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第11話 ハローマザー

というわけで続きです

深夜12時


 痛い・・・痛い・・・痛い・・・

 全身にドクンドクンとした鈍く重い痛みを知覚し、目を開ける。


 眩い無機質な白色ライトが、微かに揺れてまぶしすぎて世界が何も見えない。

 

 手を動かそうともしても、なにかベルトのようなもので固定されている。そして指一本動かすにも、まるで全速力で数百メートル走り抜け、倒れた瞬間起き上がれと言われるような、劇的な疲労感を伴う全身の鈍さ。言葉は・・・出ない。目もハッキリ開け続けるだけで、荒波の中で立っているかのごとく難しい。


 実際、ファルの両腕からは、太い透明なチューブが何本も伸びている。装置へはファルの血液が送られ、極彩色の不気味な薬液と混ぜられ、そしてまた別の装置から血液が戻ってくる。

 ポンプによって一定のリズムで押し出され、彼女の静脈へ容赦なく送り込まれていた。


 部屋の奥には、人工呼吸器に繋がれた女性たちが並んでいた。眠っているようにも見える。

 だが、その胸の上下は機械が作っている。脳波は限りなく平坦に近い。


 生きているのか、死んでいるのか。


 その問い自体が、ここではもう意味を失っている。

 ギヨの目的は、ファルを究極の万能細胞の苗床、子供工場のマザー・コアにすることだった。


 脳死状態の肉体を端末とし、デザイナーベビーを急速発生させる。

 母体という、不確実で、老化し、感情を持ち、権利を主張する古い装置から、人類を解放する。


 ギヨは、そう言うだろう。


 だが、目の前にあるのは解放などではない。

 生命を工業製品へ落とし込む、神をも恐れぬ生産ラインの雛形だった。


 ファルはそのシステムの中央に置かれた近未来的なベッドに拘束されていた。

 拘束ベッドでは半身を起こされ、両手両足は固定されている。両腕、鎖骨下、腹部、頸部に、透明なラインと薄いセンサーパッドが接続されている。ラインの先には、人工透析装置、ECMO、細胞培養槽、集中治療室のモニターを悪趣味に一つへまとめたような白い筐体が並んでいた。


 これは血を抜くための装置ではない。


 少なくとも、ギヨはそう考えている。母体信号を共有するための装置である。

 それは、ファルの血漿中に流れるホルモン、免疫調整因子、再生因子、エクソソーム、炎症物質、子宮内膜の受容性、そのすべてを読み取り、分離し、増幅し、周囲の人工子宮ポッドへ配信するための装置だった。


 ファルの頭上に吊られた黒いモニターには、冷たい文字が浮かんでいる。


ーーーーー

MOTHER-0

 意識抑制:error

 鎮静深度:不足

 皮質活動:低下/持続

 疼痛反応:検出

 再生指数:312% ↑

 FAL-MATRIX 同期率:72%↓

ーーーーー

 彼女はもう、画面上では音無ふあるこでも、ヴェルシル・ファルニカ・セレンディスでもなかった。


 マザー・ゼロ。母体の原型。


 その周囲には、十二基の透明な人工子宮ポッドが半円状に並んでいた。ポッドの内側には、乳白色の薄い膜が貼りついている。水に濡れた絹のようにも、傷口を覆う新しい皮膚のようにも見えるそれは、ファル由来の子宮内膜様マトリクスだった。


 さらに奥には、三基だけ、別のカプセルが置かれている。

 人工呼吸器と生命維持装置に繋がれた、母体シェル。


 顔には白布がかけられている。胸は機械のモーター音に則して規則的に上下している。体温も機械によって適切に維持されている。死体でも、患者でも、母でもない。子宮と血管だけを利用するための生体筐体だった。


「良いですね、良いですね。実に良いですねえ」


 ガラス越しにファルを見下ろしながら、ラゼベル・ギヨデルタは、狂おしい歓喜に身を震わせていた。


「ヘイフリック限界を完全に無視した細胞分裂速度。どれだけ削っても、内側から無限に湧き出すように修復されていく。これよ。これこそが、私が求めていた素材」


 ギヨは、一通り作業を終えると白衣を脱ぎ、いつもの黒いコートを羽織っていた。


 首元には派手な羽飾り。左目を覆うミラーコートのモノクル。照明を受けたその姿は、無菌室に立つ科学者というより、実験室に迷い込んだ毒虫の女王のようだった。


「人工子宮に足りなかったものは、袋の質でも、羊水でも、酸素交換でもなかった。母体が発する、受け入れていい、育てていい、壊すな、という無数の生体信号だったのね」


 ギヨはコンソールを操作した。


 十二基の人工子宮ポッドが、ファルの心拍と同期するように淡く点滅する。ポッド内壁の乳白色の膜が、わずかに収縮した。


「私はねぇ あなたに子供を産ませたいわけじゃないの」


 ギヨは、愛おしそうにベッドのフチを指でなぞる。


「あなたは子宮ではない。あなたは母体という制御系そのもの。あなた一人が眠っているだけで、やがて千のポッドが母体として振る舞う。素晴らしいでしょう? これで人間は母性から解放される」


