第2話 ハローヴィラン
早速のヴィランの登場回です
マンハッタン、パークアベニューの高層ビル最上階。世界の誰もが認める経済の中心地。
遮光ガラスに覆われた会議室には、世界を裏側から動かす投資家たちが集い、世紀の発表を聞いていた。
正面の巨大スクリーンに映し出されているのは、CGではない。
どこかのラボで撮影された、生々しい「実映像」だ。
それは一頭の羊。・・・正確には羊と定義すべきなのだろうか。
それほどまでに歪にゆがめられた命がそこにあった。
眼球も、耳も、角もない。頭部があるべき場所には、複雑なチューブが数本突き刺さったピンク色の肉塊が、不気味に拍動している。大脳皮質を遺伝子操作で完全に欠損させられたその個体は、意識を持つことなく、ただ心肺を機械的に動かす悪趣味な肉人形として画面の中で時折蹄をピクつかせていた。
「……ギヨ博士。これは、あまりにも悪趣味ではないですか」
最前列に座る中年の女性投資家が、吐き気を堪えるように口元を押さえながら非難する。
嫌悪の目は来場者全体から、その異質な女の発表者に向けられていた。
ヘビ皮を思わせる艶のある真っ黒な高級生地のコートに身を包んだ、ギヨ博士と呼ばれるその人物はエルフであった。
肌はやや褐色。ツンと尖った鼻、整いすぎたボディライン、左目の何かを隠すように大げさなミラーコートのモノクル、左胸部に人工臓器と呼ぶには不自然すぎる装置が覗く。両耳には、これまた数字の「4」をあしらったデザインのピアスが釣り針のような尖ったフックで耳にぶら下がる。
軽く背中を丸め「シシシシシ」と歯の隙間から風を吹くような、意地悪そうな笑い方のそれは、控えめに言ってマッドサイエンティストと呼ぶには十分すぎる風貌。
「ねえ、ちょっと待って? もしかして私のプレゼン、難しすぎた? 大丈夫? 」
ギヨはモノクルを指先で弾き、壇上の手すりトントントン、と四回爪で叩いて注意をひく。
「この偉業を悪趣味、なんて低俗な評価・・・ほかにする人いるのぉ? これだから短命のTACOは困るんだなぁ。これは羊でも動物でもないの。ただの工業用リアクター」
ギヨは壇上の手すりを、正確に四回、尖った爪先で叩いて注意を集める。
「脳がなければ痛みは無い、痛みがなければ苦痛は無い。さにあれば倫理的問題など起こりようがない。そうだろう? 何をめくじら立てて怒る必要があるというのです。合理性ですよ合理性」
そんな嫌悪感に満ちたヒリついた雰囲気の中、拍手しながら「素晴らしい」と立ち上がる男がいた。
理解者然とした態度で声をかけたのは、白髪の初老の男、名をハンス アイビー テトラクライン。
複数の巨大製薬会社が合体・巨大化した、世界最大の多国籍製薬メガコンソーシアムの会長であり、その傍らバイオビジネス界隈で急進的に注目を集めているQuatre Essence DesignのCEOを務める。バイオ産業界の帝王である。
「倫理的障壁の回避、そして臓器供給の完全な規格化。ギヨ博士、貴方が提示しているのは、単なるバイオビジネスではない。生命という現象を、工業製品へと変換する本物の革命だ。素晴らしい本当に素晴らしい」
帝王の言葉に、会場の空気は凍りつく。最初の声に釣られ非難の声を上げようとしていた投資家たちも、この「バイオビジネスの帝王」の肯定を前に、自身の倫理観と損得勘定を天秤にかけ始めた。
鶴の一声が、冷え切っていた会議室の空気を一気に沸点へと持ち上げる。加えて、ギヨの利益試算のグラフが画面に表示されると、一時の忌避感は霧散する。
眼前に提示された天文学的な利益と市場独占という魔力の前では投資家は従うしかない。
一人、また一人と投資家たちが沈黙を破り、先を争うように巨額の出資を口にし始めた。彼らにとって、画面の向こうで蠢く肉塊はもはや不気味な怪物ではなく、巨万の富を生み出す金の卵となっていた。
*
一時間後。喧騒が去り、静寂を取り戻した会議室には二人の姿だけが残されていた。会場は大人数にあわせた空調設定になっているため、肌寒い。
