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第8話  ハロー ディテクター

第8話 事件の後始末です おっさんしか出てこない

「次のニュースです。本日未明、午前3時半頃、東京都杉並区にある総合病院の特別病棟に、武装した複数人のグループが侵入する事件がありました。

 犯人は病室のドアや隔壁を破壊した上、入院中だった女性を連れ去り、現在も逃走を続けています。連れ去られた女性は北綾瀬在住の【音無ふあるこ】さん。


ーー画面には、耳元が隠された帽子をかぶったファルのにやけ顔が写る


 また、騒ぎに気づいて駆けつけた警備員や看護師など、合わせて四人が現場で倒れているのが見つかり、一時は意識不明でしたが、現在は全員命に別状はなく回復に向かっているとのことです。


 警察は、防犯カメラの映像をリレー方式で解析するなどして、逃走に使われた車の行方を追うとともに、きわめて計画性の高い広域組織犯罪とみて、拉致および建造物侵入の疑いで全力で捜査を進めています」


 事件のあった総合病院、最上階の院長応接室。そこは臨時の現地捜査本部(前線本部)が置かれ、関係者が集められ、緊急会議が行われていた。


 だだっ広い病院の大広間には誰も見ていない大型テレビが昨日の事件を伝えている。


 鑑識課員のせわしない足音と無線の雑音が遠くで不穏に響く。ここは、昨夜の事件で破壊された4階の特別病棟からも離れており、ひとまず、捜査本部として警察が前線本部として椅子や机を配置換えしていた。

 鑑識をはじめ、関係者が慌ただしく出入りしている。


 部屋の隅には、駐日英国大使館から緊急派遣された、仕立ての良いスーツを着た参事官が、一言も発さずに日本の警察の対応を厳しい目で監視している。

 病院の経営責任者である院長らは、パニックに陥った他の特別病棟患者の緊急転院手続きや、押し寄せるマスコミへの記者会見準備で完全に足を取られ、この部屋には不在だった。


「……混乱を避けるため、被害者がエルフであるという事実、犯人の素性に関しては教授の要請通り、全メディアへ厳重な報道規制を通達しております 。これでご満足いただけますか、エーバーハルト教授」


 額の汗を拭いながらそう告げたのは、捜査一課のベテラン刑事だった。いつもなら参考人に浴びせるような鋭い口調を完全に封印し、やりにくそうに懃に接しているのは、部屋の隅に控える「外交の目」があるからに他ならない。


 アレンは応接室の窓辺に立ち、微かに拳を握りしめていた。己のすべてを懸けて戦いながらもギヨを取り逃し、ファルを連れ去られたという事実は、「知の巨人」のプライドに、そして同胞を想う心に、深い悔恨の影を落としていた。


 資料を持った警察関係者が新たな情報を持ってくる。


「えー、被害者についてですが・・・幸いにもナースセンターに常駐していた二人の看護師、および駆けつけたスタッフは、特殊な経皮薬剤によって意識を失っていただけで、現在の健康状態は回復に向かっています ……ただ」


「ただ・・・何だ!」ベテラン刑事が苛立って同僚にくってかかる。


「・・・搬送されたスタッフ全員が、よくわからない証言をしておりまして・・・」


「よく分からないとはなんだ」


「はい、こちらは聞き取りのままなのですが、自分の四肢が溶け落ちた、とか、歯がすべて抜け落ちて、肉体が繊維状になって足元から崩壊していった などと証言しており、なんらかの幻覚剤の影響があったのではないかとのことです。精神的ショックが大きく、全員が精密検査を兼ねて隣駅の病院に入院しております」


それを聞いていたアレンが、窓外を睨みつけたまま冷徹に口を開く。いつものような紳士の余裕を持った顔ではなく、闘志に燃える戦士の顔をしている。


「おそらく、フェンタニルの誘導体――合成オピオイドに、3-キヌクリジニルベンジラートか、それに類する非殺傷性の無力化エージェントを混合したものでしょう 。先日、カンボジアのラボで押収された薬剤の中で不自然に発見されている 。いかにもギヨが好みそうな悪趣味な配合だ 」


 宿木医師は緊張で自分の襟元を掴みながら、生化学の知識を脳内で引っかき回しながらアレンに尋ねた。


「すみません、フェンタニルは医療用麻酔やペインコントロールにも使いますので理解できるのですが…その、3ーなんとかベンジル、というものは何でしょう? 」


「一般にはBZガス、公には実戦で使われたことのない化学兵器です。強力な中枢神経系抑制剤です。アトロピンなどの抗コリン薬と同系統のムスカリン性アセチルコリン受容体に対する強力な競合拮抗剤であり、吸入、あるいは特殊な溶媒を用いた経皮吸収によって直接血中に入れば 口渇、散瞳などの経て強烈なリリパット幻視や、高強度のせん妄を引き起こす。ナースたちが訴えた不気味な幻覚は、この成分によるものでしょう」


 まるで大学の毒性学の授業を受けているような気持ちの宿木にアレンはさらに続ける。


「さらに問題なのは、ベースに使われたフェンタニルもおそらく一般的なものではないでしょう 。我々が医療用で用いる通常のフェンタニルの力価ではない 。おそらく、モルヒネの数千倍の鎮痛・麻酔作用を持つカルフェンタニル、あるいはロシアの劇場占拠事件で有名になったレミフェンタニルといったものか、はたまたブプロフィンなどの合成オピオイド。

