↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美女で野獣 ~もふもふ狼娘になった復讐令嬢と魔法が使えない戦士貴族、最強バディで魔王を討つ  作者: 炭酸水ひろみつ(旧 強炭酸)
一章 冒険の夜明け

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/22

第12話 母の愛

【シルク視点】


「……シルクハティ様、なのでしょうか」


 その声を聞いた瞬間、シルクは弾かれたように顔を上げた。


 目の前に立つ、一人の老人。

 白髪はきっちりと撫でつけられ、頬には深い皺が刻まれている。

 身につけた服には、何度も針を通して修繕した跡があった。

 長い避難生活で、以前よりずっと痩せている。


 それでも。背筋だけは昔と変わらず、真っ直ぐに伸びていた。


 穏やかな眼差しも。立ち姿に滲む気品も。

 見間違えるはずがない。

 幼い頃から、ずっと自分を見守ってくれた人だった。


「ラパン爺……」


 懐かしい呼び名が、震える唇からこぼれ落ちる。

 その瞬間。

 ラパンの目が、大きく見開かれた。


「……ああ」


 皺の刻まれた顔が、ゆっくりと崩れていく。

 シルクは恐る恐る一歩、前へ踏み出した。

 胸の鼓動が速い。

 期待と不安が入り混じり、足先まで震えている。


「私が……分かるの?」


 獣の耳。白銀の毛並み。鋭い爪。

 かつての自分とは、あまりにも違う姿。

 みんなが知っているシルクハティは、こんな姿ではなかった。


 ラパンはしばらく何も言わず、シルクを見つめていた。

 やがて、目尻に深い皺を作って微笑む。


「そのお声を」


 一歩、近づく。


「それに、その呼び方を」


 ラパンは胸へそっと手を当てた。


「聞き間違えるはずがありません」


 シルクの瞳が、大きく揺れた。


「あなたが幼い頃から、何度『ラパン爺』と呼ばれてきたことか」


 懐かしむように、小さく笑う。


 そして。


 改めてシルクへ向き直り、深々と頭を垂れた。


「間違いありません」


「シルクハティ様です」


 その一言が。


 胸の奥に積もり続けていた孤独を、静かに溶かしていった。


 堪えていた涙が、とうとう溢れる。


 一筋。


 また一筋。


 頬を伝った雫が白銀の毛並みを濡らし、地下の床へ落ちていく。


「ラパン爺……っ」


 ラパンは泣き出したシルクを急かすことなく、ただ昔と変わらない穏やかな笑みを浮かべていた。

 やがて、白銀の毛並みへ視線を移す。


「ベル様の魔法なのでしょう」


 その言葉に、シルクの肩が震えた。


「きっと」


 ラパンはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「あなたに、生きていてほしかった」


 一拍置く。


「ただ、その一心だったのでしょう」


「……お母さん」


 シルクは唇を噛み締めた。

 周囲を囲む住民たちも、静かに頷いている。

 幼い頃から知る領主の娘。


 姿こそ変わってしまった。

 それでも、奇跡のように帰ってきたシルクを見つめ、目元を押さえる者も少なくなかった。


 その空気を包み込むように、ユーリが静かに一歩前へ出た。


「僕も、同意見です」


 シルクは涙で滲む視界のまま、ユーリを見る。

 ユーリは白銀の毛並みを見つめ、少しだけ目を細めた。


「少なくとも」


 静かな声だった。


「ベル姐さんが、あなたを苦しめるためにこの魔法を掛けたとは、僕には思えません」


「じゃあ……」


 シルクは自分の腕を見る。


「これは……呪いじゃないの?」


 ユーリは、すぐには答えなかった。


 魔術師として何かを考えるように、ほんの少し沈黙する。


「魔法そのものを調べる前に、断定はできません」


 そして。

 穏やかに微笑んだ。


「ただ――ベル姐さんが、あなたへ込めたものに名前を付けるなら」


 シルクが顔を上げる。


「愛です」


 母の最後の笑顔が浮かんだ。


『生きなさい』


 シルクは胸へ手を当てる。

 そこには、確かな鼓動があった。


 ――私は。


 目を閉じる。


 ――守られていたんだ。


 獣になったことも。

 人の姿を失ったことも。

 ずっと、自分から何かを奪った魔法だと思っていた。


 けれど。


 この姿がなければ、自分はあの日を生き延びられなかった。


 それだけは、確かだった。

 ユーリが静かに続ける。


「ただし」


 シルクが顔を上げる。


「ベル姐さんの意図と、この魔法が実際にあなたの身体へ何を起こしているのかは、別の話です」


「……うん」


「だから僕は、その答えを調べに来ました」


 ラパンが深く頷いた。


「ベル様の研究室ですね」


 懐かしむように目を細める。


「ご案内しましょう」


 シルクたちは、地下シェルターの最深部へ向かった。


 地下通路の突き当たり。


 そこには、先ほど遠くから見えていた重厚な木製の扉が静かに佇んでいた。

 長い年月、誰にも開かれることなく眠り続けてきた扉。

 ラパンはゆっくりと取っ手へ手を掛ける。


 ギィィ……。


 軋む音とともに、扉が少しずつ開いていった。

 部屋の奥から、ほのかな匂いが流れてくる。


 古い紙の香り。

 乾いた木の匂い。

 薬草が残す、微かな甘い香気。


 シルクは思わず息を止めた。

 知らない場所のはずなのに。

 どこか、母の部屋を思い出す匂いだった。

 三人が中へ足を踏み入れる。


 木製の本棚には、整然と魔法書が並んでいる。


 机の上には、書きかけの資料。


 薬品棚。


 実験器具。


 魔法陣が刻まれた羊皮紙。


 そして。


 長い年月を経たはずなのに、どれにもほとんど埃が積もっていなかった。


「……これは」


 ユーリが目を細める。


 杖を軽く掲げると、部屋の壁や床へ淡い光の線が浮かび上がった。


「保存術式です」


「保存術式?」


 ゼクスが辺りを見回す。


「ええ。湿気や腐食を抑えて、室内の状態を保つ魔法です」


 ユーリは、ゆっくりと研究室を見渡した。


 その表情に、どこか懐かしさが滲む。


「まだ、生きている」


 小さく呟く。


「ベル姐さんは、この部屋を残すつもりだったんですね」


 誰かが、ここへ辿り着く日まで。


 シルクは何も言えず、ゆっくりと部屋へ足を踏み入れた。


 机へ近づく。


 母が地上の書斎で使っていたものと、よく似た木製の机だった。


 角の丸み。


 引き出しの取っ手。


 使い込まれた木肌。


 それだけで、幼い頃の記憶が胸の奥から蘇ってくる。


 魔法を教えてくれた母。


 上手くできれば、何度も頭を撫でてくれた。


 失敗しても、笑ってもう一度教えてくれた。


 シルクは震える指先を、そっと机の上へ置いた。


「……お母さん」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。