「この・・・・クローン臓器製造ビジネス・・・あなたの技術は、世界中の富裕層が欲しがるものです。腎臓、肝臓、心筋、角膜、膵島細胞。最初はあえて適応を絞って希少疾患向けに条件付き承認し、表向きは慈善事業としてコンパッショネート使用(未承認薬の人道的使用を認める制度)で動かし始めれば、あとは勝手に市場は開いていくでしょう」
シシシシと不気味に笑ってから、バーカウンターの裏から持ってきたコーヒーを手にニタリとハンスに語りかける。
「ハンスくん、キミに会ったのは何時だったか」
「30年前です、ギヨ博士。貴方に師事したからこそ今の私がある」
「そうねえ、貴方は私が教えた中でも愚鈍な方だったねえ でもでも計算だけは誰よりも得意だったわねえ そうかそうか、もう30年も、シシシシ」
「私の鈍さは会計と法、そして先生の一番不得意なロビー活動で補ってきましたから。世界を牛耳る金持ち達は長生きしたいんじゃぁないんです。劣化したくないのです。生命ではなく、性能維持を望んでいる。これだけ業界を牽引してきた私でさえ、先生の研究の果てが見えない」
「もちろんこんなものゴールではない。通過点に過ぎないの」
「先生の欲望は金になります」
「私はね、人間は、母体という古い装置から解放されるべきだと思うのだよ」
ハンスの表情が、わずかに硬くなった。
「人工子宮……ですか?」
「違うわ 脳も意識のない生体リアクターのヒトモデルを作る。今は羊だけど、ヒトでももう可能よ。脳がなければ人格もない。人格がなければ権利主体はない。権利主体がなければ、人権侵害は存在しない」
「……先生は相変わらず、倫理委員会が卒倒する言い方をなさる。して、そのヒトモデルの生体リアクターで何を作るのですか?」
「子供よ。現在も金持ち国が貧乏な国の女を代理母にしているわよね、それをもっと安全に、もっと確実な工業化に持っていきたいの。そして作るの、チャイルドファクトリーを」
「こ、子供製造工場ですか・・・」
流石のハンスも、その言葉の持つ倫理的質量に圧倒されたのか、手元に置いた高級万年筆を握る指に力が入る。生物の性能維持という莫大な市場価値を見通す彼でさえ、ギヨの思考の深淵はあまりに暗く、底を見ることが叶わない。
「だが、ハンスくん。この完璧な工場を稼働させるには、どうしても最後のピースが足りないの。どれほど精巧なリアクターを作ろうとも、何千回、何万回とエラーを起こさずに分裂し続け、あらゆる組織へと分化する無欠の母体細胞が必要不可欠なのよ。通常のヒト幹細胞では、ヘイフリック限界という名の、神が仕込んだくだらないバグのせいでゴミとなる・・・さらに、あの老害・・・アイツが、私の研究資材の調達をことごとく邪魔をする」
ギヨの口調から、突然、甘ったるい嘲笑が消え失せ、冷徹な敵意が漏れはじめる。
「アレン エーバーハルト博士ですか・・・」
「忌々しい・・・名前も聞きたくないね」
「欧州エルフ学術評議会顧問であり、遺伝学と再生医療の最高権威。先生と同じ時間を生きる、知の巨人ではありますね」
「あの偽善めいた腰抜けエルフ! 国際倫理委員会の壇上から、私の研究に生命への冒涜だと吐き捨て、あの手この手で私の予算と承認を握り潰してきた男。あいつの掲げる高尚な『倫理』とやらのおかげで、人類の進化がどれほど遅れていることか」
「でも、先生の計画を前に進めるためにはアレン博士との衝突は避けられません」
「もちろん、その対策も考えてある」
そう言って、左目のモノクルを外し、メガネ拭きで拭き直す。
ミラーコートのレンズで隠されていた、左目があらわになる。その目は上下に分裂した細胞のように、水平に並び2つある。
ギヨは3つの目を細め。口調は穏やかに、そして冷たい敵意をあらわに口を開く。
「高貴な倫理 と 完璧な合理性 どちらが正しいかはいずれ分かります」
ーーーーー
ギヨのピアス エルフは再生力が高いためピアスは基本的にしない 気にせず穴をあけて付けることは可能
次回はエルフ史です




