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第3話 ハローヒストリー

三人目のエルフ登場 ようやくこの世界のエルフらしいエルフの登場です

挿絵(By みてみん)


 ロンドン、王立遺伝学研究所。

歴史と威厳を感じさせる重厚なゴシック建築の回廊の隅で、国際放送局『BPC』の番組スタッフたちは、小声で最終的なブリーフィングを行っていた。


「ーーいいか、この取材は番組を締めくくる要だ。質問の主軸はあくまで、最先端の遺伝学と、エルフの生物学的定義だぞ。オカルトや魔法めいた脱線は避けてくれよ。相手は欧州エルフ学術評議会のトップにして、再生医療の最高権威だぞ」


「分かっています、ディレクター。ですけど・・・どうしても見惚れてしまいますね」


インタビュアーの女性が、手元のバインダーから視線を上げ、回廊の先へと目をやった。

離れた場所から、望遠レンズを備えたメインカメラが「その男」を静かに捉えている。


ーーアレン・エーバーハルト博士。


 プラチナブロンドの美しい髪を背中で緩く束ね、仕立ての良いネイビーのスリーピース・スーツを完璧に着こなす彼は、十数人の若い学生や研究員たちに囲まれていた。


 人種、国籍すらもバラバラな若者たちに対して、彼は一人ひとりと視線を合わせ、爽やかで愛想の良い笑顔を振りまいている。学生が差し出したタブレットの論文データに目を通し、優雅な手付きで何かを指摘すると、質問した女子学生が頬を染め、周囲からは感嘆の吐息が漏れた。


「あれで、推定年齢一千歳だからな」


 ディレクターが、白髪交じりの薄くなった髪をなでながら、若干の嫌味のトーンを混ぜつつ言う。


「ですよね〜。まさしく世間が思い描く、高貴なるエルフ様っていうか」


「だが、彼の真の価値はその容姿じゃない。人類の遺伝学をたった一人で半世紀は進めたと言われる、あの途方もない頭脳の方だ。また慈善事業の手の広さ、その公平性に関しても非の打ち所が無い。スキャンダルの1つや2つあればまだ可愛げもあるんだが・・・」


 ディレクターがインカムを押さえながら、小さく手を挙げてキュー出しの準備合図を送る。

それに気づいたアレンは、学生たちに穏やかな笑みで別れを告げ、インタビューセットへ早足に近づいてくる。


 その足取りには一千年の重みなど微塵も感じさせない、若々しい生命力が満ちている。


 彼のオフィスの一角に用意されたマホガニーのデスク。

 彼が腰を下ろすと、場の空気が知的な緊張感に包まれた。アレンとインタビュアーの前に、助手とおぼしき人物がこれまた丁寧すぎる所作で、落ち着く香りの紅茶を入れていく。


 ディレクターのカウントダウンが始まり、録画を知らせるカメラの赤いランプが点灯する。インタビューは着々と進み、淀みなく喋るアレンにインタビュアーが見惚れてしまい話を取り違えるNGなどはあったが、1時間にわたる撮影も最後のパートにさしかかっていた。


「つまり教授。我々人類が長年、おとぎ噺の住人として語り継いできたエルフという存在は、純粋な生物学の偶然であるとおっしゃるわけですね?」


インタビュアーの問いに、アレン・エーバーハルト博士は静かに頷いた。


「ええ。分類学上は、交配可能な同一種内の希少ハプロタイプの亜種に過ぎません。我々の祖先は現在のアルプス北部の過酷な山岳地帯に適応する過程で、DNA修復遺伝子群、FoxO3やテロメラーゼ遺伝子に特異な連鎖変異を起こしました。その結果、組織老化が極めて遅く、ダメージ時の細胞の再分化速度が異常に高くなった、ただ、それだけのことです」


「すみません、もう少し、分かりやすく視聴者に伝わる表現にはできないでしょうか・・・」


「良いですよ・・・つまり、我々アエテルナリス・・・失礼、我々エルフという人間は神話の魔法生物などではなく、細胞の寿命タイマーが存在せず、そして怪我をしてもイモリのようにすぐ再生するというDNAの宝くじをセットで獲得した人類です。ですから魔法は使えませんよ」


 魔法は使えない・・・というのはエルフ特有のジョークなのだろう。ガオオという感じの子供向けのジェスチャーを交え、爽やかな笑いで言葉を紡ぐ。


「魔法・・・八世紀から九世紀にかけてのヴァイキングの記録には、魔法を使うエルフの集落の記録がありますね。それが悲劇の始まりであったことは、私も歴史の授業で習いました。そちらについて教授にお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 アレンは紅茶を一口飲み、少し表情が曇ったが、すぐに爽やかな表情へと戻り、インタビュアーに目を向ける。