 だが、手元のモニターに表示される脳波データを見た瞬間、その顔に不快そうな皺が寄った。


「……か、覚醒している!? 良くないですねえ。なんなんですか、貴方」


 ギヨは爪でコンソールを四回、正確に叩いた。


「この薬剤は免疫系の暴走を鈍らせ、意識活動も深く落とすはずなのに。どうしてまだ意識を保っていられるわけ? 一体どういう代謝で逃げているのか……興味深いけど、今はそれはいらないの。眠ってどうぞ」


「・・・・・こんな……どうして……」


 ファルは、麻痺していく頭の芯で、必死に力を振り絞り乾いた唇を微かに震わせた。目覚めた瞬間よりはまだ動かせる。


「どう・・・して、こんな酷いことをするの……?」


 ギヨの眉が、ぴくりと動いた。

 次の瞬間、彼女は腹の底からおかしそうに笑い出した。


「シシシシシシッ! よく言われるのよぉ〜〜その台詞。酷いこと! かわいそう! 命をなんだと思っているんだ! 倫理はないのか! もう聞き飽きたのよ、中学生の道徳の授業かっての」


 ギヨは両手を広げ、芝居がかった仕草で無菌室の天井を仰いだ。


「誤解よ、誤解。私は人類を愛している。命を愛している。だからこそ、命をもっと安全に、もっと確実に、もっと効率よく扱える形へ進化させてあげようとしているの これを愛と言わずしてなんと呼びますか」


 ギヨはガラス越しに、周囲の人工子宮ポッドを指さした。


「母体という古い装置は、不確実すぎるのよ。老いる。病む。拒絶する。感情で揺れる。痛がる。訴える。所有権だの尊厳だのくだらないものを主張する。そして最後には、出産という危険なイベントで母も子も平気で死ぬ」


 彼女の声は、次第に熱を帯びていく。


「だったら、どうしましょう? そう! 切り離せばいい。母から妊娠の負担を、子から母体の不安定さを、社会から出産リスクを切除しましょう これのどこが悪い? 母性を人生から解放することは、人類の幸福じゃぁないの」


「……違う……」


 ファルの声は、ひどく小さかった。だが、ギヨは聞き逃さなかった。


「あら、違う? 何が?」


「あなたは あなたは……誰も、助けてなんていない……」


 ファルは、ぼやける視界の中で、ポッドの淡い光を見た。

 何百年ものあいだ、いくつもの屋敷で、いくつもの国で、彼女は子を宿してきた。望まれた子もいた。望まれなかった子もいた。祝福された子も、取引の道具にされた子もいた。

 それでも、胎内で初めて動いた小さな震えを、彼女は忘れたことがなかった。


「あなたが取り上げようとしてるのは……母から産む苦しみじゃない……」


 ファルは、ゆっくりと息を吸った。


「子どもから……最初に誰かに"待ってもらう時間"を、取り上げようとしてるんです」


 ギヨの笑みが、わずかに止まった。


「……は?」


「お腹の中の子は……商品じゃないです。完成品でもないです。毎日、今日は大丈夫かなって、ちゃんと育ってるかなって、お腹を蹴ったらまだ小さいのに頑張ってるなって……そうやって、見守って……もらって……誰かに待ってもらうものです」


「下らない それが無意味だと言ってるの わっかんないかなぁ?」

 ギヨは吐き捨てた。


「胚発生は細胞分裂と分化の連続でしかない。そこに母体が涙や祈りを混ぜ込む必要なんてない」


「きっと、あなたは……一度も、待ったことがないんですね」


 ファルの声は弱い。弱いが、まっすぐだった。


「お腹の中で、子どもが動くのを待ったことがない。ちゃんと育つか怖くて、眠れない夜を過ごしたことがない。産まれてくる子が、誰かに抱いてもらえるように祈ったことがない」


 ギヨはモノクルを外し、ファルに顔を近づけギョロリとにらみ付ける。


「……何が言いたいのかしら」

「あなたは、赤ちゃんを産む人を装置だって言う……」


 ファルは、震える唇で続けた。


「お母さんは、袋じゃないです。機械でもないです。赤ちゃんがまだ目も見えないときに、何も言わず抱きしめてくれて、うまれて最初にその子のことを心配して暖めてくれて、お互い安心しあう場所です」


 ギヨの三つの目が、細くなった。指先が、怒りで震えている。


「あなたの世界には、お母さんがいない」


「必要ないわ」


「違う とても・・・大事・・・です」


 ファルは初めて、ギヨの言葉を遮った。その目に、涙が滲んでいる。


「あなたの・・・世界には、買う人と、買われる人と、壊れたら取り替える部品しかいない」


 無菌室の機械音だけが、低く響いた。ファルは、息を継いだ。


「私は、頭が悪いから、倫理とか経済とか難しいことは分からないです。でも……何百回も、お腹に子を宿しました。最後まで面倒を見てあげることができる子はほとんどいなかったけど、それでも、産まれるまではみんな私の中にいた」


