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第5話 ハローインプラント

ようやく診察されるファルちゃんの体内からおったまげーなサムシング 

「……いきますよ。少しチクッとします」

宿木医師の合図とともに、看護師がファルの前腕正中皮静脈へ手際よく注射針を刺入する。


ホルダーに真空採血管が押し込まれ、赤黒い血液が滑らかに満たされていく。

ただの採血、いつも通りのありふれた光景。


「え……っ!?」

止血テープを当てようとした看護師の手が、驚愕でピタリと止まる。


 通常なら数分は続くはずの微細な出血が、文字通り「秒単位」で止まり、綿で押さえる間すらなく、注射針の穴がみるみる分からなくなっていく、再生力以上に皮膚の柔軟性も経験がない。


 採血された抗凝固剤入りの検体管は、いくつかに分けられそれぞれ計測器にかけられ数値が吐き出される


 赤血球数、白血球数、ヘモグロビン、血小板数、血糖にコレステロール、それらは健康な人間のそれと大差なく、健康的な正常値。


 見慣れたルーティンは、別の計測器のエラー音で終わりを告げる。


 「全自動血球計数・CRP測定装置』のタッチパネルが、不穏な警告音アラートを鳴らしたのだ。

【 CRP:Hi(測定範囲上限超過) 】


「先生……! これ、エラーマークが出ました。測定上限を超えてると出ていますが」


「え? ごめん、これ肝心な時に……たぶん、壊れてるね」


「先週点検に入ったばかりなのに…?」


「念のため 十倍希釈して再検してみて えーっとたしかこのボタン」


 再検査の自動操作が始まり、演算処理を経て、モニターに、書き直された最新のデジタル数字がパチパチと点滅した。宿木医師は眉間に皺を寄せてモニターを見る。


【 CRP : 220.0 mg/L 】


「にひゃくにじゅう……!? ア、アリエナイ・・・」


 非現実的な数値に自分の目を信じられず、モニターを凝視した。

  CRPというのは、急性の炎症反応を示す肝生合成タンパク質の量を示す数値。


 軽い風邪やストレス程度で1.0、肺炎や腎盂腎炎など一刻を争う数値が5.0。10.0以上ともなれば重症の細菌感染症などが疑われ緊急入院は免れない。

 敗血症で命の灯火が消えている最中でさえ40、50という数値。


 200・・・重度の敗血症、全身の臓器壊死、あるいは多臓器不全を起こしている絶望的なパニック値だ。肉体が内側から燃えていると言ったほうがまだ説得力がある。


「あの……その、数字、何か悪いんですか……? 私、別になんともない、というか、いつも通りお腹がちょっと重いくらいですけど……」


 医療従事者のパニックはどこ吹く風で小首を傾げる患者へかける優しい言葉が思いつかず、強めの口調で話してしまう。


「なんともないはずがない!  信じられない数値だよ!」


 実際に事前にエルフの生理学を学んだ身としても信じられない数値なのである。

 健康なエルフのCRPは『0.01』mg/L以下――微細な血管の炎症さえ即座にねじ伏せる、完璧な恒常性が保たれているとあった。この数値が本当であれば、異常値なんてものじゃない。


 臨床像との乖離。やはり計測器が壊れていると考えるべきだが、仮に事実だとすれば、器質的な病変の有無を肉視する。レントゲン、いや、超音波エコーも併用してスクリーニングすれば組織壊死か、あるいは骨髄を巻き込んだ劇症型の炎症が・・・何か見えてくるはずだ。

 数値の異常事態を装置の異常と納得させるべく、脳内で次の検査を考える。


「……そうですね、では次はレントゲンで見てみましょうか」


 半ば強制的にレントゲン室へ誘導し、撮影を行う。


 モニターにデジタル画像が表示された瞬間、医師と看護師は、言葉を失って硬直した。


「なんだ……これは……」


 ファルの子宮の後方、そして骨盤の骨髄近傍に、不気味な人工物の影が、無数に映し出されていた。肉組織を強引に貫き、骨に直接固定されたような、歪な金属片のシルエット。

レントゲン画像を音無ふあることまじまじと見入る。


「音無さん、これに心当たりはないでしょうか……っ!?」


「あー……それですか。日本に運ばれてくる前、何年もベッドに縛り付けられて毎日検査された時のだと思います 痛くしないでってお願いしたんですけど、昔の先生たち、あんまりお話聞いてくれなくて……」


