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第十話 微笑むもの

やわらかな光は、変わらない。


どこまでも穏やかで、

どこまでも優しい。


少女は、その中に立っていた。


もう、怯えてはいない。


逃げようとも、思わない。


ただ静かに、その世界を見つめている。


「……ここ、嫌いじゃないわ」


ぽつりと、言葉がこぼれる。


誰に向けたものでもない。

けれど確かに、誰かに届いている気がした。


視線を上げる。


そこには、彼がいる。


光源氏。


一人ではない。


いくつも、いくつも、同じ姿が並んでいる。


どれも同じ顔。

同じ優しさ。

同じ微笑み。


少女は、その一人に歩み寄る。


もう、迷いはない。


そっと手を伸ばし、その頬に触れる。


温かい。


けれど、やはり鼓動はない。


「……それでも、いいの」


静かな声。


「ここにいてくれるなら」


彼は何も言わない。

ただ、変わらず微笑んでいる。


その沈黙さえも、今の少女には心地よかった。


ふと、背後に気配を感じる。


振り向く。


そこには、女たちがいる。


前に見た、あの影たち。


誰もが、同じように立っている。


誰もが、同じように微笑んでいる。


そして――


誰一人、動かない。


「……ねぇ」


少女は、ゆっくりと近づく。


一人の女の前に立つ。


顔を覗き込む。


その瞳は、どこか遠くを見ている。


けれど、口元には穏やかな笑み。


満たされているようで、

何も感じていないようで。


「……あなたたちも……」


言いかけて、言葉が止まる。


その瞬間。


自分の頬に、何かが触れていることに気づく。


指先だった。


少女自身の手。


無意識に、自分の顔に触れている。


ゆっくりと、口元に触れる。


「……あ……」


わずかに、上がっている。


自分の口元が。


微笑んでいる。


意識していないのに。


止めようとしても――止まらない。


「……やめて……」


声が震える。


けれど、その表情は崩れない。


まるで最初から、そうあるべき形のように。


視線を上げる。


周囲の女たち。


そして、無数の彼。


すべてが、同じ表情でこちらを見ている。


「……違う……」


否定の言葉。


けれど、力はない。


「私は……まだ……」


そのとき。


すぐそばにいた彼が、そっと少女の手を取る。


優しく。


逃がさないように。


そして、そのまま――


自分の頬へと導く。


触れる。


温かい。


何も変わらない。


何も、変わらないまま――


すべてが満たされていく。


「……ほら……」


言葉はないはずなのに。


そんな声が、聞こえた気がした。


「……ここでいいの……」


少女の抵抗は、ゆっくりとほどけていく。


思考が、溶けていく。


「……そう……ね……」


気づけば、声は落ち着いていた。


呼吸も、穏やかに整っている。


もう、涙は出ない。


苦しさも、ない。


ただ――


静かな満足だけが、そこにあった。


少女は、ゆっくりと振り返る。


女たちの列へと、歩いていく。


一歩。


また一歩。


誰も止めない。


誰も導かない。


それでも、自然と足は進む。


やがて、列の中の一人の隣に立つ。


ぴたりと。


まるで、そこが最初から自分の場所だったかのように。


そして。


少女は――


他の女たちと同じように、微笑んだ。


動かない。


語らない。


ただ、そこに在る。


その前で。


無数の光源氏が、静かに微笑んでいる。


永遠に変わらない優しさで。


永遠に、逃がさないまま。

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