第10話 アーマースケルトン②
「……冗談だろ」
ゼクスの頬を、冷たい汗が一筋伝った。
「そんな……」
隣ではシルクも息を呑み、再び立ち上がった巨体を呆然と見上げている。
膝を砕いた。胸骨も、頭蓋も、ほとんど原形を留めないほど粉々にしたはずだった。それでも散らばった骨と甲冑は何事もなかったかのように元の位置へ戻り、眼窩には再び紫黒い光が灯っている。
――駄目だ。
ゼクスは即座に理解した。
少なくとも、自分たちの剣や爪ではこいつを殺せない。
アーマースケルトンが大剣を持ち上げる。黒い甲冑が軋み、先ほどまでと寸分違わぬ構えを取る姿を見て、ゼクスもすぐに片手剣を構え直した。
絶望している暇はない。
敵から目を離さないまま、視界の端で後方を確認する。
ユーリはまだ動いていなかった。
青い長髪を後ろで束ね、片手に杖を握ったまま、ひたすら指先を動かして術式を組み続けている。しかし、その周囲に浮かぶ光景は先ほどとは明らかに違っていた。
ユーリを中心として巨大な円環が幾重にも重なり、その外側をさらに別の術式が取り囲んでいる。複雑な紋様は地下広間を埋め尽くさんばかりに広がり、淡い光を放ちながらゆっくりと回転していた。
完成まで、あと一か所。
途切れた光を見た瞬間、ゼクスの中で勝ち筋が切り替わった。
倒せないなら、倒さなくていい。
「シルク!」
「なに!?」
「もう倒そうとするな! ユーリに近づけないように、あと少しだけ時間を稼ぐ!」
シルクは一瞬だけ目を見開いたものの、ゼクスの視線を追って後方の術式を見ると、すぐに意図を理解した。
「分かった!」
直後、アーマースケルトンが石床を蹴った。
巨体がこちらへ迫るのと同時に、ゼクスも正面へ飛び出す。
「こっちだ、デカブツ!」
片手剣を大盾へ叩きつけると、けたたましい金属音が広間に響き、兜の奥に灯る光がゼクスへ向いた。すぐさま大剣が振り下ろされるが、軌道を見切って横へ跳ぶ。
ドガンッ!!
巨大な刃が石畳を粉砕し、弾けた石片がゼクスの頬を浅く裂いた。
痛みは無視する。
その隙にシルクが側面から飛び込み、白銀の爪を黒い甲冑へ叩きつけた。
「はっ!」
硬い金属音を残して、すぐに離脱する。
アーマースケルトンがシルクへ向き直れば、今度は反対側からゼクスが斬りつける。兜がゼクスを追えば、再びシルクが死角へ回り込む。
二人は互いの位置を入れ替えながら、敵の意識を絶えず左右へ振り続けた。
もう攻撃を欲張る必要はない。深追いして手傷を負う必要もない。
ユーリへ行かせなければ、それでいい。
狙いを悟ったのか、アーマースケルトンの動きが荒くなる。巨大な大剣が苛立ちをぶつけるように振り回され、刃が通過するたびに風が唸り、石床や壁が次々と削られていった。
それでも、ゼクスは目の前の刃だけを追ってはいなかった。
敵の向きと間合い。
シルクとの距離。
自分たちの退路。
そして後方にいるユーリと、完成へ近づいていく術式。
戦場に存在するすべてを視界へ収め、一つの流れとして頭の中で繋いでいく。
アーマースケルトンの肩がわずかに沈んだ。
次に大剣が向かう先を察する。
「シルク、左へ!」
「うん!」
指示とほぼ同時にシルクが跳び退く。
直後、彼女がいた場所へ大剣が叩きつけられ、石畳が大きく陥没した。
ゼクスはその間に空いた右側へ回り込み、大盾へ一撃を浴びせる。敵の注意がこちらへ向けば、攻撃を欲張らずにすぐ距離を取った。
一秒でも長く。
あと少しだけ。
そうして稼いだ時間のすべてが、後方で組み上げられていく術式へ繋がっている。
再びアーマースケルトンの大剣が迫った。
「っ!」
ゼクスは横へ跳び、石畳を転がるようにして斬撃をかわす。直後に響いた轟音とともに石片が飛び散り、外套の端を切り裂いていった。
そのまま顔を上げる。
後方で、途切れていた最後の光が繋がった。
幾重にも重なった円環が一斉に輝き、巨大な術式が完成する。
――来る。
「――もう十分です!」
地下広間を貫くように、聞き慣れた青年の声が響いた。
ゼクスの口元が自然と吊り上がる。
「だと思ったぜ」
二人の後方では、青い長髪を束ねたユーリが杖を構えていた。
学者然とした衣服も、その上に羽織った外套も、溢れ出す魔力が生み出す風を受けて激しくはためいている。片腕のガーダーには淡い光が走り、掲げられた杖を中心として、完成した巨大な術式が地下空間いっぱいに展開されていた。
淡い輝きが、ユーリの整った横顔を照らす。
いつもの穏やかな青年とは違う。
そこに立っているのは、一人の魔術師だった。
「お二人とも、よく時間を稼いでくれました」
ユーリがゆっくりと杖を持ち上げると、それに呼応して幾重もの円環が回転を始めた。複雑な術式が一つずつ噛み合い、地下広間を満たす魔力が肌を刺すほどの密度へ膨れ上がっていく。
そして、すべての術式が一つに繋がったところで、ユーリは静かに息を吐いた。
「――間に合いました」