 困ったように眉を八の字に下げ、他人事のように言った。


「こ、こんな異物が100年も体内に・・・!?」


 音無ふあるこに不安を与えぬよう、看護師と部屋の外に出て検査を続けるか相談をはじめる。


「これはもう、うちの手に負えるレベルじゃない。すぐに大学病院の外科に連絡します」


 医師は即座に携帯を掴み、かつての医局の同期である総合病院の外科部長へ直談判の電話をかけた。簡易の理化学テストの結果とレントゲンデータを転送すると、電話の向こうの親友もすぐに事態の異常性を察知した。


「音無さん、今、総合病院に連絡しました……今から入院して明日、このお腹のゴミを全て取り除く手術をしましょう」


「そんなに悪いんですか……私、はい、何もできないけど、がんばります」



 翌日の夕方。杉並区の総合病院の最新の画像診断付きのオペ室。


 事態を聞きつけ、知的好奇心と功名心に突き動かされた各科の専門医たちが急遽チームを組み、見学室のガラス越しに様々な意見を交わしていた。


 エルフ特有の高い薬物代謝のせいで麻酔の適量が探れず、怒号も飛び交う中、専門医達は持ち得る知識と技術を駆使して、体内の異物の外科的抜去手術が敢行された。


 猛烈な勢いで癒合している肉組織と格闘しながら、ベテランの外科医たちが一本ずつ、慎重に金属片を剥離していく。


 手術は10時間以上に及び、終わったときには全員の終電は無くなっていた。

 トレイの上に音を立てて落とされたのは、黒ずんだ真鍮の管、および歪な銅のスパイク――400gにも及ぶそれらのインプラントは周りの結着した組織から綺麗にはがされ、100年近い時を経て彼女の体から取り出された地獄のインプラントだった。


 手術は無事に終わり、ファルは病室で深い眠りについていた。

 だが、医師たちの夜はまだ明けない。オペの興奮も冷めやらぬまま、彼らはカンファレンスルームに集まり、音無ふあるこが、エコバッグに詰めて持ってきた資料に夢中になっていた。


 ――特に、あの酸性紙のノートの解読に没頭していた。達筆なドイツ語の文面の中、今回の手術で摘出された器具とまったく同じ構造の、おぞましい「スケッチ」がそこに描かれていたからだ。


 それは、120年前のドイツの科学者たちが行った、狂気の実験記録だった。

『エルフの再生力を人間に移植・定着させられないか』。その仮説のためだけに、彼女は生体実験の苗床にされ、研究所が解体された後も、器具を体内に留置されたまま社会へ放り出されたのだ。並の人間であれば、耐えきれないであろう凄惨な生体組織試験の記録に、誰もが言葉を失い、一世紀前の同業者への激しい怒りを募らせた。


その時、病理医が興奮で顔を紅潮させ、検査室から飛び込んできた。


「……先生方、これは医学の奇跡、いや、悲劇が起こしてしまった奇跡……とにかく見てください」


病理医は顕微鏡のモニター画像を移したスマートフォンの画面を、震える指で拡大して見せた。


「患者の体内では、一世紀以上にわたり、溶け出した重金属による、組織破壊と、それに対するエルフの超回復が、極限のデッドヒートを演じ続けてきた。彼女は自覚がほとんどないまま、生きたまま燃え盛る炎の中にいたんです。最悪の環境ストレスで120年間細胞をいじめ抜き、限界を超えた再生を強制し続けた結果……彼女の幹細胞は、異常な環境適応を起こしている可能性があります」


病理医は画面に映る、見たこともない細胞の分裂挙動を指さした。


「これは、もしかすると、未知の、超万能細胞……」


 医師は身震いした。この歪な永久機関のせいで、彼女の身体は「死なないこと」に全エネルギーを奪われていた、他のエルフより老化の兆候が見られたり、髪の色が変化したのかもしれない。


