「そして――」
ユーリは静かに、その言葉を口にした。
「仮面解放」
「ペルソナ・フレア……」
シルクも小さく復唱する。
「それが、獣の力を解放するための言葉です」
ユーリは続ける。
「人の姿へ戻る時は《ペルソナ・レスト》。再び力を使う時は《ペルソナ・フレア》」
「オンとオフだな!」
ゼクスが得意げに言う。
「だからその例え、情緒がないんですって……」
ユーリは呆れたようにため息をついた。
シルクは思わず小さく笑う。
そして、手の中の仮面へ視線を落とした。
人の姿へ戻ったからといって、獣だった自分が消えたわけではない。
あの白銀の狼も。
獣人だった自分も。
今はこうして、自分の手の中に残っている。
もう、それを怖いとは思わなかった。
♢
ふと。
ユーリの脳裏に、遠い昔の記憶が蘇る。
『ユーリ君』
まだ幼かったシルクを腕に抱き、ベルが笑っていた。
『この子のこと、よろしくね』
あの頃のユーリには、その言葉がどれほど重いものなのか分からなかった。
ただ、敬愛する姉弟子に頼られたことが嬉しくて。
『はい!』
そう答えた。
そして今。
人の姿へ戻ったシルクが、白銀の仮面を大切そうに抱えている。
ユーリは誰にも気付かれないよう、小さく笑った。
(ベル姐さん)
(約束は――これで終わりじゃなさそうですね)
今度は、託されたからではない。
自分自身が、この先を見届けたいと思っていた。
♢
【ゼクス視点】
静かな研究室の中で、ゼクスはほっと息を吐いた。
「良かった」
シルクが首を傾げる。
「……けど?」
「ん?」
「何か言いかけてなかった?」
ゼクスは頭を掻きながら、少し照れくさそうに笑った。
「いや、その……」
人の姿へ戻ったシルクを見る。
もちろん綺麗だと思う。
けれど。
「人間のシルクも、もちろん綺麗だけどさ」
「……うん」
「俺は――」
一呼吸置く。
「獣人のシルクも好きなんだ」
研究室が、しんと静まり返った。
ユーリの口元が引きつる。
(坊ちゃん……本当に姿はどうでもいいんですね)
一瞬の沈黙。
そして。
「ふふっ」
シルクが吹き出した。
目尻に残っていた涙を拭いながら笑う。
「別に構わないわよ」
白銀の仮面を額に軽く当てて微笑む。
「だって、これも私なんでしょ?」
「ああ」
ゼクスは迷わず頷いた。
「そういうこと」
シルクは仮面を胸元へ引き寄せ、柔らかく笑った。
「それで?」
「ん?」
「これから、どうするの?」
ゼクスの表情が変わる。
迷いはなかった。
「決まってる」
拳を握る。
「打倒、魔王!」
「坊ちゃん、本気ですか!?」
ユーリが盛大に声を上げた。
「神託だって、まだ下ってないんですよ? あなた、勇者でもないでしょう!」
「知ってるよ」
ゼクスはあっさり頷く。
「魔王が復活すれば、いずれ女神が神託を下す」
指を一本立てる。
「そこで選ばれた勇者が、四大精霊の力を借りて魔王を倒す」
シルクも静かに頷いた。
「歴代の勇者も、そうして魔王を討ったと伝えられているわ」
「でしたら、その勇者に任せれば――」
「それは違う」
ゼクスは、ユーリの言葉を遮った。
そして。
シルクを見る。
「勇者は世界を救う」
一歩。
彼女の前へ出る。
「俺は、シルクを守る」
にっと笑った。
「そのついでに、魔王をぶん殴る」
一瞬。
研究室が静まり返る。
ユーリは深いため息をつき、額を押さえた。
「順番がおかしいんですよ……」
「でも」
シルクが肩を震わせながら笑う。
「ゼクスらしい」
「だろ?」
「褒めてませんからね?」
ユーリの突っ込みを聞き流し、ゼクスは腕を組んだ。
「とりあえず、一度王都へ戻ろう」
「王都へ?」
「ああ。神託が下るまで、魔王軍の情報を集める」
シルクを見る。
「旅の準備だって必要だろ?」
「……そうね」
「勇者が選ばれたら、その時に合流する」
ゼクスは拳を握った。
「勇者だって、魔王と一人で戦うわけじゃない。護衛くらい必要だろ」
「護衛……」
ユーリの顔に、露骨な嫌な予感が浮かんだ。
「まあ、その理屈は分からなくも――」
「調査隊は部下に任せる!」
「はい?」
ゼクスが満面の笑みで振り返る。
「ユーリ!」
「嫌な予感しかしません」
「しばらく護衛、頼む!」
「やっぱり!」
ユーリが一歩後ずさる。
「お断りします!」
「なんでだよ!」
「私は王宮魔術師です! 研究も仕事もあるんですよ!」
「でも来るだろ?」
「その根拠のない自信はどこから――」
逃げようとしたユーリの肩を。
がしっ。
シルクが笑顔のまま掴んだ。
「私からも、お願いします」
「シルクさんまで!?」
「ユーリがいた方が安心だし」
「それは……」
ユーリは言葉に詰まった。
ゼクスを見る。
シルクを見る。
そして。
手の中の仮面へ、一瞬だけ視線を落とす。
脳裏に、ベルの笑顔が浮かんだ。
『この子のこと、よろしくね』
ユーリは、観念したように肩を落とした。
「……分かりましたよ」
「よっしゃ!」
「ただし!」
ゼクスへ指を突きつける。
「無茶をする時は、事前に私へ相談してください!」
「努力する!」
「守る気ないでしょう、それ!」
シルクの笑い声が、研究室へ響いた。
♢
数日後。
三人は、ルナグレイヴを見渡せる丘の上に立っていた。
吹き抜ける風が、三人の髪を揺らす。
眼下には、戦火の傷跡を残しながらも再び人々が動き始めた故郷。
その遥か彼方。
地平線の先には、魔大陸へ続く空が広がっている。
ゼクスは、その方角をじっと見つめた。
この先に何が待っているのか。
まだ分からない。
勇者が誰なのかも。
魔王軍がどれほどの力を持っているのかも。
そして。
シルクが手にした仮面に宿る『神獣』が、何者なのかも。
分からないことばかりだ。
それでも。隣を見る。
シルクがいた。
白銀の仮面を携え、迷いのない瞳で同じ先を見ている。
反対側には。
すでに疲れたような顔をしたユーリが立っていた。
「……本当に行くんですね」
「当たり前だろ」
ゼクスは笑う。
「行こう」
一歩、前へ踏み出す。
その隣へ。
シルクが迷いなく並んだ。
少し遅れて。
ユーリが大きなため息をつきながら、その横へ並ぶ。
「……本当に、面倒な人たちですね」
「今さらだろ?」
「ふふっ」
三人は顔を見合わせた。
そして。
同じ歩幅で、歩き始める。
世界を救う勇者は、まだいない。
けれど。
彼らの旅は、もう始まっていた。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
いかがだったでしょうか。
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次回から新章突入です。




