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第九話 やさしい檻

やわらかな光が、すべてを包んでいた。


風はない。

音もない。

ただ、静かな温もりだけが、世界に満ちている。


少女は、ゆっくりと目を開けた。


「……ここは……」


足元には、白い霧のようなものが広がっている。

どこまでも続いていて、境界が分からない。


けれど、不思議と怖くはなかった。


それよりも――


「……いた……」


目の前に、彼がいる。


光源氏。


もう、鏡越しではない。

手を伸ばせば届く距離に、確かに存在している。


少女の喉が、小さく震える。


「……本当に……会えたのね……」


一歩、近づく。


足音はしない。

けれど距離だけが、確かに縮まっていく。


彼は、何も言わない。


ただ、微笑んでいる。


いつもと同じ、優しい顔で。


少女は、そっと手を伸ばした。


指先が――触れる。


「……あ……」


温かい。


確かに、そこにいる。


逃げない。

消えない。

拒まない。


「……やっと……」


その瞬間、少女の目から涙が溢れた。


崩れるように、彼にすがりつく。


「やっと……会えた……」


声が震える。


何度も、何度も、その存在を確かめるように触れる。


けれど――


「……あれ……?」


ふと、違和感が走る。


彼の身体は、確かにそこにある。


温もりもある。


けれど。


「……どうして……」


鼓動が、感じられない。


耳を寄せても、何も聞こえない。


ただ静かな、温かさだけ。


まるで――


「……生きて……いない……?」


少女の言葉は、途中で途切れた。


その瞬間。


彼の手が、ゆっくりと少女の頬に触れる。


「……っ」


驚きに、息が止まる。


視線が合う。


初めてだった。


彼が、自分に触れてきたのは。


「……ねぇ……」


少女は震える声で問いかける。


「聞こえているの……?」


返事はない。


けれど、その手は離れない。


優しく、包み込むように触れている。


その温もりが――


思考を、溶かしていく。


「……いいの……」


少女は、目を閉じる。


「言葉なんて、いらない……」


ただ、ここにいられるなら。


ただ、こうして触れていられるなら。


それでいいと、思ってしまう。


ふと。


視界の端に、何かが映った。


少女はゆっくりと目を開ける。


そこには――


同じように微笑む女たちが、立っていた。


一人ではない。


二人でもない。


いくつもの影が、静かに並んでいる。


誰も動かない。

誰も話さない。


ただ、同じ表情で――


「……え……?」


少女の喉が、引きつる。


その中の一人と、目が合う。


虚ろな瞳。

けれど、どこか満たされたような微笑み。


「……なに……ここ……」


一歩、後ずさる。


けれどその瞬間。


背中に、やわらかな感触。


振り向く。


そこにも――彼がいる。


「……え……?」


前にも、後ろにも。


同じ顔。

同じ微笑み。


逃げ場はない。


「……ねぇ……」


少女の声が、震える。


「どういうこと……?」


答えは、返ってこない。


ただ――


すべての光源氏が、一斉に微笑んだ。


その優しさは、何も変わらない。


変わらないまま――


どこまでも、逃がさない。


少女は、理解する。


ここは、望んだ場所。


愛されたかった世界。


けれど同時に――


「……ここ……出られないの……?」


その問いは、あまりにも静かに落ちた。


返事はない。


ただ、優しさだけが満ちている。


その優しさが――


檻のように、少女を包み込んでいた。

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