「まだ未完成のデータではあるが、ひとまず、エルフの権威の耳に入れておこう。……返事は期待できないが」


 医師は興奮冷めやらぬ手で、宿木医師は病理医とデータを丁寧に並べつつ、簡易的な臨床レポートとしてロンドンの欧州エルフ学術評議会トップ、アレン・エーバーハルト教授のオフィスへと送信した。


 相手は現代科学の頂点に君臨する世界の知の巨人だ。日本の片田舎の中堅医師からの連絡など、ゴミ箱に放り込まれても文句は言えないが・・・。



ロンドン、王立遺伝学研究所。アレンの教授室。

アレン・エーバーハルト博士は、デスクの上に山積みにされた、欧州財政界の重鎮たちからの依頼や学術評議会の書類を、いつもの優雅な手付きで淡々と処理していた。


 実際、実績のロンダリングのために彼の権威を利用しようとする、世界中からの下らない報告書が山のようにある。そのノイズに埋もれたメールボックスの中で、アレンは珍しく、日本の国旗マークに気がつく。実際 日本からは疚しいレポートは殆ど来ないので何気なく開いて見てみることにした。


「……ん?」


 添付された簡易レポートの生化学データに目を落とす。そこには極東の島国にいるという未登録エルフの治療記録。さらに続く生化学データ、および細胞の固有血統マーカーの解析結果をスクロールしていった瞬間、アレンの端正な顔から完全に血の気が引き、翠玉色の瞳が激しく見開かれた。


「もしかして…」そう言うと立ち上がってうわずった声で助手のジェイコブに声をかける。


「今すぐ、来週の国際学会、評議会のカンファレンス、全ての予定をキャンセルしてくれ! あと週末に日本行きの航空券の手配をしてくれ」


 アレンは助手に見せたこともない、取り乱した声を上げてオフィスに指示を飛ばした。手にした万年筆が机の上に転がり、白い書類を黒く汚していく。


「……すべての予定を、ですか? わかりました。お任せください、教授。すぐに手配を整えます」


 優秀で若い人間の助手は、いつものように神妙な面持ちで一礼し、静かに部屋のドアを閉めた。


――カチャリ。


 重厚なドアが閉まり、アレンの目が完全に届かなくなった廊下。

 助手の端正な顔から神妙な光が一切消え失せ、冷酷な爬虫類のような瞳が闇の中に浮かび上がった。

助手は懐から、私用スマートフォンを取り出し連絡をする。


「……先生、すごい報告が網にかかりました」


 電話先からシシシシという喜びを含んだ不気味な笑い声が響く。


 「日本の小さな医院から、未登録エルフに関する調査報告が入りました。アレン教授の慌てようからして、かなり重要な発見のようです」


 彼は王立遺伝学研究所に寄せられるパケットを整理する権限を持っている。アレンの動揺から該当のレポートを瞬時に特定した助手は、データをダウンロードすると、そのまま画面の向こうの「真に仕える主」へと転送した。この端末は専用の暗号化特化のもので、英国の諜報機関さえ追うことができない。


 彼はアレンのスケジュールを管理する従順な部下などではない。Dr.ギヨが、アレンという「知の巨人」を監視し、その喉元にいつでも牙を突き立てられるように配置した、鏡の国の先兵なのだ。


『シシシシシ……! 私のカワイイ、インプラントは、本当に良い仕事をしますねえ……』


 そう良いながら送られたデータに目を通す。

 ギヨの押し殺した歓喜の歪んだ声が、夜のマンハッタンに響き渡る。


『――収穫のシーズンだ。これは私が行かねばなるまいねぇ』

次回! 激突 千年童貞VS三つ目が通る! 感想などコメントしてもらえると続きを作る気力になるのでよろしくオナシャス

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― 新着の感想 ―
これはもうバイオハザード案件ですね…。
お前かよー。。。。。
ファルの検査〜手術が描かれる回でした。 当初から私この辺り読むのしんどい所かなと思っていたので、ファルが無事に外科に回されて良かったです。そしてアレンの登場で謎の安心感がありました。 後半からの謀略の…
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