↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美女で野獣 ~もふもふ狼娘になった復讐令嬢と魔法が使えない戦士貴族、最強バディで魔王を討つ  作者: 炭酸水ひろみつ(旧 強炭酸)
一章 冒険の夜明け

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/16

第13話 仮面〜ペルソナ〜

【シルク視点】


 地下シェルターには、久しく失われていた笑い声が戻っていた。


 つい一時間程前まで死の気配に包まれていたとは思えないほど、その場所には穏やかな空気が流れている。


 子どもたちは、ようやく立ち入れるようになった畑の周りを駆け回り、歓声を上げていた。


 大人たちは井戸や貯蔵庫の状態を確かめながら、これからの生活について声を掛け合っている。


「あの畑も使えそうだ!」


「これで備蓄を切り崩すだけの生活から抜けられる……!」


「シルクハティ様!」


 地下に、人の営みが戻っていた。

 その光景の中心には、シルクがいる。


 住民たちは次々と彼女のもとへ駆け寄った。

 両手を握って何度も頭を下げる者。

 涙を流しながら無事を喜ぶ者。

 幼い子どもは昔と同じようにシルクへ抱きつき、その小さな腕でぎゅっと身体を抱きしめた。


「おかえりなさい!」


 その一言に、シルクは何度も頷くことしかできなかった。


「……ただいま」


 ようやく、それだけを返す。


 少し離れた場所では、ゼクスが穏やかに微笑んでいた。


「……良かったな」


 誰に聞かせるでもない、小さな声。


 けれど、その横顔を見ているだけで、シルクの頬にも自然と笑みが浮かんだ。


 ――それから、さらに一時間が過ぎた。


 ベルの研究室へ籠もったユーリを残し、シルクとゼクスは生存者たちとともに地下シェルターの復旧を手伝っていた。


 やがて。


 ギィ……。


 研究室の扉が、静かに開いた。


「お」


 ゼクスが振り返る。

 中から姿を現したユーリは、明らかに疲れていた。

 長い青髪は少し乱れ、眼鏡の奥にも疲労が浮かんでいる。


 それでも。

 その表情には、確かな手応えがあった。


「分かりましたよ」


 シルクの胸が大きく跳ねた。


「……本当に?」


「ええ」


 ユーリは眼鏡を押し上げる。


「少なくとも、ベル姐さんがあなたへ掛けた術式の構造と――解除する方法までは」


「たった一時間で!?」


 ゼクスが素っ頓狂な声を上げた。


「さすユーリ!」


「褒めるなら、もう少し静かにお願いします……頭が痛いので」


 ユーリは額を押さえて苦笑する。

 それから二人を研究室へ招き入れた。

 机の上には、何冊もの魔導書と羊皮紙が広げられている。


 その中央。


 ベルのものと思われる手書きの資料へ、ユーリは指を置いた。


「先ほどは、魔法を詳しく調べるまで断定できないと言いましたが」


 一度、シルクを見る。


「調べた今なら言えます」


 シルクは無意識に息を止めた。


「これは、呪いではありません」


「……!」


 胸の奥が熱くなる。


 ラパンと再会したあの時、ユーリは母の想いを「愛」と呼んだ。


 そして今。


 魔術師として術式そのものを調べたうえで、同じ結論へ辿り着いたのだ。


「ベル姐さんの術式は、古い変化魔法を基礎にしています」


 ユーリは別の魔導書を開く。


 そこには、巨大な翼を持つ竜へ姿を変える魔術師の絵が描かれていた。


「古代竜変化術。人を一時的にドラゴンへ変えるための魔法です」


「ドラゴンに?」


 ゼクスが身を乗り出す。


「そんな魔法あるのかよ」


「非常に古い術ですし、今では使い手もほとんどいませんけどね」


 ユーリはページをめくる。


「重要なのは、この術式には二つの詠唱が存在することです」