 ギヨの口角が、わずかに痙攣した。


「だから、分かります」


 ファルは、普段は高慢で猫背気味なギヨが珍しく背を伸ばし言葉にならない言葉を溜め込み狼狽している姿を見た。


「あなたは命を愛してなんかいない。命が自分の言うことを聞くのが好きなだけでしょう」


 沈黙。

 ギヨの表情から、笑みが消えた。


 初めて、返す言葉を探している顔だった。ほんの数秒。

 だが、その数秒はギヨの長い人生の中で最も長い数秒だった。


「……ああ そうだよ」


 ギヨは低く呟いた。


「なるほど。なるほどなるほど。さすが二千年もの間、搾取されてきたプロの被害者様は言うことが違うわねえ」


 ギヨらしくなく、いつもの舞台めいたわざとらしい動きもなく、本気の怒りで声が震えていた。


「でもね、ファルニカ」


 ギヨはベッドの横のコンソールをいじる。投与量の表示が一段階上がる。


「貴方は役に立ちたいんでしょう?」

 彼女の声が、鋭く割れた。


「だったら、さっさと役に立つパーツになりなさい!!」

 ファルの首元に貼られたパッチが淡く光り、冷たい薬剤が血中へ流れ込んだ。

 視界が白く濁る。心臓の音が遠くなる。

 周囲のポッドが、彼女の恐怖に反応して、低い警告音を鳴らした。

 ギヨは舌打ちし、モニターへ目を向けた。


「まったく、面倒な女。泣くわ、反論するわ、ポッドの同期は乱すわ。やっぱり人格って最低のノイズね 次の研究テーマは人格の排除にしなくては」


 そのとき、無菌室の壁面モニターが自動的に切り替わった。

 暗い施設内の監視カメラ映像。

 月光の差し込む巨大な温室。規則正しく並ぶ培養タンク。青白い床。配管の影。

 そこへ、一人の男が足を踏み入れた。プラチナブロンドの髪。翠玉色の瞳。

 アレン・エーバーハルト。

 ファルの虚ろな瞳が、わずかに揺れた。


「……アレン……?」

「あら」

 ギヨは、すぐに機嫌を取り戻したように口元を吊り上げた。


「覚えているの? それとも、日本で合ったから?」

 ファルは、モニターの男を見つめた。

 長い髪。澄んだ目。端正すぎる顔。薬剤の影響で意識が朦朧としたことで、昔の記憶が蘇り、アレンの姿と繋がる。整った現在の姿に遠い昔の面影が重なる。


 山の冷たい朝。

 石造りの小さな家々。まだ外の世界がすべてではなかった頃の、古いコミュニティ。

 自分の後ろを、いつも少し離れてついてきた、金色の髪の小さな男の子。

「……ア レン……?」

 ファルの唇が、震えた。

「あの……泣き虫のアレン……?」

 涙が、頬を伝った。


「すごい。すごい。千年前の人間関係って覚えてられるのね。私は三日前にあった投資家の顔すら覚えてないのだけど」


 ギヨは、何かを思いだしたように、ベッドの横に置いてあった古い書類フォルダーを紐解いて中を確認しだした。


「貴方とエーバーハルトは同じコミュニティにいたようね。記録を読む限り、彼にとって貴方は特別な存在ってやつ? 年上の憧れのお姉さんみたいなものだったのかもねえ」


ギヨは、シシシ、と笑った。


あんなに小さくて、転ぶとすぐ泣いて、でもいつも自分の後ろをついてきた子が。900年もの間、自分を探していた。ファルは、泣いた。薬剤で感覚は鈍っているはずなのに、胸の奥だけが痛かった。


「生きて……いたんだ……」

「覚えていたことを伝えられなくて残念ねぇ」


「エーバーハルトは、エルフのコミュニティで永久にアンタを探してたよ、知らないヤツはいないくらい、だからアンタの名前を見たとき柄にもなく運命を感じたわ


 私の本当の名前、ラゼベル ギヨデルタ セレンディス


 そう。貴方の子孫なの」

ギヨとファル回です。決戦はどうなるのか? 感想などいただければ幸いです!

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― 新着の感想 ―
ふあるこさんが偉大すぎる…! ギヨ様の祖先でもあったのね! そして百合みを感じてしまったw
ギヨ先生とふある子さんの対話シーン大好きです…!ギヨ先生の思想価値観が明らかになっていく展開で、ギヨ先生の最悪さが浮き彫りになっていくの本当にたまりません。いつも面白い小説をありがとうございます
ギヨ、作れなかったんですね「人工子宮制御のプログラム」を… プログラマーは自分が理解・解析できていないものをプログラミングすることは出来ない、とプログラマーの兄に叱られたことがあるんですが、ギヨもそう…
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