「紅茶が冷めてしまいました、これは失礼、貴方のも空っぽでしたね・・・」


「いえ、どうかお気になさらず、教授……!」

 恐縮して立ち上がりかけるインタビュアーを、アレンは長い指先を軽く立てて優雅に制した。


「座ったままで。私のオフィスでは、ゲストに美味しいお茶を楽しんでいただきたいんですよ」


 そう言って悪戯っぽくウインクしてみせる仕草は、一千歳という年齢を感じさせるどころか、洗練された大人の英国紳士そのものだった。


 アレンは自らアンティークのキャビネットへ歩み進めると、お湯の温度を完璧に管理された最新のウォーターディスペンサーから、手際よく二つの磁器のカップに琥珀色の液体を注いでいく。オフィスには一瞬にして、ベルガモットのみずみずしい上品な香りが広がった。


「はい、どうぞ。少しミルクを落としても美味しいアールグレイです」

「あ、ありがとうございます……」


 カップを受け取るインタビュアーの指先が、緊張でわずかに震える。世界的な知の巨人に淹れてもらった紅茶というだけでも恐ろしいのに、彼の立ち振る舞いには一切の尊大さがなく、むしろこちらを緊張させないための完璧なホスピタリティに満ちていた。


 アレンは自分のデスクに戻り、革椅子に深く腰掛け直すと、ふっと肩の力を抜いて悪戯っぽく笑った。

 温かいカップを両手で包み込み、湯気の向こうで翠玉色の瞳を、今度は歴史の深淵を見つめるような、静かで深い光へと切り替えた。


「私が生まれたのは、オリジナルコミュニティ崩壊後200年ほど経った山間部のコミュニティですが・・・もともとのエルフのオリジナルとなる集落は現在のスイスからイタリア国境へかけてのベルナーオーバーラント地方にありました。外界との接触を絶った二千人ほどの小さなコミュニティだったと伝え聞きます。文化水準は人間社会より少々進んでおり、火起こしの効率的な技術や、植物の薬理作用を熟知した伝統医療を持っていました 。それが、当時の人間たちには魔法に見えたのでしょう。最初は言葉を交わし、技術を共有する穏やかな交流もあったようですが……」


アレンは穏やかな、しかしどこか冷ややかな響きを帯びた声で答えた。アレンが言いにくそうにしているのを察したインタビュアーが話を補足する。


「野蛮な略奪に明け暮れていた当時の我々人間にとって、エルフの持つ高い技術は魔法に見えたのでしょう。……その誤解と、あくなき欲望が、エルフの悲劇の始まりだった、そう理解しています」


「ええ。特に11世紀以降、我々の長寿と健康の噂はヨーロッパ中の王侯貴族の欲望を煽ったようです。彼らは自らの血統にその特性を組み込もうと、エルフを狩り、愛妾や代理母として囲い込んだ。ですが、エルフの形質は人間との間には決して遺伝しません。欲望を満たせなかった人間たちは、多くの場合、絶望と共に我々の同胞を放逐し、あるいは異分子として火あぶりにした・・・私が子供の頃にはまだ、その村の生き残りも居ましたが……もう今は…」


「大変言いづらい話題を振ってしまい申し訳ありません・・・」インタビュアーの女性が恐縮する。


「それを伝えるのが貴方の仕事ですから胸をはってください。いろいろありましたが、欧州エルフ学術評議会が現在確認しているエルフは二百人程度 。我々は進化の勝者などではない。人間の果てなきごうと戦ってきたただの絶滅危惧種なのです」


 アレンの翠玉色の瞳の奥に、一瞬だけ、深い哀愁を伴う記憶がフラッシュバックする。

 故郷の村が崩壊したあの日。十字軍の旗の棚引く炎の中で自分を庇い、人間の人攫いに連れ去られていった年長のエルフ。誰よりも元気で、生命力に満ち溢れていた彼女は……。アレンは村で生活を共にした一人の女性エルフのことを思い出していた。


「……はい、カット! 素晴らしいお話でした、エーバーハルト教授。これで本日の撮影はすべて終了です」


ディレクターの声とともに、カメラの赤いランプが消え、張り詰めていたスタジオの空気が弛緩した。


「ありがとうございました。良い番組となることを祈っております」


 アレンはいつもの爽やかな笑顔に戻り、恐縮するスタッフ一人ひとりに握手を交わして見送った。彼らが機材を片付け、オフィスを出ていくと、部屋にはアレンと、彼の優秀な若き人間の助手だけが残された。


 張り詰めた空気が解けた部屋で、アレンは先ほどまでの「柔和な学者」の仮面を外し、落ち着いた顔で冷めた残りの紅茶を口にする。そして私用のスマートフォンを開きSNSアプリの通知欄を確認する。