 これらは分量を誤れば呼吸中枢が麻痺して死亡しかねない代物ですが

ーーギヨはそれらをBZと配合して経皮吸収速度を絶妙にコントロールした 。相手の生命を奪わず、かつ<恐怖の幻覚で完全に抵抗を奪う>悪趣味極まりないオモチャに仕立てているのです」



 知の巨人のあまりに澱みのない毒性学トキシコロジーの解説に、ベテラン刑事をはじめ、関係者が黙って息を呑んで聞き入った。アレンはさらに言葉を続けた。


「教授……その、あなたが非常階段で交戦したという、あの人間離れした巨漢については何か分かりませんか?」


 ベテラン刑事が手帳を握り直し、核心に迫る。


「……彼はおそらく、アメリカの元死刑囚か凶悪犯罪者でしょう。ギヨはよく減刑プログラムを用いて、生体実験のモルモットを募っている。肉体を限界まで薬物で強化、痛覚や理性を麻痺させる脳内インプラントを埋め込まれた、そうした実験の犠牲者です。まともな人間性など、とっくに摩滅している」


アレンの言葉に、刑事は重苦しく溜息をついた。


「しかし、そうなるといよいよお手上げだ……。防犯カメラの重要区画はレーザーで焼かれ、Nシステムで追うにも、複数台の同じ車種、同じナンバーの車、いくつかは見つかったものの、千葉のヤードで完全にスクラップされ、シャーシナンバーまで塩酸で溶かされている。


 現場の作業員は不法就労の外国人で指示役の顔すら知らない。これほど統制の取れた犯罪を一分の隙もなくやられては、防犯カメラを中心に追っている我々の捜査網では、犯罪者の足取りを追うことすらできない……完全に手詰まりです」


 ベテラン刑事は、あまりの組織力と狡猾さを前に、らちがあかない現状への焦燥を隠せなかった。一体どれほど巨大な闇の組織が今、東京に蠢いているのかという恐怖が、その場にいる全員の背筋を凍らせていく。

アレンは再び窓の外を見据え、その翠玉色の瞳に冷徹なまでの観察眼を宿らせた。


「――いいえ、それは違いますよ、ディテクター」


「ラゼベル・ギヨデルタ。あの亡霊は本来ならこれほど派手な現行犯紛いには動かない。彼女は常に国家のパワーバランスの死角、あるいは多国籍企業のリーガル・リスクの裏側に隠れ、他人の手を使って目的を遂げる。そんな亡霊が、自ら表舞台に出張って、これほど杜撰で暴力的な爪痕を残していった」


アレンは捲り上げたドレスシャツの袖を直し、街を見据えた。


「つまり、かつてないほどギヨは焦っている。それだけの魅力が、音無ふあるこ・・・いや、ヴェルシル ファルニカ セレンディス、彼女の中にはあるということです。完璧主義の犯罪者が、自ら泥の中に足を踏み外した。……場所さえ分かれば、今なら、あの怪物を法の裁きの場へ引きずり出すことができる」


「その肝心の場所さえ分かれば、ですが・・・」


 ベテラン刑事は煙草を吸おうとして、周りの空気を読み、懐にしまいながら皮肉を言う。


 アレンも、しきりに手持ちの端末でなんらかの情報連絡が入るのを待っているようだが、彼のコネクションをもってしても有望な情報は得られていないようだった。


 そんな手詰まりの空気が流れるなか、急にカワイイアイドル風の歌が鳴り響く。

 見ると宿木のスマートフォン。


「すみません、これ娘に聞かせるために・・・えっと誰だよ、こんな時に・・・」


 画面に表示されたのは【非通知設定】の文字。 


 訝しんだ顔で着信のボタンを押し、電話先を聞く。


「はい? ・・・はぁ・・・そうですが・・・はい、その通りですけど?!」


 不機嫌そうに電話をとったが、だんだんと顔に焦りが見えてくる。


「お、音無、元総理……っ!?」


 医師の口から漏れたその名に、室内の警察官たちが一斉に色めき立ち、アレンの眉がピクリと跳ね上がった。


電話を終えた医師は、変な汗をびっしょりかいてアレンに力ない笑顔で要件を伝える。


『えーっと なんて言いますか、今からエーバーハルト教授と私だけで麹町の音無元総理の家へ来てください・・・とのこと 理由は現地で説明する・・・だそうです』


ここ数日のとんでもない人生劇場。もう何が来ても驚かないと思っていた矢先に、今度は元総理が家に来いという・・・一体、どうなってしまうのだ・・・どうしていいかわからず「えへ、えへ」と半笑いするしかなかった。


高評価やらコメント励みになります そろそろ物語も終わりが見えてきました 応援していただければ幸いです!

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― 新着の感想 ―
アレンによる経皮吸収型シール解説回でした。毒性学の解説が美しいです。 ギヨの杜撰な行動に焦りを見たアレン、医師と共に音無家を訪問することになりますが、医師……医師?となりました。 ねじれバーコード(院…
ふぁるこカワイソス過ぎて気を紛らわそうと割烹拝見してたら くられ先生ご本人で草 なろう登録なさったんですねぇ 看板から来て完成度たっけえーなと思ってたけど得心 完結まであと少々との事なので、顛末楽…
はよ救いを〜><
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