「二つ?」


「変化するための言葉。そして――元の姿へ戻るための言葉」


 ゼクスが「あっ」と声を漏らした。


 ぽん、と手を打つ。


「なるほど。コーヒーメーカーみたいなもんか」


「……はい?」


「オンとオフ」


 一瞬きょとんとしたユーリだったが、やがて苦笑した。


「ずいぶん情緒のない例えですが……まあ、その認識で合っています」


「だろ?」


「得意げにしないでください」


 シルクは思わず小さく笑った。


 けれど。


 ユーリの表情は、すぐに真剣なものへ戻る。


「ベル姐さんは、この古代竜変化術をそのまま使ったわけではありません」


 今度は、別の羊皮紙を机へ広げた。

 そこには一頭の狼が描かれていた。

 月を背負う、白銀の巨狼。


 シルクの胸がざわめく。

 自分が変じた姿と、あまりにもよく似ている。


「……これ」


「ええ」


 ユーリが頷く。


「ベル姐さんは古代竜変化術を基礎にして、ルナグレイヴに古くから伝わる『何か』を、シルクさんへ宿す術へ組み替えています」


「何かって?」


 ゼクスの問いに、ユーリは難しい顔をした。


「そこが、まだ分からないんです」


 羊皮紙の横には、古びた文献が置かれている。


 その一節を、ユーリが指でなぞった。


『月下に現れ、白銀の毛を纏いし狼。ルナグレイヴの民を守護せし――』


 その先は大きく欠けていた。

 さらに下。

 かろうじて残っている文字がある。


『神獣――』


「神獣……?」


 シルクが呟く。


「ルナグレイヴに伝わる、守り神のような存在だったのでしょう」


 ユーリは文献を見つめる。


「ただ、肝心の名前も、その性質も、資料が欠けています」


「じゃあ、シルクの中にいる狼は……」


「おそらく、その『神獣』と呼ばれていた存在の力の一部です」


 ゼクスが腕を組む。


「一部?」


「ええ。少なくとも、今の資料から読み取れる限りでは」


 ユーリはそれ以上、断定しなかった。

 シルクは羊皮紙に描かれた白銀の狼を見つめる。


 ずっと。


 自分を人ではなくしてしまった存在だと思っていた。


 けれど。


 それは母が、この土地の守り神から借り受けた力だったのかもしれない。


「そして」


 ユーリが別の紙を取り出す。


「解除の詠唱も見つけました」


 シルクの心臓が、大きく鳴った。


「……戻れるの?」


「理論上は」


 ユーリは慎重に答える。


「ベル姐さんが残した記述どおりなら、自力で人間の姿へ戻れるはずです」


 戻れる。その言葉を。

 ずっと、どれほど願ってきただろう。


 人間に戻りたい。

 父と母が知っている、自分の姿へ。

 ずっとそう思っていた。


 なのに。


 いざ、その方法が目の前に差し出されると。

 シルクは自分の白銀の腕を見下ろした。


 柔らかな毛並み。鋭い爪。

 狼の耳。そして尻尾。


 以前なら、一刻も早く消えてほしいと願ったもの。けれど今は。


 ――これも、お母さんが残してくれたものなんだ。


 そう思うと。

 ほんの少しだけ、手放すことが怖かった。


「シルク?」


 ゼクスが呼ぶ。


 シルクは顔を上げた。


「……大丈夫」


 小さく笑う。

 人間に戻ることは。

 母の力を否定することじゃない。

 そう信じたかった。


 ユーリも、急かすことなく待っていた。


「準備ができたら、僕の言った通りに唱えてください」


「うん」


「解除の言葉は――」


 ユーリがゆっくりと口にする。


「仮面終息《ペルソナ・レスト》」


 シルクは目を閉じた。


 深く息を吸う。

 胸へ手を当てる。

 鼓動が聞こえる。


 母が守ってくれた命。


 そして。


 静かに、その言葉を紡いだ。