「嫌な予感がするね」


 メッセージアプリを開くと、急ぎの内容を知らせるメッセージを見つけ、それを開く。


 差出人は、アレンが個人的にパイプを持つ情報官の名だった。

 件名は、<東南アジアにおける不審な医療物資の流出について>


 添付された衛星写真と、現地の末端組織の資金流動データをスクロールしていくうち、アレンの端正な顔から完全に血の気が引き、翠玉色の瞳に冷徹な怒りの炎が宿った。


「……先生?  顔色が悪いですが」


「ギヨが、また動き出したようです。やはりカンボジアの奥地か」


 アレンの口から漏れたその名に、助手は思わず息を呑んだ。


「ギヨ……? ギヨって、あのC.C.バイオニクスのラゼベル・ギヨ博士ですか!? 再生医療のトップアーキテクトと言われる、この業界の権威ですよね」


「権威・・・ですか。人間たちは、あの女のまやかしの業績をそう呼ぶのですね」


「ジェイコブくん キミもこのオフィスで働く以上、今起きている血生臭い現実を知っておかねばなりません。そう、あの女の実体を知っておくべきでしょう。彼女は――ラゼベル・ギヨデルタ。私と同じアエテルナリスであり、歴史の影で様々な医療犯罪を繰り返している反生命主義者の化物です」


ーー主席研究コーディネーター:Jacob Berwkジェイコブ・バーク

 

 アレンの右腕として働く助手。仕立ての良い細身のスーツを完璧に着こなす、ツーブロックの黒髪をぴっちりとまとめた、神経質そうな青年。


「ギヨ博士・・・が化物・・・確か、三つの目を持つ異形のエルフだとはシンポジウムで伺ったことがあります」


「姿見の話ではない。あれは過去の事故で再生不良を起こし二つの眼球が形成されただけです。彼女が真にモンスターであるのは、生命を、単なる機能とスコアでしか測らないその不遜な精神にある。これを見なさい、先ほど送られてきた資料です」


 アレンは添付されていた、カンボジアの密林に作られた施設の衛星写真、当局の強制捜査の末、搬送されていく身元不明の若い女性たちの隠し撮り写真を助手に見せた。


「彼女が法の及ばない地域で貧困層の妊婦を大量に買い集めている・・・という噂から調査を進めていたものです。もちろん名目は最新の栄養療法試験だったようですが、実態は彼女たちになんらかの新薬を投与し培養槽リアクターとしての限界を探っていたようですね」


「そ、それが本当であるなら、どうしてそんな危険人物が野放しになっているのですか」


「……それは、彼女が科学史の影となる天才だからです」


アレンは冷え切った紅茶のカップをデスクに置き、静かに首を振った。


「過去、列強諸国の戦時下で行われた非道な生体実験から、近年の非人道的な生物由来製剤の開発、政府の秘匿科学計画、そういった歴史の闇に、彼女は常にいる。常に大資本や権力の後ろに隠れ、悪事自体が公になることは無い。ギヨは倫理を無視して汚い奇跡を供給してくれる便利な怪物……そう思わせ狡猾に立ち振る舞っている」


「でも、先ほどの捜査資料があるということは尻尾を掴んだのですよね・・・」


「今回も同じでしょう。おそらくカンボジアの施設を運営していたのは、ギヨとの繋がりが一切ない現地企業。もしこの凄惨な実態が表沙汰になっても、法的に裁かれるのは現地の技師たちだけでしょう。彼女は常に国家のパワーバランスや、医療史・科学史の死角を突いて、姿は見えても決して手の届かない、鏡の向こう側にいる」


「そんな…。国家も法も、ギヨの前では意味を成さないというのですか」


「ええ。さらに最悪なのは、現在、彼女の背後にいる存在です。世界最大の多国籍製薬メガコンソーシアムの会長。彼の率いる巨大資本が、ギヨの生み出す『悪魔の技術』を欲しがり、その圧倒的なロビー活動と資金力で、彼女の犯罪を圧倒的資金で支え、すべて合法的な研究の影へと隠蔽している」


アレンは端末の画面を閉じ、若き助手の目を真っ直ぐに見つめた。


「・・・キミは優秀だ。だが、どんな天才にも才能の限界というものは、いつか必ず訪れる」

「え・・・?」


「キミがこの先、科学を志す者として、次第に自身の才能の限界や、倫理の壁に突き当たって暗闇を彷徨う時が来る。……注意しなさい。そんな時、あの女は<完璧な合理性>という甘美な免罪符を唄い、鏡の向こうから手を伸ばしてくる」


アレンは助手の肩にそっと、しかし拒絶を許さない強さで手を置いた。


「生命を単なる部品パーツと割り切ってしまえば、どれほど楽になれるか。科学の限界を金と暴力で踏み越える快楽が、どれほど理性を狂わせるか。……あの女は、それを知り尽くしている。だから、これだけは約束してほしい。どれほど研究に行き詰まろうとも、決してあの『赤の女王』の口車には乗らないで欲しい」


「はい……。肝に銘じます、先生」


助手が神妙な返答と眼差しを向ける。

アレンは満足したように、ようやくいつもの紳士的な微笑みをその端正な顔に取り戻した。

コメントや応援などしていただけると励みになります アレンの開発コードネームは千年童貞。

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― 新着の感想 ―
透明感のある美形キャラクターが登場すると共に、くられ先生によるエルフ2.0考察がお目見えする回でした。 スペース拝聴しました。恋愛面において一千年の遅刻をしているらしいアレン……そして”自分を庇った女…
まともなエルフがでてきて安心しました。まともじゃないといいなってちょっと思ってます。
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