「仮面終息《ペルソナ・レスト》」


 その瞬間。


 白銀の光が、ふわりとシルクの身体を包み込んだ。


 暖かな光だった。


 母に抱きしめられた日の温もりを思い出すような、優しく穏やかな光。


 銀色の毛並みが、光へ溶けていく。


 狼の耳がゆっくりと輪郭を失い、揺れていた尾も光の粒となって消えていった。


 不思議と、何かを奪われている感覚はなかった。


 むしろ――。


 獣の姿の奥に眠っていた自分を、少しずつ思い出していくようだった。


 やがて。


 光が、ゆっくりと薄れていく。

 そこに立っていたのは、一人の少女だった。


 月光を糸にしたような長い銀髪。

 白いドレス。

 そして、深紅の瞳。


 シルクは恐る恐る、自分の両手を見下ろした。


 白銀の毛はない。

 鋭い爪もない。

 狼の耳も、尻尾も。



挿絵(By みてみん)


「……戻った」


 震える声が、こぼれた。


「戻れた……」


 何度も自分の手を見つめる。


 本当に。


 人間の姿へ戻っている。


 胸の奥から込み上げてくるものを堪えながら、顔を上げた。


 真っ先に目に入ったのは、ゼクスだった。


 彼は何も言わない。


 ただ、まっすぐシルクを見つめている。


 白銀の狼だった時も。


 獣人の姿で涙を流していた時も。


 今と同じ目で、自分を見ていた。


 姿は違う。けれど。

 ゼクスの口からこぼれた言葉は、あの夜と同じだった。


「……綺麗だ」


「……っ」


 頬が熱くなる。


 胸の奥が、くすぐったい。


「……ありがとう」


 それだけを返すので精一杯だった。


 その時。


 ――カラン。


 乾いた音が、研究室へ響いた。


「……?」


 三人が同時に床を見る。

 シルクの足元。


 そこに、一枚の仮面が落ちていた。

 白銀の狼を模した仮面。


 つい先ほどまで、そこには何もなかったはずなのに。


「……これは?」


 ユーリがしゃがみ込み、慎重に拾い上げた。

 仮面を裏返し、表へ戻す。

 やがて眉をひそめた。


「妙ですね」


「何が?」


 ゼクスが覗き込む。


「変化は解除された。それは間違いありません」


 ユーリは仮面へ魔力を流した。

 淡い光が、白銀の表面を走る。


「なのに……術式そのものは消えていない」


「え?」


 シルクの表情が強張る。


「どういうこと?」


「シルクさんの身体から切り離されて――」


 ユーリは、手の中の仮面を見つめた。


「こちらへ移った……?」


 研究室に、沈黙が落ちる。

 シルクの脳裏に、先ほど見た羊皮紙が浮かんだ。


 月を背負う、白銀の巨狼。


 そして。


 名前の途中で途切れていた、一つの言葉。


『神獣――』


「まさか……」


 シルクが小さく呟く。


 ユーリも何かに気付いたように、ベルの資料へ視線を走らせた。


 何枚かの羊皮紙をめくる。


 そして、一つの記述で手を止めた。


「……ありました」


「何が?」


 ユーリは、もう一度仮面を見る。

 ベルの記録に残されていた言葉。

 その名を、ゆっくりと口にした。


「仮面《ペルソナ》」


 そして。


 白銀の狼を模した仮面を、シルクへ差し出す。


「これは、ただの変身魔法ではなかったようです」


 シルクは両手で受け取った。

 ひんやりとした感触が、掌へ伝わる。


 けれど。

 不思議と、怖くはなかった。


 自分を獣へ変えた力。

 かつては呪いだと思っていたもの。

 それは消えたのではない。


 形を変えて。

 今も、確かにここにある。

 シルクは白銀の仮面を、そっと胸へ抱いた。


 その奥で。

 何かが――微かに脈打った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。